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第2話 御曹司の豪邸で、初めて過ごす夜なんですが
九条くんは僕を家まで送って、その足で僕の両親に頭を下げた。「陽向さんと結婚させてください!!」と、深々と丁寧なお辞儀だった。
両親はぽかんとしたまま、九条くん(とSPたち)を家に上げる。
狭いリビングにものものしいスーツの男が五人。
プラス、庶民の僕たち家族。
九条くんはSPが持っていたジェラルミンケースから紙の資料を取り出した。パワーポイントで作られたレポートだ。
”九条財閥の経済レポート”、”九条財閥の一員となるメリット10選”。
すざまじい熱量で九条くんがプレゼンを始める。
なんか難しい数字がつらつらと語られたけど、要はめっちゃ金持ちですよってことだった。
両親は「そうですか……」とだけ呟いて、困ったように僕に視線を向ける。
「陽向がいいって言うなら、いいですけど……」
「本当ですか!?」
「………えっと、というより、そちらはうちで………いいのでしょうか?」
母が怖ず怖ずと聞くと、九条くんはキリッとした表情で答えた。
「もちろん。俺には陽向さんしかいません」
僕は不意にちょっとキュンときてしまった。
両親は顔をほころばせて、「じゃあ、お願いしますね」と、答える。
SPたち、そして両親たちの喜びモードの中、九条くんが僕に微笑みかける。
あれ? え? ちょっと待って待って。
……どうしよう。
いまから「やっぱゴメン」とは言えない空気になってしまった。
ーーーそこからは濁流に呑まれるような時間が過ぎた。
両親は喜んで、夕飯はお寿司になった。
親族は大騒ぎだった。
九条財閥との顔合わせは何故かスムーズだった。
九条くんのご両親が「いや、司が落ち着いてくれてよかった」と心底ほっとした様子だったから。
そんなこんなで狐につままれた気持ちで過ごしていると、いつの間にか結婚式の日取りが決まっていて、ホテルが決まっていて、正装も決まっていて、…………
全然実感が湧かないまま、結婚式が終わっていた。
(まじで、どゆこと!?)
昨日は結婚式だった。
デカすぎてよく覚えてない。人も多かった。
そんなアホな感想しか出てこないくらい、格が違ったのだ。
頭が真っ白で、唯一覚えてるのは、九条くんのタキシード似合ってるなぁ、とか、そんなことだけ。
そして、今日。
僕は九条財閥の一員……九条司の妻として九条家で暮らすことになった。
まず家がデカい。いや、知ってたけど。
高い塀がぐるりと屋敷を囲んでいる。
庭園はわびさびって感じなのか、瑞々しい緑が綺麗だ。
恐る恐る足を踏み入れる。
小学校の頃、九条くんが風邪を引いたときにプリントを届けたことがある。
でも家に上がったのは初めてだ。
深呼吸をして家に上がると、「旅館か?」って思うような景色が広がった。着物を着た女中さんが僕を案内して、広い部屋に通される。
障子から差し込む光がほのかに優しい。
けど、うん、なんていうか、広すぎて落ち着かない。余裕でサッカーできる広さだ。
そわそわしながら座布団の上で正座をしていると、廊下からバタバタと足音がして、勢いよくふすまが開いた。
「陽向!?」
「え、あ、九条くん………」
九条くんが慌てた様子で立っていた。服装はきっちりしてるのに、走ったからか髪はちょっと乱れている。僕の近くまで来て、正座をした。
「迎えにいこうと思ってたんだが、すまない。遅くなってしまった」
「え、いや、いいよ。近くだし………ごめん、むしろ僕の方が急がせちゃったかな」
眉を下げて謝るも、九条くんは心なしかしょんぼりしていた。いつも凜々しいイメージがあるからちょっと申し訳なくなった。
「えっと、今日からよろしくお願いします………」
見よう見まねで畳に手をついて頭を下げる。
なんか、いいとこのご令嬢がやっていそうな仕草で。
「え、あ、う、うん。こちらこそ、よろしく………頼む」
パッと顔を上げると、九条くんは顔を真っ赤にしていた。そして僕の荷物に目をやる。
「荷物はそれだけなのか」
「あー、うん。何が必要か分からなくって。あとで送ってもらおうかなって」
僕の荷物は旅行カバン一つ分。とりあえず数日分の着替えと身支度できる道具など。
家具・家電は絶対九条家の方がいいものを使ってるし、特別持っていきたいものもそんなになかった。
「それで、僕の部屋って……」
「ここだが」
「ここっ!? ここ、え!? 広くない!?」
何言ってんの!?
