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第5話 もうとっくに好きだよ
順路に沿って館内を歩く。
綺麗な珊瑚礁とか、色とりどりのお魚とか、大きなエイとか。
手を繋いで、並んで、ゆっくり歩いた。
ーーー楽しいっていうか、そわそわするっていうか、どきどきするっていうか。
なぜか展示されてるお魚は目に入らなくて。
珍しくて綺麗なのに、ずっと九条くんばっかり見てしまって。
繋がれてる手の暖かさとか、肩が触れる距離だとか、優しく微笑んでくる瞳だとか。
そればっかりが記憶に残っている。
「ーーーあ、ペンギン」
水族館の終わりに、僕たちはお土産コーナーを見つけた。
イルカやウミガメ、エビのなかに大きなペンギンのぬいぐるみがある。もふもふした皇帝ペンギンの赤ちゃんの。
可愛かったなぁ、と頬を緩ませる。ぺたぺた歩いて、ころころ転がってて。
「………欲しいのか」
九条くんはぼそっと話しかける。
「うん。新しい部屋さ、ものが少ないから。何か欲しかったんだよね」
「……そうか」
「そうそう。それでーーー待って待って。全部買おうとしなくていいから」
九条くんが後ろに控えていたSPを呼び出し、棚のものを一掃しようとしたから急いで止めた。うん、かっこよくて忘れてた。この人が規格外の金持ちだって。
「陽向はいつも止める」
「いや、止めるって! こういうのは一個でいいんだよ!」
「……一個でいいのか」
「うん。だからさーーー」
僕は九条くんと握っていた手に、きゅっと力を込める。
「僕に選んで? プレゼントしてよ」
九条くんは、顔を赤くして、固まった。
そして、困ったように棚を見渡す。
ペンギンのぬいぐるみはたくさんの種類がある。
サイズも違うし、ポーズも違うし、服を着てるのだってあるし。
「……陽向は、何が、好きなんだ」
「ひみつ!」
僕はふふっと笑いかけた。
ちょっと意地悪かも知れないけど、荒治療だ。
九条くんは、なにかひとつ選ぶのが、きっと苦手なんだ。
こんなに頭よくてお金持ちでエリートでも、多分自分に自信がない。
……僕のことに関しては、特に。
でも、そんなのよくないと思うから。お互いに。
九条くんは眉根を寄せてじっと悩む。
うろうろ、うろうろ、ぬいぐるみのまわりを歩く。
背の高い男の人が真剣な表情で可愛いぬいぐるみを見ているのは面白かった。
あれこれと手に取って、じっと見分して、悩む。
そして、ついに一個のぬいぐるみを選んだ。
……僕が最初に見ていたやつだ。
なんだかんだ、九条くんは僕をよく見てる。
「これ、陽向が気になってたやつ。このくらいのサイズの方が抱っこしやすい、と思う。季節限定の衣装もあるけど、陽向は……きっと、さっき見たペンギンの姿が好きだと……思った……んだが」
九条くんはもふもふのペンギンを僕に見せながら、一生懸命プレゼンをする。そわそわしながらぬいぐるみを抱っこする姿は、すごく可愛らしかった。
時折自信がなくなるのか、声が小さくなったりするけど、
僕のことを考えてくれたのはしっかりと伝わった。
僕は、とびきりの笑顔を向ける。
「ありがとう! それ、欲しかったんだ!」
九条くんはほっとしたのか、ぬいぐるみを強く抱きしめて、ふふっとはにかんだ。
僕はそんな九条くんを見て、胸の奥がぽかぽかしていた。
別に、僕は九条くんがくれるなら、なんだってよかった。
だってあんなにたくさん考えてくれたんだから、
それだけでもう、飛び跳ねるくらい嬉しい。
ぬいぐるみを一個だけ買ってもらって、僕も別に小さいぬいぐるみを買った。
「陽向に買わせるのは、」と抵抗する九条くんを置いてさっとレジに並んだ。九条くんがくれたペンギンのぬいぐるみの小さいバージョン。
「これ、九条くんにあげる」
包んでもらったばかりのぬいぐるみを手渡すと、九条くんは口をぽかんと開ける。
「……陽向」
「おそろい! 今日の思い出」
「…………うん」
九条くんは小さい袋をきゅうっと大事そうに抱える。
まるで宝石でも入っているかのように。
ありがとう、と呟いて、九条くんははにかんだ。
水族館を出る。
空は赤に紫がかっていた。
もう時刻は夕刻で、なんだかんだ一日楽しんでいた。
爽やかな風が吹いて、汗ばんだ身体を撫でる。
ぬいぐるみを前でぎゅっと抱いて、僕は隣に立つ九条くんを見上げた。
正真正銘のデートだった。
………なんか、そわそわしちゃう。
水族館にいたときはなんとなく、デートモードっていうか、恋人モードって感じがしたけど。
一歩外を出ると、どんな距離でいるべきか急にわかんなくなる。
手を繋いでたのも、肩を寄せて笑い合ってたのも、なんか急に恥ずかしくなって、
むずかゆくなって、どきどきして、ふわふわしちゃう。
「陽向」
九条くんが話しかける。僕はハッとする。
「……今日は、楽しかった、か?」
九条くんは視線をあちこちに泳がせ、ぬいぐるみが入った紙袋をきゅうっと抱きしめる。
「……うん」
「なら、よかった。……ま、また。来よう。次は、違うところでも、いいし、」
僕は真っ赤になる九条くんの顔を見て、きゅうっと胸が締め付けられた。
『俺を……好きになってもらえるように、がんばる、から』
真剣な声が脳裏に蘇る。
さすがに、ここまでされたら分かる。
九条くんが、僕のことを、とんでもなく好きだってことくらい。
慣れないデートだって、苦手なプレゼントだって、全部がんばって、僕を喜ばせようとしてくれたし。
強く握る手とか。柔らかい瞳とか。うわずる声とか、全部。
僕だって気づいてるし、それにーーーー
「九条くん」
僕は九条くんに真正面から向き直った。
すっと背筋を伸ばす。ぬいぐるみを持つ手に力が入る。
西日が僕たちを赤く照らしている。
「僕、九条くんのこと、好きだよ」
もう、とっくに。
ずっと昔からだし、惚れ直したし、もう、ずっと好きだ。
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