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第1話『俺たちはまだ、あいつを知らない』

そいつは分厚い眼鏡を掛けてて、髪もいつもセットされて無くてボサボサ。 長い前髪が鬱陶しくないのかなって、見る度思う。 洋服だってセンスゼロ。 毎日同じ様なだっさい長袖のシャツを夏も着て、ぴちっと首まで釦を留めている。 サイズの合って無いブカブカのデニムを履いている。 それで誰とも話さない。 講義は一番前の席で、ひとりポツンと受けている。 ひとりでいるのは校内でも同じ。 友達と話しているところなんて見たこと無い。 寧ろ、何かの拍子で他人に話し掛けられると、露骨に迷惑そうな態度を取る。 だから、ひとりでいるのが自分の意志だって丸分かり。 そんなあいつをみんな無視……ってわけじゃ無いけど、関わらないようにしてる。 あいつはいつも飄々と、ひとりで満足そうだ。 俺も周りと一緒。 あいつに興味なんか無い。 ただ同じ学部で、必須科目が重なることが多いから、自然と目に入るだけ。 まあ、近くでなんか見たこと無いから、また居るよ……そんな感じ。 だけどさすがに大学三年ともなると、名前くらい知ってる。 華井 涼 それがあいつの名前。 「宇佐見さん……また彼女チェンジしたんですか?」 朔宮(さくみや)がゲームから目を離さずに言う。 「チェンジ……ってキャバクラじゃ無いんだから……言い方気をつけろよ。 それに俺が前の彼女に振られたの!」 宇佐見が呆れて朔宮を見るが、朔宮は完全無視だ。 「どうせまた、私と趣味と、どっちが大切なのー!?ってヒステリー起こされたんでしょ? 宇佐見さん、それで無くても天然入ってるんだから、気を付けないとまた三ヶ月も彼女とは持ちませんよ?」 「天然って言うなよ……気にしてんだから」 宇佐見が項垂れると、賀川の大声がキッチンから響く。 「純くーん!この炭酸開けるよ~!」 宇佐見が即座に声を上げる。 「黙って勝手に飲め!」 すると、赤坂がソファの上で寝返りを打ちながら言った。 「……宇佐見……声デカいよ……」 宇佐見が半ば呆れながら、赤坂に言う。 「……赤坂、そんなに眠いんだったら、帰って寝たら?」 「……ヤダ……今動きたく無い……夕方になったら帰る……」 宇佐見はふうっとため息を吐く。 「俺、今日から新しいバイトだからさ。 その時、一緒に家出てよ?」 宇佐見の言葉に、赤坂はうんうんと頷くと、また寝返りを打った。 「純くんの新しいバイトって、超時給良いんだよね? 俺も面接受けてみよっかな~」 賀川がグラスをテーブルに置いて、楽しそうに言う。 しかし、宇佐見の無情な一言が返って来る。 「無駄。求人一人だったし」 「ひでっ!でもさ~また求人出たら教えて?」 そう言ってグラスの炭酸をぐびぐび飲んでいる賀川を、朔宮が横目で見ると言った。 「……賀川さん……会員制ホテルのこれまた会員制のバーのボーイやる自信あるんですか? ルックスは合格だとしても中身が……」 瞬時に賀川が言い返す。 「サク!中身って何だよー! 俺は性格には自信があります!」 「……そういう意味じゃ無いですよ……まったくもう……」 朔宮はゲームをセーブし、電源を切ると、ビシッと賀川を指差した。 「今はバイトよりレポート!! もうとっくに締め切り過ぎてるんですよ!? 単位落としたいんですか!?」 「だからー!みんなにレポート写させてって言ったじゃん!!」 賀川が朔宮に泣きつくと、朔宮が賀川を押し退け、言った。 「だーっ!鬱陶しい! 丸写しなんてされたら、こっちがいい迷惑です! この前、俺と宇佐見さんで要点説明したでしょ!? 何でそれで書けないんですか?」 「……よく分かんなかった……」 ポツリと呟く賀川に、朔宮の雷が落ちる。 「……この……馬鹿!!」 「馬鹿って言うなー!!」 「うるせぇよ!」 宇佐見がウンザリしたように怒鳴る。 「喧嘩すんなら帰れ! 俺が一人暮らしだからって、すぐに溜まりやがって……。 サクだって一人暮らししてんだから、そっちで好きなだけ喧嘩しろ!」 途端に、朔宮と賀川が機嫌を取るようにニコニコと宇佐見を見る。 「まぁまぁ、宇佐見さんちの方が大学から近いし……!」 そう朔宮が言えば、賀川も付け加える。 「そうそう♪大学帰りに純くんちに来るのは、もはや習慣!」 