3 / 7

第3話 これはどういう展開だ?

 父が根回ししただけあり、シャルルは無事に|豊穣《ほうじょう》龍の贄として選ばれた。リリアーヌは兄が自分のために身を捧げたのだと思ったらしく、泣きながら謝ってきたのだがシャルルは彼女を抱きしめるだけに止めた。リリアーヌは悪くないよと囁いて。  神官と兵士たちと共にヴィシャリアの森の中にある神殿へと向かう。鬱蒼と生い茂る木々が揺れる音と鳥の囀りしか耳に入らない。皆、黙って歩いている、贄が逃げないように目を光らせながら。  別に逃げないのだがなぁとシャルルはにへらと笑って見せるけれど、彼らは何も喋ることはない。ただただ、逃げることを許さず、抵抗しないように警戒している。  森の中心にそれは聳え立っていた。真っ白な石造りの神殿は小さな城のようで、シャルルは此処がと建物を見上げる。  神殿の周辺は赤や黄色、ピンクの花を咲かせる木々に囲まれ、どこか現実離れして見えた。強い風が吹いて花弁が散るというのに枯れ落ちるようには感じられない。  神殿の前に二人の男女が立っていた。額から短い角を生やし、異国の柄をのせた赤い衣を身に纏い、槍を携えた少女はぎろりと竜の眼を向ける。  隣に立つこれまた短い角を持った少女とは色違いの青い衣の少年は剣を手に持ち、一歩、前に出た。 「何者か、豊穣龍様に何用か述べよ」  門番であろう同じ顔をした双子の竜人に神官は頭を下げて、出向いた件を伝えた。不作が続き、このままでは食料が足らなくなってしまうこと、どうか豊穣の力で作物を実らせてほしいことを。  供物として純血なる公爵の息子を差し出すと言ってシャルルを前に出した。公爵としての正装をしているシャルルを見て双子の少年は少女に「ウーリン、豊穣龍様に」と指示をする。  ウーリンと呼ばれた少女は槍を下げて「分かったわ、ヤーヘン」と返事をして神殿の中へと入っていった。豊穣龍へ報告しにいっているのだろうとシャルルはヤーヘンという少年を観察する。 (確か、双子の竜人が門番をしているんだっけ、聞いた話だと)  異国の竜人が豊穣龍に拾われて門番をやっているという話はシャルルも聞いたことがあった。門番を任せられるだけありかなり強く、下手な兵士が束になっても彼らには敵わないだとか。 (えっと、神の加護を与えられているから不老長寿なんだっけ?)  聞いた話では神に仕え、認められた存在は不老と長寿の力を授けられるとされている。それは神と共に死ぬという呪いだという。  シャルルは残酷だなと思った。親しくしていた友人を、家族を見送り、ただずっと生きていくことになるのだから。神に仕えることだけしかできず、神が死ねば共に死なねばならない。死ぬことも生きることも神の許しがいるというのは。 「ヤーヘン。豊穣龍様が話を聞くとのことだ」 「ウーリン。そうか、分かった」  戻ってきたウーリンに返事を返すとヤーヘンは「贄と神官のみ彼女に着いて行け」と告げる。兵士は此処で待機していろということのようだ。  神官は頭を下げてシャルルの背を叩き歩けと指示を出した。言われなくても着いていくんだがと、愚痴りたくなるのを堪えてシャルルはウーリンの後に続く。  神殿の中は見た目の印象と同じ城のような造りをしていた。エントランスホールを抜けて長い廊下の先、大きな扉が開く。謁見の間であろうその部屋はどちらかというと儀式場に見えた。  白い石の床にはぼんやりと淡く光る魔法陣が敷かれ、周囲は白で統一されている。煌びやかな調度品すらなく、あるのはその奥の神座のみ。それすらも白であり、部屋を照らす蝋燭のシャンデリアの灯りが眩しく感じた。  神座には一人の男が座っていた。漆黒のような髪を長く伸ばし、二束の海のように深い青の毛が頬を撫でている。