僕は咄嗟に飛び上がってしまった。
広すぎる。いや、客間とか宴会場かと思ってた。個人の部屋じゃないだろ。
九条くんは訝しんだ様子で「違う部屋の方がよかったか?」と尋ねる。
「いや……。嬉しいんだけど。僕にはもったいない気がして。旅館みたいだね」
「……そうか。うちの部屋は大体これくらいなんだ」
「えっ!? す、すごいね。うちなんか六畳もないくらいだよ」
僕の実家の部屋はフローリングのよくある部屋。
ベッドと机と棚ですぐいっぱいになるような。なんだかんだ二十年以上過ごしてきたから、そこから急に三倍以上の広さになってびっくりしている。実家には和室もなかったし。
「……落ち着かないか? 陽向用に増築しようか。フローリングで、六畳くらいの………」
「はいっ!? いや、いいって!!」
九条くんはマジだった。冗談で言ってる顔じゃなかった。
そんな洋服買うノリで増築しようとしないでくれ。
僕が咄嗟に止めると、九条くんはあんまり納得してない様子で「わかった」と頷いた。
九条家を案内され、足りないものを買い足しに行き、食事をとる。
慌ただしい一日が終わりを迎えた。
……どれもスケールがすごすぎて、夢を見てるみたいな一日だった。
ちゃぽん、とお湯の音がする。
広々とした石畳のお風呂。
旅館の銭湯を独り占めしてる気分だ。身体の芯からぽかぽかしてくる。
……夜、だなぁ。
僕は両手で顔を覆いながら「うわぁ~……」と呟いた。
さすがの僕だってこのあとの展開を予想していないわけではない。
僕は一応九条家の”妻”なのだ。
(………九条くんは、僕でいいのかな……)
こう言っちゃなんだけど、僕はモテない。
Ωのフェロモンも薄いしヒートも軽い。
そっと身体を見下ろして、ため息をついた。
ひょろひょろでぺったんこで平凡で……色気なんか、僕から最も遠い言葉だと思ってる。
(恥ずかしいけど、……がっかりはされたくない、なぁ)
なんで九条くんが僕を結婚相手に選んだのかは、今でも全然分かってない。
けど、このあと待ち受ける行為を考えると、不思議と胸がドキドキした。
僕はいつもより念入りに身体を洗った。
お湯に浸かりすぎたからかぽかぽかしている。
用意されていた浴衣を着る。ますます旅館みたいだ。
うう、僕から九条くんの部屋に行ったほうがいいのかな。
でも九条くんがそのつもりじゃなかったら恥ずかしいどころじゃないし……
頭の中でぐるぐると考えがまとまらない。
ゆっくりと深呼吸して、とりあえず自分の部屋に戻ることにした。
僕の部屋には布団がひと組敷かれていた。
うん……。なんか、なんか……生々しい。
ごくりと生唾を飲み込んで、恐る恐る部屋に足を踏み入れる。
九条くんはいない。
いや、そりゃそうなんだけどさ、僕の部屋だし。
静かすぎる空間に、自分の呼吸音だけが響く。落ち着かない。
とりあえず布団のそばで膝をつく。
寝てしまっていいのだろうか、いや、でもーーーー
「陽向?」
開きっぱなしだったふすまの奥に、九条くんが立っていた。
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