3 / 3
第2話 絶望を照らした光
それから20年近く時間が流れた。
俺は役者の道を辞して社会人になっていた。
演劇の経験で身につけた機材の知識を活かそうと、放送機材の営業に転職したは良かったけれど、
生憎まさかのブラック企業。毎日課せられるノルマと上司からのパワハラに、俺は摩耗する日々を送っていた。
「紫藤 !!この資料明日までやっとけって言ったろ!!」
「すっ、すみません!」
「ったく使えねぇな……。元役者だとかいうから拾ってやったのによ。役者なんて人を騙すのが仕事みてぇな誰でもできるもんなんだから、元役者ならお前も適当に上手いこと言って契約とってくりゃいいんだよ!」
「……はい……」
「大体お前今月になってまだ3件しか契約取れてねぇだろ!ノルマ50件だぞ?俺はお前を心配して言ってやってんだよ。わかったか!?」
「はい。資料すぐに作ります……」
周りの同僚たちは眉根を寄せていた。課長には誰も口出しできない。自分だって社長の甥 というコネ入社のクセに。
俺はノートパソコンに向かってキーボードを叩いた。
「ったくよぉ……」
すると課長のデスクの電話が鳴った。
「おい電話鳴ってるぞ!誰か取れよ」
俺はすぐに受話器を取った。
「大変おまたせしました。お電話ありがとうございます。株式会社ロボオン機材です」
俺がそう言うと、電話口から渋く、どこか色気もあるはきはきとした声がした。
『すみません。少々お伺いしたいのですが、当社でリモートワークのための機材の導入を検討中でして、そちらの方から今いる社員分と新入社員分の機材の購入を考えているのですが……』
「機材の購入検討ですね。使用用途はリモートワーク用……。マイクの他になにか必要なものはございますか?」
『ヘッドホンとカメラをお願いしたいです』
「ヘッドホンとカメラですね」
俺はメモを取りながら情報をヒアリングしていく。
数年前に立ち上げた会社で始めた事業を軌道に乗せるためにここらで機材を整えることにしたらしい。
「それでは今回は見積もり希望ということでよろしいでしょうか?」
『はい、そうなんですが、もしお手隙でしたら上司の方とお話させていただいてもよろしいでしょうか』
「は、はい……」
俺は一旦電話を保留する。
「課長、今お電話繋いでいる方が課長とお話したいと仰られまして……」
「ああ!?お前なんか余計なことして先方怒らせたんじゃねぇだろうな!?」
「違います!出来ればと言っていたので……。どうやら大口契約の見込みがある方で……」
「なっ、お前それ早く言えよ!」
課長は慌てて電話の受話器を上げて保留を解除した。
「お電話変わりました!大変申し訳ございません、うちの不出来な部下がなにかご無礼を……、え?はい、はい……」
さっきまで不機嫌そうだった課長は媚び丸出しの猫なで声で電話相手に擦り寄ってる。
どっちが俳優かわかりゃしねぇなと心の中で毒づいた。
「はい、はい……!かしこまりました。明日当社にお見えになった上で、見積もりと機材を確認の上購入を検討したいと……!はい、担当のものが紫藤 怜 と申します!はい、それでは明日の一時に当社でお待ちしております!失礼いたします!!」
電話が終わった直後、課長が言った。
「紫藤 !明日の午後一時、今のお客が見積もりと機材の確認でうちにくるからな!それまでに資料作っとけ!今作ってるやつなんて後回しでいい!誰かに任せてお前は明日の大仕事に専念しろ!ミスは許されないと思えよ!」
「は、はい!」
俺は残業確定なことに嘆きながらも、作りかけの資料を共有フォルダに保存して新しい資料の作成に手をつけた。
—-----
「……ビーンゴ」
電話を切った俺は、事務所の奥にある社長室のドアをノックした。
「社長、入りますよ」
「どうぞ」
ノートパソコンのキーボードを無心に叩く、金髪頭の筋骨隆々な体躯の社長に俺は電話の内容を告げた。
「ロボオン機材、当たりでした」
社長の手が止まる。
「担当者の名前が、紫藤 だと」
「本当に!?」
社長が勢いよく立ち上がる。その勢いでデスクの上の資料がバラバラと崩れた。この人は昔から整理整頓が苦手なんだ。社長の目は子どものようにキラキラしていた。
「やっと……、やっと会えるんだ……。ずっと探してた僕のヒーローに!!」
「明日の午後1時から俺と太一 で打ち合わせに行きます。社長はどうします?」
「お昼まで打ち合わせがあるから、終わったらすぐに行く!灰斗 、太一 と一緒によろしくね!」
