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第2話『蝶タイの制服と、初めての拒絶』

宇佐見は夕方の五時きっかりに、Tホテルの通用口にいた。 警備員に、バイト先のバーの名前と自分の氏名を告げると、副店長が迎えに来てくれた。 ロッカーに案内されて、取りあえず制服に着替えてと言われ、制服を渡される。 蝶タイの制服に着替えると、副店長に休憩スペースに呼ばれ、大ざっぱな仕事の流れを説明された。 副店長は、「今日は慣らしだと思って、先輩について気楽にやって」と言ってくれた。 すると、思いついた様に付け加えた。 「宇佐見くんと同じ年のバイトの子がひとりいるんだ。 もう一年うちで働いてくれてるから、何か分からないことがあったら彼に聞けばいい」 そして続けざまに、「ハナイくーん!ちょっと!」と声を上げた。 ――ハナイ尽くしの一日だな…… 宇佐見がそう思っていると、「はい」と静かな声がして、細身のひとりの男が副店長に向かって立っていた。 「こちら今日からバイトに入る宇佐見くん。 ハナイくんと同い年だし、面倒見てあげて」 副店長がそう言うと、その男は宇佐見に向き直った。 二重の大きな丸い瞳で、宇佐見を見る。 鼻筋が通っていて、ふっくらとした小さな唇は、真っ白な肌にピンク色に輝いていた。 サラサラと頬に落ちる、少し色素の薄いストレートの髪は、艷やかに光っている。 「初めまして。ハナイです。よろしくお願いします」 男はそう言うと、長い睫毛を伏せてちょっと頭を下げた。 宇佐見はとっさに、男の胸に金色に輝く名札を見た。 『華井』と黒く名字が記されてあった。 「宇佐見……純一です。よろしくお願いします」 宇佐見がそう言うと、華井はちょっと小首を傾げて微笑んだ。 「華井涼です。よろしく」 宇佐見は初日ということもあり、先輩について、オーダーの受け方ひとつからみっちり指導されていた。 ここは会員制ホテルの上、会員制のバーで、それなりの客しか出入り出来ない。 当然、洗練された物腰が要求される。 宇佐見は必死に仕事を覚えながらも、時々華井を目で追うのを我慢出来なかった。 あれが……華井涼? 同じ年……で華井涼って言ったら……大学の華井だよな? 本当に本物の同一人物? ただの同姓同名? でも、同じ年…… 宇佐見にとってバイト初日は、あっと言う間に終わった。 宇佐見がタイムカードをスキャンしてロッカーに戻ると、華井が先に着替えていた。 半袖のパーカーに、細身のデニムが良く似合っていた。 「お疲れ様」 宇佐見が声を掛けると、チラッと宇佐見を見てまたロッカーに向き直り、「お疲れ様」と小さく言った。 宇佐見は思い切って口を開いた。 「あのさ……華井くんってK大学の経済学部だよね?」 「……そうだけど」 小さく答える華井に、宇佐見が笑顔で言う。 「やっぱり!俺も同じなんだ。 俺のこと知らない? よく講義で一緒になるし!」 「知らない」 華井は冷たく言った。 「……え……でも……」 宇佐見が戸惑うと、華井は大きくため息を吐いた。 「何なの、お前? 同じ大学だからって何? お前と俺はただのバイト先の同僚、だろ?」 そう言うと、バッグを肩から下げた。 「でも……同級生で……しかもせっかくこうして一緒に働くことになったんだし……」 「……ふーん」 宇佐見の戸惑いを完全に無視して、華井は言葉同様、冷たい瞳で宇佐見を見て言った。 「お前さぁ……何か勘違いしてない? お前って見た目、凄く格好いいし。 自分が声掛ければ、全員自分に興味持つって思ってる?」 「別にそんなこと思ってねーし!」 宇佐見は思わずカッとして声を上げた。 華井は―― 揺るがず、言い放つ。 「なら、俺のことはほっとけよ。 仕事だから、お前とは口も利くし、挨拶もする。 必要なことがあれば、何でも答える。 上司の前なら笑う。 でも、それ以上でもそれ以下でもない。 よく覚えとけ。 じゃあな」 華井はそれだけ言うと、さっと宇佐見の横をすり抜けてロッカーを出て行った。 甘い香りが宇佐見の鼻をかすめた。 宇佐見は真っ直ぐ帰るつもりだったが、彼女を呼び出し、激しく抱いた。 女の喘ぎ声さえ耳障りだった。 何だよ…… 何なんだよ……あいつ…… 生まれて初めて、あんな風に人に拒絶された…… 俺が何か失礼なこと言ったか? 言ってない…… あんなのただの挨拶だ…… あいつが笑って「そうだね。同じ大学だね」って一言言えば、それで終わりだったのに…… 翌日、宇佐見は寝不足と華井の態度で、気分は最悪だった。 「純く〜ん!顔、怖いよ? 昨夜のバイトきつかった?」 宇佐見は賀川をジロッと睨んで、低く答える。 「……別に」 「こえー!……あ、あれ華井じゃん」 宇佐見が賀川の視線の方向に目をやると、いつものようにボサボサ頭で眼鏡を掛けた華井が歩いていた。 ――そういえば…… 宇佐見は思う。 あいつ……昨夜は眼鏡も掛けて無かったし……まぁ仕事上小綺麗にしなきゃだけど、髪も綺麗にセットして、私服も別人みたいだった…… シンプルだけど良く似合う格好してたし……半袖着てた…… あいつが、腕を出してるの、初めて見た 白くて……手首なんか女みたいに華奢だった なんで昨夜みたいな格好で大学に来ないんだ? 「宇佐見さん? ホント今日はどうしたんですか?」 朔宮が不思議そうに宇佐見を見る。 宇佐見は華井とバイトが一緒だと、言いたくない自分に驚いた。 すると、赤坂がノンビリと言った。 「そう言えばさ~明日の午後の講義終わった後だったら、勉強教えられるって涼くんからライン来たよ。 OKって返事しちゃっていいよな?」 賀川も嬉しそうに声を上げる。 「やったー! これでレポート地獄から抜け出せるっ! あーちゃん、よろしく!」 「はいよ」 赤坂がスマホをフリックし出す。 ……バイト先のあの華井…… じゃあ友達として会ったら、どんな態度を取る? 宇佐見は小さくなって行く華井の姿を、じっと見つめた。

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