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第4話 好きになってもらえるように頑張るから、とか、

水槽には青がゆらゆらと瞬いていた。 色とりどりのお魚、白い珊瑚礁。小さいサメが優雅に泳いでいる。 僕たちは水族館に来ていた。 ここに来るまではちょっと大変だった。 九条くんの提案は「クルーズ船を手配しようか。ヘリから夜景を見るのも……」だったから即却下した。普通に買い物行くノリでやるから恐ろしい。 「水族館とか……」と、とりあえず無難な答えを出すと、早速貸し切りにしようとするから慌てて止めた。 あたりで楽しそうにはしゃぐ子どもたちを見てほっと胸をなで下ろす。 この笑顔を守ったんだなと、街の隠れたヒーローみたいな気分になっていた。 いや、僕が水族館に行きたいって言わなきゃいいんだけどね。 「陽向、あっちにペンギンがいるらしい」 九条くんは館内図をじっと見つめた後、きらりとした笑顔で微笑みかけた。 不覚にもキュンときてしまう。 九条くんは思ったより楽しそうだ。 御曹司に庶民派デートはどうだろうかと不安になっていたけど。後ろにSPが控えている以外は普通のデートだ。 人混みの中、並んで歩く。 九条くんは目立つ。背も高いし、イケメンだし。 まわりのひとが、ぱぁ~~っと色めき立つのが分かる。 横に立つ僕はいたたまれなくなった。 「あれ絶対友達だよね」みたいな、そんな視線が突き刺さる。 僕はちょっとうつむきがちに、九条くんの半歩後ろに下がったーーーのだけれど、 九条くんは振り返って、僕の手を取った。 「えっ」 「…………はぐれるから」 「あ、うん…………ありがと」 向かい合って、手を握られる。 慣れてないんだろうなっていう手つきだった。 妙に力が入ってるし、指を絡めようともしない。 きっと僕がいたたまれないのに気づいたんだろう。 頑張って”恋人”ーーいや、ホントは”妻”だけど。 それっぽく見えるようにしてくれたんだと思う。 だって、見上げる顔は真っ赤で、今にも爆発しそうだった。 僕はくしゃっと笑って、手を握り返した。 九条くんはロボットみたいにぎくしゃくした動きで歩き出した。 ペンギンたちがぱしゃぱしゃと泳いでいる。 餌やりの時間が終わったからか、あたりに人は少ない。最前線でペンギンたちが遊んでいるのを見れた。 「わ~、可愛いね。あ、あの子、もふもふしてる。赤ちゃんかな」 「ああ。皇帝ペンギンの赤ちゃんだな。大きくなったらあれになる」 「へー。全然違うね。あっちは格好いいっていうか……オーラが違うね」 グレーのもふもふした赤ちゃんペンギンと、その隣には白い腹の大きなペンギンがいる。よくテレビで見るザ・ペンギンみたいな。並ぶとサイズ感が全然違う。赤ちゃんペンギンがぺたぺたと歩く。 思わず身を乗り出して「可愛い~!」とはしゃぐと、隣の九条くんはくすっと笑った。 「………ああ、可愛いな」 「そうだよね。九条くんも好き?」 「…………、………好きだ」 「そっか! 僕もね、大好き。実物見るのは初めてなんだ。赤ちゃんペンギンってあんなにころころしてるんだね。…………九条くん?」 「あ、うん、そうだな。可愛い」 九条くんは僕を見ながらそればっかり繰り返す。若干頬が赤く染まっている。 表情より握られている手の方が雄弁だった。 ぎゅう、と力が入ると、楽しいの合図。 「陽向はペンギンが好きなんだな」 「うん! ーーーあ、飼おうとかしなくていいからね。水族館も買わなくていいよ」 「えっ…………だ、ダメなのか」 九条くんは驚愕の表情を浮かべた。ぽかん……と。 やっぱり財閥の考えることは格が違うとは思っていたけど、まさか予想が当たるとは。 僕も大分九条くんに慣れてきたな。 「誰が世話するのさ」「専門家を雇えば……」「僕のためにそんなにしなくていいって!」と、軽い会話を繰り返す。 「見れるだけで楽しいでしょ。また来ようよ」 じっと九条くんを見つめると、九条くんはどぎまぎしながら「わ、わかった」と、頷いた。 館内を歩く。 暗い照明に、ライトアップされた水槽がある。 ピンク、水色、白、淡い光に照らされて、くらげが優雅に泳いでいた。 宇宙空間に放り出されたような、深海を泳いでいるような。幻想的で美しい景色だった。 ふと、隣に立つ九条くんに視線を向けた。 九条くんも見入っているようで、黒い瞳には星のように光が反射している。 ーーーー綺麗 凜々しい横顔、スッと通った鼻すじに、キリッとした瞳。 理想を彫刻にしたような姿に、僕は思わず息を呑んだ。 「……陽向?」 「え、あ、な、なに?」 「ぼーっとしてたから。少し疲れたか?」 九条くんは首を傾げる。 見とれてたなんて気づかれたら恥ずかしい。 「大丈夫」と微笑みかけると、九条くんの握る手が強くなった。 「………陽向は、楽しい、か?」 「え? うん! もちろん。どうして?」 「いや……俺は……」 九条くんは視線を下げる。 自信なさげに、眉根をきゅっと寄せて。 「その……友人と出かけた経験も少ない。陽向を喜ばせられてるか、……わからなくて」 「……そうなんだ」 「で、でも、がんばる、から。もっと、喜ばせられるように……そ、それで」 九条くんがパッと顔を上げる。 キラキラした瞳には必死さが滲んでいた。 「俺を……好きになってもらえるように、がんばる、から」 僕は、不意に、心臓がどくんとした。 視線を逸らす。唇を噛む。 ……暗くてよかった。 たぶん、いま、真っ赤だから。

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