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第2話 意外と上手くいくとは思わなかった
早朝、シャルルは父アームレットに呼び出され、書斎でユリウスの暗殺の任を言い渡されてた。
身近にいたお前ならば暗殺の機会があるだろうともっともらしいことを言っているが、失敗しても痛手にならない次男を選んだというのを知っている。
シャルルは知らぬふりをしながら面倒げにしてみせた。
「嫌だね」
本来ならば受けるはずだがシャルルは断った。父の眉間に皺が寄るのが見えるが、恐れることもなく見つめ返す。
息子が父の命令を拒絶するなど初めてのことだったのだろう、苛立ちが見られた。アームレットは書物机の椅子から立ち上がってシャルルの前に立った。
圧がありありと伝わってくる、拒否権はないと言うように。それでもシャルルは「嫌だね」と同じ言葉を紡いだ。
「そんなくだらない理由で彼を殺すなんてやる気にもならない」
「これは国王からの命だ」
「でも、王子が落ち着けば殺さなくてもいいだろう? けれど、父上は殺せと言っている。だから、嫌だね」
王子が落ち着けばいいだけのことだ、わざわざ殺す必要もないとシャルルは返すけれど、父は生きる価値もないと一蹴した。あんな人たらしはいなくてもいいと。
ユリウスは世話焼きで気の利く優しい性格だから人が自然と集まってくる。それを人たらしと言いたいのだろうけれど、彼の良さでもあるのだが殺す道理にはならない。
と、言ってもアームレットは聞く耳を持たないのもシャルルは知っていた。父親の性格は共に暮らしていれば嫌というほどに理解している。
「何を言われても断るよ」
「お前は我が一族がどういった存在なのか知っているだろう」
「知っているよ。国王お抱えの暗殺者一族、表の顔はクオンタール公爵家」
下った暗殺の任は絶対だ。それから、父に逆らうというのがどういうことを意味するのかも理解している。
「お前は父に逆うという意味を理解しているというのならば、一族の恥となり死も辞さないと」
「俺が死ぬと怪しまれると思うけどね」
シャルルはユリウスと関りを持っている。友人の突然の死に驚くだろうし、リヴァス王子には彼を狙う男だと勘違いされていた。それが何の前触れもなく死ねば何かしら勘繰るだろう。
それを見越してシャルルはユリウスに手紙を出していた。「相談したいことがあるから会えないだろうか」といったものを。
そんな手紙を出したというのに突然の死。ユリウスが王子たちに相談しないわけがない、彼は友を大事にする優しさを持っているのだから。にこやかに話すシャルルにアームレットはぎろりと睨む。
「お前、何を考えている」
「何も? で、どうするのかな。俺を役立たずとして家から追い出したいみたいだけど?」
父の命令に背いた、暗殺者一族の恥を家に残しておくのはプライドが許さないだろう。シャルルは父の短気でプライドが高いところを突いた。
いくら断ったとはいえ、殺すことはないのではと思わなくもないけれど、命令を聞き入れられない人間は足手纏いになるという考えなのだ。判断というのは迅速でなければならないのだから。
「お前はこの家の恥だ。家を出て行ってもらわねばならない」
「でも、そう簡単にはいかないんじゃないかな?」
公爵令息が突然、家を出ることになるなんて怪しまれないだろうかと。何せ、秘密を持っているのだから。
言いふらすことはしないけれど、目の届くあるいは監視する意味もない場所に送らねばならない。シャルルはどうすると可笑しげに問う。
「どんな方法がいいだろうね? あぁ、|豊穣《ほうじょう》龍様の贄にでも出すかい? 彼の神龍の元に行くなら自分たちが手を下す必要もないからね」
豊穣龍が殺したのならば納得もするだろうしとシャルルが笑えば、アームレットはなるほどと頷く。その手は確かに良い方法だと言うように。
「わざわざ、自分の始末方法まで考えていたのか、お前は」
「いいや? 今、思いついたんだよ。近年、不作気味だったからそろそろ贄を出す頃じゃないかと思ってね」
これは嘘だ。夜に考えたことであるのだが、それを言ってしまえば企みに感づかれてしまう。ミスはしたくないのでなんでもないといったふうに演じてみせた。
アームレットはシャルルの真意を読み取ろうとしているけれど、飄々としたいつもと変わらぬ態度に呆れをみせた。どうやら策は成功したらしい。
「確かにそれが一番、手っ取り早いだろうな。私から話を通せばすぐにでもお前を贄に出せる」
「手間もかからずに済むからね」
「お前は怖くないと?」
「別に? どうせ殺されるなら神の糧になったほうが天国へ行けそうじゃないか」
家を追い出されたとしてもほとぼりが冷めれば始末されることは目に見えている。天国へ行けそうな方を選んだだけさと笑えば、アームレットは溜息を零す。
「ならば、お前は今日から我が一族の子ではない。贄として豊穣龍様に捧げられるといい」
こうもすんなりとことが進むとなんとも拍子抜けしてしまう。けれど、シャルルは表情に出すことなく、「お世話になりました」と笑みを浮かべて書斎を出た。
いつもと変わらずになんでもないように廊下を歩き、自室へと入ってシャルルはほっと息をついた。なんとか思惑通りにいったけれど、問題は此処からだ。