「りょうくんに教われば?」 眠ってるとばかり思った赤坂の声に、三人がビクッとする。 「りょうくん……って誰?」 賀川が不思議そうに、赤坂の後ろ姿に声を掛ける。 赤坂はそのままの姿勢で言った。 「華井涼。知らない?」 三人は一斉に「ええーーー!?」と声を上げた。 「赤坂さん!華井くんと喋ったことあるんですか?!」 「あーちゃん……もしかして友達なのっ!?」 「赤坂!説明しろよ!」 朔宮、賀川、宇佐見が同時に声を上げると、赤坂がムクリと起き上がり、欠伸混じりに答える。 「大したことじゃ無いでしょ。 同じ学部の同級生だし……」 「えー! だってあの華井でしょ!? 人間嫌いの変人で超有名じゃん!」 「賀川ちゃん……言い過ぎだろ……」 赤坂がジロッと賀川を見る。 「ご、ごめん!でもさあ……」 「でもね、赤坂さん。 賀川さんの言ったことは、華井くんのイメージ通りだと思います」 「……まあ、そうだよな」 朔宮文字(さくみや)と宇佐見も賀川につく。 赤坂はふにゃっと笑って言う。 「涼くんはね……純粋なの。 だからああやって、自分の身を守ってるだけ。 人間嫌いでも、変人でもない」 「最初は何のキッカケで話したの?」 賀川の目が好奇心で爛々と光る。 「俺、大学の側のでっかい公園でよくスケッチするでしょ? そしたら眠くなっちゃって、そのままベンチで眠っちゃったんだよね。 そしたら肩叩かれて……目を開けたら涼くんがいて。 それで、俺のTシャツが捲れて腹が出てたの教えてくれて。 それから俺のキャンバスをまじまじと見て、凄い綺麗だって言ってくれてさ。 それからちょくちょく公園で話すようになったの」 「華井って……喋るの?」 宇佐見が呟く様に言うと、赤坂があははと笑った。 「そりゃ~人間だもん喋るよ。 それに涼くんって意外とおしゃべりなんだよな~」 「華井くんがおしゃべり!?」 朔宮が驚きの声を上げる。 「そっ。お笑いとかも好きだしさ〜」 「お笑い!?」 「賀川ちゃん、ウルサイ……。 それに絵が全然ダメみたいで、会う度にすごい感動してくれるんだよね。 頬っぺた赤くして、子供みたいにはしゃいでさ〜」 赤坂が話す華井は、あまりに三人のイメージとかけ離れていて、三人は思わず黙り込んだ。 赤坂はそんな三人を気にする風もなく、スマホを取り出すと、どこかに電話を掛けだした。 突然の赤坂の行動に、三人がじっと赤坂を見つめる。 赤坂は少しすると―― 「あ、涼くん? 突然ごめんね。お願いがあって。 俺の友達に勉強教えてやってくんない?」 と話し出した。 赤坂は五分程、楽しそうに話すと電話を切った。 「教えてくれるって。 今日はバイトでダメだから、都合の良い日、後でラインしてくれるってさ」 赤坂はニコニコしながら、賀川を見て言った。 「それと、大学では教えたく無いから、家まで来てくれるって。 賀川ちゃんどうする?」 展開の早さに、賀川が目を白黒させて答える。 「えっ!? えー……でも俺、華井と話したこと無いし、急に二人っきりとか無理だし〜。 華井もイヤだろうし……あーちゃんも一緒に居てくれない?」 赤坂が頷いて答える。 「俺は別にいいよ。じゃあ賀川ちゃんち行くか?」 「うち千葉だしなあ。華井に悪いかな~帰りとか……」 賀川が迷っていると、朔宮がアッサリと言った。 「宇佐見さんちでいいじゃないですか。 それと、俺と宇佐見さんも出席します」 「何でだよ!?」 宇佐見が慌てて朔宮を見る。 朔宮がニヤリと笑って口を開く。 「俺んちより大学に近いから、華井も来やすいでしょ? それに、宇佐見さんも興味ありませんか? あの華井が、他人に勉強教えてくれるんですよ? おしゃべりでお笑い好きな華井ですよ? 子供みたくはしゃぐ華井ですよ?」 捲し立てる朔宮に、宇佐見が言った。 「あーもう……!分かったよ!勉強には参加する。 でも俺んちはパス。サクんちな!」 「俺んちって言うより、宇佐見さんちの方が誘いやすいのにな~」 朔宮がチラチラと宇佐見を見ていると、赤坂が宇佐見の肩を、正面から両手で掴んだ。 「よし!決まりだな」 一拍置いて、赤坂が宣告する。 「場所は宇佐見んち。全員参加だ」 宇佐見はガクッと肩を落とした。

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