「かしこまりました。せっかくならそのミニカーも持ってきてあげてください。きっと喜びますよ、あなたのヒーローは」
「もちろん!」
散らかったデスクの上には、少し塗装が剥がれたミニカーが乗っていた。
—-----
昨日終電ギリギリまで残って資料を仕上げた俺は、出来上がった資料を印刷して午後の打ち合わせに臨んだ。
打ち合わせに姿を現したのは、
灰色の目と同じ色の短髪の長身の男と、青みがかった黒髪と青い目の童顔で可愛らしい顔立ちをした男の二人組だった。
「今日は御足労いただきましてありがとうございます!こちらが本日担当させていただきます紫藤 怜 と申します!」
「紫藤 です。よろしくお願いいたします」
俺が名刺を差し出すと、ふたりも名刺を差し出した。
「根梶 と申します。よろしくお願いいたします」
灰色の瞳の男が自己紹介をすると、もう1人の童顔の男も続ける。
「天使 と申します。よろしくお願いします」
「頂戴いたします」
俺はふたりの名刺を受け取った。名刺の名前を確認しようとしたが、根梶 さんが話を促してくる。
「早速ですが話を始めましょう。
今回のマイクの資料を見せていただいても?」
「はい、こちら資料になります」
俺は作ってきた資料とカタログを机に広げた。
「今回リモートワークにご利用とのことで、一般的なこちらのヘッドセットマイクをご準備しております。クリアな音質でよく聴こえますよ」
「なるほど……」
「カメラはこちら、USB接続でPCと繋ぐことが出来ます。操作と設定も簡単にできますので問題はないかと思います」
ふたりは丹念にカタログを眺めていた。
その間も課長は早くこの契約を成立させろとばかりに肘で小突いてくる。
「太一 、このマイクならいいんじゃないかな」
「そうですね、これならゲーム実況でも使えそうです」
その一言が引っかかった。
このヘッドセットマイクは一般的なリモートワーク用であり、ゲーム実況などでの音声通話にはあまり向かない機種だった。
「申し訳ございません、ゲーム実況とは……?」
「ああ、最近うちの会社ではゲーム実況動画の投稿にも力を入れておりまして」
「そうなんですよ。所属している社員たちが楽しく騒いでゲームをしてその様子を編集して投稿しているんです」
天使 さんが楽しげに話す。
俺は思わず資料を見つめ直した。ゲーム実況動画にありがちな大きなリアクションや声だとマイク自体が壊れてしまうかもしれない。
「それはそれは素敵ですね!こちらのマイクでしたら必ずお客様の……」
「ちょっとお待ちください」
俺は課長の話を遮った。課長が不満そうに俺を見た。
「申し訳ございません、私のヒアリング不足ではございますが、こちらのマイクはお客様の使用用途に耐えきれないかと思います」
「……それはなぜ?」
根梶 さんの言葉が重くのしかかる。
「こちらはあくまで、一般的なリモート会議などでの使用を前提として作られております。私も過去に何度かゲーム実況動画を見たことがありますが、あれは出演者の皆様の生き生きとしたリアクションなどで見ている人を楽しませる、それが動画の醍醐味だと思います。しかしこのマイクではそう言った使い方を想定していない。そうすると何が起きるのか。マイクが壊れてしまい、せっかくお買い上げいただいてもすぐに新しいものに買い換えていただくことになってしまいかねないのです」
俺はデメリットを説明する。
「……それならまた買い直させていただければよいのでは?その方が御社の売上にも繋がるのではないですか?」
根梶 さんからの追撃の一言が刺さる。隣で課長もうんうんと頷いていたが、そうは思わなかった。
「私は、お客様にはメリットデメリットをしっかり把握していただき納得していただいた上でご購入いただきたいと思っております。だからこそ、メリットだけを説明してデメリットを隠すなんてことはしたくないのです。それではお客様を騙すことになってしまう。私は、双方納得した上で、売ってよかった、買ってよかったと思えるような取引がしたいのです」
俺はすぐに椅子から降りて床に両手をつき頭を下げた。
「わざわざ御足労いただいたにも関わらず、俺のヒアリング不足でこのような結果になってしまい申し訳ございません!!今回のお取引は無かったことにさせてください!!改めてゲーム実況にも最適な機材を見繕って資料を送付させていただきます!!本当に、本当に申し訳ございませんでした!!」
課長の罵声が飛んだ。
「この大バカ野郎!!先方に迷惑かけて一方的に取引中止だ!?何考えてやがんだこの無能!!」