黒を基調した生地に鮮やかな藍が波のように彩られた衣を身に纏う男は美麗な顔をすっと上げた。  竜の証である金の眼を向けて、神官とシャルルを交互に見遣る。 「豊穣龍様、この度は謁見を御許してくださり感謝いたします」 「世辞はいい。要件を話してくれ」  冷静に落ち着いた通る声で返す、彼こそが豊穣龍だ。彼の名を呼んでいいのは同等な存在または許された者のみだけなので、文字で伝え聞いている。名は確か、エドゥアールヴァレットだ。  例え、神からの加護をもらっていたとしても、許されていなければ名を口にすることはできない。なので、知っていても決して名を呼んではいけない。シャルルは気をつけないとと、少しばかり気を引締めた。  玉座に姿勢よく座る豊穣龍は自分たちを見定めようとしているかのように見える。いや、実際に見定めようとしているのだろう。警戒心は感じられないが、嘘を許さないという圧を感じる。  神官は少しばかり震えながらも国の現状を丁寧に説明し、どうか豊穣の力で作物を実らせてほしいと願った。神官たちが深く頭を下げるのを見て、シャルルも習うようにする。 「頭を上げて構わない。話は理解した」 「では……」 「いくつか質問があるのでそちらに答えてもらいたい」  質問と神官は豊穣龍を見遣ると彼は「君に質問がある」とシャルルへ話しかける。  自分にくるとは思っていなかったのでえっとシャルルが目を瞬かせれば、そんな様子など気にすることもなく質問が投げかけられた。 「君の名をまずは教えてくれ」 「シャルル・クオンタール。爵位は公爵、クオンタール家の次男」 「なるほど。高貴な純血という点は問題ない。では、君は死にたいか、生きたいか」  質問の意味が理解できなかった。死にたいのか、生きたいのかなんて、普通の人間ならば死にたくないと答えるのではないだろうか。  シャルルも死ぬよりかは生きたいと思っていたので、素直に「生きられるなら、生きたいけど」と答える。  シャルルの返しにすっと豊穣龍の瞳が細まる、何か考えるように。それを不満だと捉えたのか、神官はシャルルに「何を言っている」と注意される。  贄が死を恐れるなと叱られて、シャルルは「その二択ならってことだよ」と返す。 「死にたいか、生きたいかしかない二択なら生きたいってだけ。死ななきゃいけないならそれを受け入れるさ。別に生にしがみつくのは悪いことではないだろ?」 「お前、だからって豊穣龍様の御前で……」 「なるほど。君の言い分は分らなくもない」  余程の人間でなければ、死よりも生を選ぶ。誰だって死に恐怖を抱き、逃れたいものだ。だから、生にしがみつくことは当然であり、悪いことではない。豊穣龍は「君の言い分に問題はない」と納得したように頷いた。 「けれど、この質問に答えた贄は皆、こう答える。〝私たちは死を受け入れます〟と。よく躾けられた犬のように同じことを言うのだが、君は違うらしい」  なるほどと豊穣龍は顎に手をやった。少し考えるような間を置いてから、「次の質問だが」と口を開く。 「国に二度と戻れぬとも後悔はないか」 「無いね。どうせ死ぬことになるなら国なんてどうでもいい」  仮にまた国に戻れたとしても自分は掟を破ったのだ。いつ始末されるかも分からないのだから国になど戻りたいとも思わないし、後悔もない。とは、言えないのでそう答えたのだが、豊穣龍は「死ぬことを前提に話すのだな」と首を傾げた。  殺すなど一言も発していないからの疑問かもしれない。シャルルは「死ぬことも考えてるからね」と笑ってみせた。生死はあんたの手の内だけれど、覚悟ぐらいはしてきているよと。 「死ぬ覚悟ぐらいはしてきているさ。ここで暴れても何にもならないだろ。何、暴れてもいいわけ?」 「シャルル!」  ちょっとした冗談だったのだけれど神官に怒鳴られてしまった。