3 / 3

第3話 御曹司αに初デートに誘われました

僕は肩をびくりと震わせる。 え、やば、えっ、も、もう……!? やばい、心臓が口から飛び出そう。 ドッ、ドッ、ドッ、うるさいくらいに心臓が鳴っている。 どうしよう、覚悟してなかったわけじゃないけど、けど……! 僕は真っ赤になって「あっ……えと、」と要領を得ない言葉を繰り返していた。 頑張んなきゃいけないのに。僕は妻になったんだから。 九条くんに向き直って正座をした。 うう、恥ずかしい、っていうか、どうしたらいいかわかんない。 九条くんはというと、なぜか部屋に入ってこようとはしなかった。 微妙な距離が開いたまま、九条くんは顔を真っ赤にして、胸元をぎゅうっと掴んでいる。 服は僕と同じく浴衣で、その……お風呂上がりってことだろう。視線は不思議と合わない。 「えと、あの……九条くん、」 「……どうした」 「あの……その、よ、よる、だけど……」 ぎゅう、と拳を握り締める。 よろしくお願いします? なのかな? 何て言えばいいの? やばい、声が震える。手も震えてきちゃった。 「ひ、陽向がしたくないなら! するつもりはないから!」 九条くんが叫んだ。僕からぷいっと顔を背けたまま。 ーーーえ? 「ど、どういうこと?」 「その、いや……ひ、陽向が、俺のこと、好きじゃないのは、わかってるから!」 「え?」 「だからっ、その、心が、落ち着いた頃でいいからっ!」 じゃあっ、と叫んで、九条くんは勢いよくふすまを閉じた。 バタバタとした足音が遠ざかる。 途端に部屋の中が静まりかえった。 僕は口をぽかんと開けて、ぴったり閉じられたふすまを呆然と見つめていた。 ーーーーどういうこと? その日の夜はあんまり寝られなかった。 広すぎる部屋っていうこととか、柔らかすぎる布団ってこととか、いろいろあるけど。 一番はやっぱり、九条くんのことを考えちゃって。 翌朝、目を覚ますと高級旅館みたいな景色が広がっていた。まだ夢かと思った。 顔を洗い、着替えを済ませて、リビングへ向かう。 お味噌汁のいい匂いがする。女中さんたちが朝ご飯を用意してくれているらしい。 ……どうしよう。九条くん、いるよね。 内心ちょっと気まずい。思ったよりショックだったみたいだ。 いや、抱かれたかったわけじゃないんだけどさ。 うう、と唸りながらリビングへ足を踏み入れると、九条くんはやっぱりいた。 背筋をピンと伸ばして正座をしていた。低いテーブルには、まだ朝ご飯は運ばれてない。 女中さんが僕に気づいて、案内する。九条くんの目の前だ。 「おはよう、陽向」 九条くんはいつもと変わらない……キリッとした顔だった。 けど、どことなくぽやぽやしているというか、ちょっと寝不足みたいだ。 僕は気まずさを必死に隠して、「おはよう、九条くん」と挨拶を返す。九条くんはちょっと口角を上げた。 女中さんが僕たちの前に朝食を運ぶ。 白米とお味噌汁、漬物に焼き魚。おお、純和風って感じの朝食だ。 いただきます、とふたりで手を合わせて食べ始める。 お米は粒立っていてツヤツヤ輝いている。米の甘みってこういうことを言うんだ、って初めて理解したくらい。シンプルな献立だけど、それぞれ素材の味が際立っていて、美味しい。 朝から贅沢だな、と一口食べるごとに嬉しくなってくる。 「陽向、今日の予定は?」 「えっと……特にないけど。どうして?」 僕はぱっと顔を上げて答えた。 九条くんはそわそわと視線を泳がせる。口を開いて、うう、と唸って、きゅっと閉じる。 顔を真っ赤にしながら、やっと九条くんは僕に話しかけた。 「そ、その……デ、デートを、しないか」 え。 僕は固まってしまった。 でーと。……デート? お箸を持ちながらぽかんと九条くんを見つめる。 九条くんはハッとしたように、慌てて弁明をした。 「い、いや、違う。イヤならいいんだ、その、ちが、ちがくて。忙しいなら、いい、んだけど」 「何も言ってないけど……」 「ちが、そのっ……! お、俺たちは、あんまりお互いを知らない、からっ! 知ったほうがいいんじゃないかって! 思っただけでっ……!」 手をパタパタとせわしなく動かして、九条くんは続ける。早口だ。 僕はその様子をじっと見ていた。 自分より慌ててる人がいると冷静になる。 ……僕と九条くんが、デート。 いや、まあ、結婚したなら何も不自然ではない。 言葉にするとちょっと違和感があるけど。 「……いいよ」 「えっ」 「僕も九条くんのこと、もっと知りたいし」 僕はずず、と温かい緑茶を一口飲んだ。 うん、美味しい。パックのやつとは味が違うな。 九条くんはといえば、脳内がショートしたのか、真っ赤になってじっと固まっていた。 からん、と、九条くんの手元からお箸が転がった。

ともだちにシェアしよう!