「っ……!!」
右肩に衝撃を感じた。課長が俺の右肩を蹴っていた。思わずバランスを崩して俺は床に転倒する。
「お前は何度俺の顔に泥塗りゃ気が済むんだよ!俺がいながら勝手なことばっか言いやがって!!役者志望だったなら上手いこと言って買わせりゃいいって言ったろ!!」
課長は頭に血が登ってるのか執拗に俺の肩を蹴り続けてくる。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!!」
根梶 さんと天使 さんは無事だろうか、ふたりの顔を見あげようとしたが、課長に今度は勢いよく額を床に押し付けられた。
「おら、俺とお客様2人に土下座して詫びるんだよ、勝手な判断で取引中止して申し訳ありませんでしたってな!!」
「も、もうし、わけ、ありません……!」
「すみません、このバカもこう言ってますので……」
課長がふたりに向かって猫なで声を出す。
(ああ、もう終わりか……)
俺のせいで、全部台無しにしたんだ。きっと俺はこの仕事を辞めさせられるんだろう。もう、何処にも居場所なんてない。目に涙が滲んだ。
(……ごめん、迅 さん。俺は、迅 さんが憧れるようなカッコイイ大人になんてなれなかったよ……)
そう思った時だった。
「イタタタタタタタっ!!!!!!」
課長の手が俺の頭から離れた。誰かが課長の手首を握って捻りあげていた。
「え……?」
俺が見上げると、そこには金髪の美しい髪をした筋骨隆々の男がいた。目には静かだが大きな怒りを宿していた。
「その人に汚い手で触るな」
開口一番、その人は低い声で唸るように言った。ライオンみたいだと思った。
「灰斗 、太一 、大丈夫?」
「大丈夫です。社長」
「その上司がいきなり怒り狂いだしましてね。紫藤 さんの肩を数発蹴って頭を床に押し付けて無理やり土下座させてました」
オフィス内、パーテーションで仕切られた打ち合わせスペースだったから、オフィスの中には全て筒抜けだったようだ。同僚たちも集まってきていた。
「紫藤 さん!」
「これは一体何があったんだ!!」
うちの社長までここに来ていた。大きな騒ぎになってしまった。
「御社の社長ですね。先程打ち合わせをさせていただいていたのですが……」
根梶 さんが一部始終全てを話してくれた。
「証拠の音声も映像も全てここに入っております」
太一 さんは胸ポケットからペンを取り出した。そのペンには小型のカメラとボイスレコーダーが仕込まれていた。
「お前……、お客様の前でそんなことをしたのか!?」
「俺は、こいつが……」
「こいつ?今この人のことをこいつと言ったか?」
根梶 さんと天使 さんの上司らしき金髪の男が眉間に皺を寄せ課長を睨みつけた。
途端にまた課長は大人しくなる。
「この人は僕にとっての命の恩人だ。誰からも要らないと蔑まれて忌み嫌われていた僕を暗闇から救い出してくれた僕にとってのヒーローだ。そんな人を傷つけるならこの僕が許さない。この人は僕がもらう。こんな会社でなんて働かせられない。貴方にとってこの人は無能なんでしょう?それなら丁度いいじゃないですか。要らないなら僕がもらいます」
「待ってください。紫藤 さんはうちにとっても必要な人材です。お客様に誠実にお話をし、良い点悪い点も納得した上で契約するという本当に顧客を大事にする営業のできる人です」
まさか社長が俺をそう見ていてくれたとは。それでも金髪の男の怒りは収まらない。
「必要な人材?ならどうしてこの人がこの上司に悩まされていたのに放置してたんですか?必要な人材なら、その人が長く働けるよう環境を整えてあげるのも上司の勤めでしょう?それをどうして放置していたのか説明してもらいましょうか。きいたところによると昨日今日に始まったばかりの突発的ではないような言い草でしたがね。日常的にパワハラが横行しているような現場だったのではないですか?」
金髪の男が捻りあげた課長の手を社長に向かい放り投げるように放した。
図星をつかれたのか、社長が口を噤んだ。
「紫藤 さんは、商品のメリットデメリットをしっかりと我々に説明してくださいました。
それなら紫藤 さんの上司である貴方方も説明をするべきですよね」
援護射撃をするように根梶 さんが続けた。
天使 さんは俺に駆け寄って俺の手を取り立たせてくれた。
社長は大きく息を吐いた。
「紫藤 の上司のこの男は、私の甥です。この性格のせいでどこへ行っても長続きせず泣きついてきたのを雇いました。しかしまさか部下へこのような仕打ちを繰り返していたとは……」