神になんていう言葉を使っているのかと。  シャルルは別にいいじゃないかと思ったけれど、相手の機嫌を損ねて豊穣の力を使ってもらえないのは困るかと「申し訳ございませんでした」と形だけ謝っておく。 「私の前で暴れると言い出したのは君が初めてだ」 「えっ」 「贄が暴れる姿など見たことがなかったな……。皆、大人しく躾けられていたゆえに」 「いや、冗談なんだけど」  感心したように頷く豊穣龍にシャルルはそう返すのだが、彼は「冗談?」と不思議そうにする。  これは冗談が通じないタイプだとシャルルは瞬時に理解した。神官たちはあわあわと慌てながらシャルルの頭を押さえて無理矢理に下げさせる。 「申し訳ございません。失礼なことをこの者が発言してしまい……」 「いや、気にはしていない。君は他の贄と違うことを言うものだから面白いと感じた」  面白いと思った顔をしていないのだが、もう少し表情にだしてほしい。真顔でそんなことを言われても信じられないのだがとシャルルがじとりと見遣れば、豊穣龍はゆっくりと瞬きをした。  静かに神座から立ち上がって豊穣龍はシャルルの前まで歩むと立ち止まる。すっと細まる目と合って、シャルルは少しばかり緊張した。 「豊穣の力を使う約束はしよう」 「本当ですか!」 「あぁ。贄の生死だが……殺すには勿体無い」  純血を啜り飲み干してしまうこともできるがそれにしては勿体無い。躾けられた犬と違った反応をし、神の御前で冗談を言える度胸は実に面白かったと豊穣龍は言う、「殺すには勿体無いと感じてしまう」と。 「あのさ、今までの贄ってやっぱり血を吸って殺してたわけ?」 「そうだ。別に殺さずとも良いのだが、君たちが生死を見届けるまで信じようとしないからそうしていた」  多少の血を摂取できれば殺さずともよかったのだが、贄以外の人間たちはそうではない。契約として最後まで見届けなければ、信じようとも受け入れようともしない。そこが人間の面倒な部分だと豊穣龍は溜息を吐く。  達成した証というのを目で見て実感したいのだろうがと哀れむように喋った。 「だが、君を殺すには勿体無い。さて、どうしたものか」  約束を守るという証を見せねばならない。このまま贄を返しては人間たちは不安を抱くことを豊穣龍は理解していた。けれど、殺すには勿体無いからと彼は悩んでいる。  どうやら自分は生きられる可能性があるらしい。シャルルはこれはチャンスなのではと思った。あのくそみたいな結末を迎えずに死なずに済むと。  豊穣龍の傍に居ることができれば、生きていても父が手を出すことはないはずだ。 「なら、俺を|僕《しもべ》にでもしてみる? 一応、腕は立つよ」 「僕か、悪くはない。だが、戦わせたくはない」  それではいつ死んでしまうか分からないと言われてシャルルは首を傾げる。そう簡単に死なせたくはないということだろうかと、受け取ってシャルルは他に何かあっただろうかと考える。  ペットとして飼ってみるかと提案してみるも、そんな趣味はないと言われてしまって、じゃあ他に何があるんだよと眉を下げた。 「豊穣龍様のしたいことが分からないんだけど」 「こら、シャルル!」 「気にしていない。思いつかない私が悪いことだ」 「もう何、俺をお嫁さんにするぐらいしかないんじゃないの」  あれも違う、これも駄目と否定されてシャルルはからかうように言った。だって、豊穣龍が処遇を決めないのが悪いじゃないかと、ちょっとした冗談のつもりで。 (あ、でも同性愛が許されていても、神様に言う冗談ではなかったかもな)  これは失敗したかもしれない。何せ、相手は冗談が通じないのだ。どうしたものかと内心、シャルルが焦っていれば、豊穣龍は「なるほど」と頷いた。

ともだちにシェアしよう!