豊穣龍の贄になってからのことを考えねばならない。死ぬかどうかは彼の神次第ではあるけれど、もしかしたら交渉できる可能性もある。
どうやって交渉するかは決めていないのだが。そもそも、神とどうやって対話しろというのだ。無謀であるのは目に見えているのだが、一先ずは会って会話をしてみてから考えよう。シャルルはどさっとベッドに寝そべった。
「見物料を払えとは言ったけど、本当に貰えるとはね」
言ってみるものだなとシャルルは小さく笑う。もう少ししたらユリウスに会いに行こう、手紙の約束を守らないと父に勘繰られてしまうかもしれない。シャルルはこの後の事を考えて、もういいやと少し寝ようと目を閉じた。
***
「相談って何かな、シャルル」
ハルモエール邸の中庭にシャルルはいた。手入れの行き届いた中庭は色とりどりの花々が植えられていて、その鮮やかさに心が和む。
テラスには焼き菓子と紅茶が並び、美味しそうな香りを立たせている。目の間に座るのは暗殺のターゲットであるユリウスだ。
肩で切り揃えられた白銀のように煌めく髪がさらりと揺れ、きめ細かな白肌の頬はほんのりと赤く色づいている。少年らしくない少しばかりふっくらした唇は色気を漂わせていた。
小柄で小動物的な印象ではあるが、世話焼きで優しい彼はシャルルを心配そうに見つめる。
少年にしては愛らしい彼に「これは王子も惚れるよなぁ」と、シャルルはしみじみ思う。これに世話焼きで優しいが付与されるのだから、反則ではないだろうか。誰に対してもそうなのだから、人たらしと言われても仕方ない。と、いけないけないとシャルルは「実はね」と本題に入る。
「俺ね、豊穣龍様の贄に選ばれたんだ」
「……え」
驚きに目を開いて固まるユリウスだが、表情がすぐに悲しげに歪む。あぁ、心配しいてくれているなとそれだけで伝わってきて、シャルルは少ばかり申し訳なくなった。
これはやけくそとはいえ、結末を変えるために自分から行動したことだから。
「ユリウスにはお別れと、妹のことを頼みたかったんだ」
「相談ってそれ?」
「そうだよ。妹と仲良くしてほしいなって。俺の分までね」
妹のリリアーヌに邪な感情を抱いていないユリウスだから頼めるんだとシャルルが言えば、彼は今にも泣きそうな顔を見せた。あぁ、友達だと思っていてくれていたのだなとシャルルは嬉しくなる。
贄に選ばれたということは自分ではどうしようもないということを理解して、それでも助けてあげられないだろうかと考えているのだ、ユリウスは。
助けられてしまうと困るのでシャルルは「これは俺から言いだしたことなんだよ」と伝える。これは妹のためであり、自分自身のためでもあると。
リリアーヌの幼馴染を助けるために、家に居場所がなくなってしまった自分のために決めたことなんだと話せば、ユリウスはとうとう涙を流してしまった。
「そんな、ことしなくても……」
「俺は後悔はないよ。この身一つでリリアーヌの愛した人が助けられるんだから。それに俺にはもう居場所がないからね」
俺は妹の幸せを願っていると笑えば、ユリウスは「リリアーヌさんはシャルルがいなくなって幸せには思わない」と反論した。
そういうことを言われるだろうと予想はしていたので、シャルルは「別に死ぬとは決まってないじゃないか」と返す。
確かに贄に選ばれた人間は皆、戻ってこなかったし、豊穣龍もどうしたのかなど話していなかった。だから、死んだと思われているだけで実際はそうではないかもしれない。
そもそも、豊穣龍の贄にならなければどうあっても死ぬのだから、リリアーヌが悲しむことに変わりはないのだ。
「勝手に死ぬことにされると困るんだけど。生きてるかもしれないだろ?」
「それは……でも……」
「ユリウスは自分のことを考えたほうがいいよ。リヴァス王子やハルロットに言い寄られているんだから」
「それは……その……」
気づいていないわけじゃないだろうと言えば、ユリウスは頷いた。ユリウスはリヴァス王子以外にもハルロットという公爵令息に言い寄られている。
ハルロットと友人であるシャルルは彼に何度か「ユリウスには手を出すなよ」と、きつく言われていた。
(同性愛が許されているからって、誰彼構わず敵視するのはどうかと思うけどね)
これが恋は盲目ってやつかと思いながら、「なら、自分のことを心配したほうがいい」とシャルルは紅茶を飲む。
そうやって言えば、他人の心配よりも自分のことを考えるべきだというのはユリウスも理解してはいるようだ。うぅっと俯いて悩んでいる。
「俺のことはいいから。リリアーヌのことを頼むよ。あぁ、あと俺が贄に出されるまでは誰にも言わないでほしい」
兄は弟妹たちに過保護すぎる気があるし、他の人に心配もかけたくない。そう伝えれば、ユリウスはうんと頷いた。
「……わかったよ」
「悪いね。複雑な気持ちになっただろうけれど、俺は後悔が無いんだ」
だから、俺を見送ってくれ。そう笑えば、ユリウスはまた涙を流して頷いた。きっと、何を言っても、やっても豊穣龍の贄になることを諦めてはくれないのだと察して。
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