すると、同僚たちが口々に叫んだ。
「私、課長にセクハラされました!そろそろ結婚したらどうだとか、男っ気ないのか、とか!」
「私は有給を何度も却下されてなかなか休みがとれませんでした!」
「俺は理不尽に怒鳴られて殴られたことがあります!」
「俺は自分の契約の手柄を課長に奪われました!!」
課長の悪事が山のように溢れてくる。どう頑張っても、課長にこれで人望があったとは思えない。
「そんなことがあったのか……。まさか、私の甥だったから言い出せなかったのか……?」
「そうですよ!」
「相談なんてしたら何されるか分かったもんじゃありません!」
社長は大きなショックを受けた表情をしていた。
「紫藤 さんは、どうしたいですか?」
天使 さんが俺の目を見て言った。
「どうしたいのか、はっきりと言っていいんです」
俺は、迷わなかった。
「……俺は、諦めた役者の夢を嘲笑われました。役者なんて見てる人間を騙すだけの誰でもできる仕事だって……。でも、役者は人の心を演技で動かす仕事なんです。だから誰でもできる仕事じゃない。そんなの俺が一番よくわかってるんです。だから俺は、あきらめるしかなかったんだ……!!俺の夢を嘲笑ったこの人と一緒に仕事なんてできるわけがない!俺はもう、この会社を退職したいです……!!」
その瞬間また金髪の男の目に怒りが宿った。
「お前、僕の大事な人にそんなこと言ったのか!?この人がどんな思いで役者の夢を追いかけてきたと思ってるんだ!?」
「社長」
根梶 さんが金髪の男の体の前で腕をのばして止める。
「頭を冷やして。最後まで、冷静に」
課長の顔が顔面蒼白になっていた。
社長はもう呆れを通り越して絶句している。
「……この人が退職したいというのなら、止めることは出来ません。だからこの人はうちの会社で雇います。真摯に相手の話をきいて向き合える、そんな人だからこそうちが引き取ります」
深呼吸をして深く息を吐いた金髪の男が淡々と話を進める。
すると同僚たちもどこからか退職届を取り出した。
「紫藤 さんがやめるなら俺たちも退職します」
「私達も辞めます。こんな人のところじゃ働けません」
「まて、待ってくれ……!」
「社長」
金髪の男が口を開いた。
「僕も社長だから、苦労はわかります。だからこそ、身内の目に余る行為には厳しく接し、会社を腐らせる原因になるのなら改善を試みるべきだったんです。それをしなかった貴方にも責任は確かにあるんです。この言葉の意味、貴方なら分かってくれると信じています」
すると根梶 さんが口を開く。
「紫藤 さんの有給は調べさせてもらいました。紫藤 さんの退職届は紫藤 さんの残った有給を全て消化する日付で郵送します。それでは」
社長は、その言葉に膝をついた。
俺は同僚たちに感謝の言葉を伝えた。
「皆……、ありがとう」
「こちらこそ、課長にやられまくってたときに助けられなくてごめん。残業手伝ってくれたのすごく助かった」
「体調崩した時に暖かい飲み物差し入れしてくれたの嬉しかったよ」
「紫藤 さん、元気でね。俺たちは俺たちでまた新しい道を探してみるよ」
「うん、皆元気で」
俺は金髪の男と根梶 さん、天使 さんに促されて荷物をまとめた。
物自体が少なかったから、ダンボール1箱に納まった荷物とカバンを抱えて俺は駐車場へ向かった。
運転席に天使 さん、助手席に根梶 さん、後部座席には俺と金髪の男が座った。
車は静かに走り出した。
金髪の男が指示を出す。
「近くの病院に。この人の蹴られたところを診てもらわないと」
「はい」
この人はどうしてここまで俺に良くしてくれるんだろう。
まださっぱりわからなかった。
「……あの、」
「はい?」
金髪の男が優しい顔でこちらを見つめてきていたたまれない。
「俺、昔貴方に会ってますか?俺のこと、大切な人って言ったりヒーローって言ったり……。俺が役者目指してたこともどうしてご存知なんですか……?」
金髪の男の目が見開かれた。慌ててポケットから何かを取り出して俺に見せてくる。
「これ、覚えてませんか……?」
それは俺が昔迅 さんに上げたミニカーとまるっきり同じものだった。多少塗装は剥げてしまっていたが、大事にされてきたのがわかる。
「まさか……、迅 さん……?」
「はいっ!あのときあなたに助けられた菅田 迅 ですっ!!覚えててくれたんですね、怜 さんっ!!」
続く
ともだちにシェアしよう!

