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第1話 元クラスメートの御曹司がプロポーズしてきた
純和風の超大豪邸。
何畳あるかも分からない広い和室。
テレビで見る旅館でしか見たことがないくらい、厳かな雰囲気だ。
「陽向 」
僕は、新たに旦那様となった幼なじみに、背後から抱きしめられていた。
ばくばくと心臓がうるさい。
この音が聞こえてしまうんじゃないかって不安になる。
ちょっと薄暗くなった部屋は静かだ。
庭園の鹿威しがカコン、と軽い音を立てるだけ。
「あ、く、九条 くん、」
「……夢みたいだ。陽向が、ここにいるなんて」
「……そ、そう、だね」
おぼつかない返事しかできない。
九条くんの声は初めて聞いたような甘さを含んでいた。
低くて艶やかな声が耳元で響いて。
もう、恥ずかしいというか、いっぱいいっぱいというか。
日本を代表する財閥”九条グループ”の御曹司・九条司 と、ただの平凡市民の僕が。
再会して数日という超ド級のスピードで、結婚することになったなんて。
……全然頭が追いつかなかった。
話は数日前に遡る。
僕、佐藤陽向 は行き遅れたΩだった。
普通、Ωは18歳で結婚相手を探し、20歳までには結婚する。
けど、僕は23歳で独身。
僕に結婚を申し込むひとは少なかったし、うまくいきそうな縁談も途中でダメになった。
両親は「陽向が幸せならそれでいい」と言ってくれるけど、社会の目は冷たくて。
Ωなのに独身でいるなんてーーという引け目を感じていた。
Ωはあまり社会的地位は高くない。
僕は実家暮らしで、近所の花屋でバイトをしている。
今日も僕は店の奥でお花の世話をしていた。
「あ、いらっしゃいませ!」
店先にスーツの男が現れ、笑顔で向き直る。
途端に僕は息を呑んだ。
そこにいたのは、小学生の頃の同級生・九条司だった。
「……な、なにか、お探しでしょうか………?」
「…………」
眼光が鋭い。咄嗟にかけた声が震えてしまった。
ぎろりとした瞳は機嫌悪いのかなんなのか、近寄りがたいオーラを放っている。
きっちりしたスーツがまた威圧感をプラスしていた。
店先には丁寧に磨かれた高級車がスタンバイしている。怖いって。
九条くんとは小学校の頃同じクラスだった。
頭もいいしスポーツもできるし、何より有名な九条財閥の御曹司。
僕からしたら雲の上の存在だ。
そんな九条くんが、平凡を絵に描いたような僕のことなんか覚えてるわけない。
愛想笑いを浮かべて気づかないフリをした。
「店長はただいま配達に出ておりまして、」
「いや、いい」
「あ、で、では、プレゼントですか? いまの季節は薔薇が――」
「陽向」
ひぇっ、と小さい声が零れてしまった。
九条くんは完全に僕をロックオンしている。
「陽向に会いにきた。仕事終わり、時間をくれないか」
イエス以外の返事を言ったらどうなるんだろう。
僕は引きつった声で「わかりました」と呟くしかできなかった。
**
「急に押しかけてすまない」
「いえ………」
仕事終わり……いや、配達から帰ってきたばかりの店長が、僕を無理やり”仕事終わり”にした。まだあと二時間くらいシフトは入っていたのに。
九条くんの車に乗せられ、僕たちはホテルに併設されたカフェにいる。
ふっかふかのソファに向かい合って座った。
少し離れた背後にはスーツ姿のSPたちがいる。
「陽向、注文は何がいい」
「あー、なんでも。コーヒーとか………」
うっかり開けたメニューにはコーヒーが一杯3000円とあって、そっと閉じた。
どうしよう。水で許してくれるかな。
やっぱナシとか言いそうになるけど、九条くんは店員を呼んでコーヒーを二人分注文してしまった。
「陽向、俺のことは覚えているか」
「え、うん。九条くんだよね? 忘れるわけないって」
「…………そう、か」
九条くんは少しだけ口角を上げた。頬もちょっと赤くなってる。仏頂面のイメージが強いから珍しかった。
九条くんと僕はそんなにすごい仲が良かったわけじゃない。近所だから一緒に帰ったり、遊んだりしたことはあったけど。
九条くんはαだ。そして僕はΩ。
中学から第二次性で学校が分かれ、そのまま今日まで会うことがなかった。
(……僕のこと、嫌いだったんじゃないの?)
小学校高学年の時くらいから、話しかけるだけで睨まれるようになった。
僕は九条くんのことは、憧れっていうか、まあ、ちょっと好きだったから内心ショックだった。
だからこそなんの用件か分からない。全然音沙汰なかったのに。
「それで………えっと、なんの用、なのかな」
僕は怖ず怖ずと尋ねる。
もう、このカフェも後ろのSPたちも怖いっていうか。
九条くんも心なしか落ち着かない様子でそわそわしていた。視線をあちこちに泳がせる。
九条財閥は不動産関連だし……もしかして地上げ? 僕の家を取り壊すとか……?
イヤな想像ばかりが広がった。唾を飲み込むと喉がヒリヒリする。
すると、九条くんが意を決したように口を開いた。
「陽向に、その………結婚を、申し込みたいのだが」
「え?」
僕は咄嗟に顔を上げた。
九条くんは顔を赤くして、唇をきゅうっと噛み締めていた。
「結婚……?」
「ああ」
「誰と誰が?」
「俺と、陽向が」
どうしよう、ぜんっぜん頭に話が入ってこない。
僕はずっと同じことを繰り返し聞いてしまった。九条くんは同じことを答える。
そんなことを数回繰り返していると、店員がコーヒーを運んできた。
僕は愛想笑いで受け取り、そっと一口含む。
……うん、美味しいヤツなんだろうけど、全然味がわかんない。
いや、だって、それどころじゃないから。
九条くんは上品な仕草でカップを口につける。
所作の全てが洗練されていた。
高級そうなスーツも相まってドラマの世界の人間みたいだ。
「なんで僕?」
「…………なんでって」
「いや、その……他にいるでしょ、Ωは。九条くんならさ。選び放題じゃん」
そう、釣り合うわけないのだ。
九条財閥と一般庶民の僕が。
しかも僕は結婚に行き遅れたΩだ。顔も平凡、家も平凡。
特筆すべき長所と言ったら針の穴に一発で糸を通せるとか、それくらいなのに。
真っ当な疑問だと思うんだけど……。
視線を向けると、九条くんはさっきよりも顔を赤くして震えていた。
カップを持つ手も震えて、コーヒーが零れそうなくらい。
「と、ともかくっ! いいのか、いやなのか、言ってくれ!」
九条くんはガシャン、とカップをソーサーに置いた。とうとうコーヒーは零れた。
その音を聞いたのか、背後のSPたちがさっと近づく。四人。グラサンスーツ四人の圧は強い。
これ………断ったらダメなヤツ、だよね…………。
九条くんはさらに眼光を鋭くした。
僕は愛想笑いが引きつってしまった。
「いや、じゃ、ないです…………」
そう呟くと、SPたちが拍手をし出す。
ぱちぱち、ぱちぱち。
ひとりは涙ぐんでるのか、グラサンを外した。
「よかったですね、坊ちゃま」「おめでとうございます、坊ちゃま」と、輪唱するように喜んでいた。
とうの九条くんはというと、口元に手をあてて、じっくりと、感情を噛み締めていた。
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