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第二章 一話
side:渡邊翔馬
「俺たち、結婚しましたぁ〜!」
いぇいいぇい、と勝手に会長の手をピースに曲げて一人はしゃいでいる副会長に、僕は空いた口が塞がらなかった。
「……え、え、?ちょっとどこから突っ込んで良いのかわからないです……」
副会長が突然姿を消して一ヶ月。校内ではその話題で持ちきりだった。ただでさえ目立つ生徒会で原因不明の不登校。当然のようにさまざまな憶測を読んだ。中には退学になった、とか噂を流す人もいて、確かに副会長の日頃の行いも相まって、妙に信憑性があってドキッとした。流石にそれは、会長によってすぐに否定されたが。
しかしそんな話題の張本人、副会長は、またしても何の予告もなく突然現れた。しかも、消える前と同じ、とは全然言えない。
副会長がいなくて喜んでいた柴崎さんも、一応心配していた涼さんも、これには信じられないような目をしていた。
唯一会長は、ベタベタに甘え倒している副会長に呆れながらも好きにさせている。
「美月、変なこと言うな。学校では旧姓を使え」
「え、やだ。同姓マウントとりたい」
「誰にだ」
「全世界に」
だめだ、久しぶりに見た副会長の頭は相変わらずお花畑が咲き乱れていて、何を聞いてもまともな答えが返ってくる気がしない。こんなふわふわ浮つきまくってるくせに、見た目の変化は全然ハッピーじゃない。
まだ蒸し暑い残暑にもかかわらず、副会長は長袖のワイシャツにカーディガン。そこから浮く骨格が隠し切れないほど華奢になっている。漂白されたような真っ白な肌は血が通っているかも疑わしい上に、目の下にはうっすらと隈が浮いている。
その変化を絶対他の二人も気づいているだろう。会長はそれを察してか、「まあ、何があったかは触れないでくれるとありがたい」と先手を打たれた。そう言われると、より気になるのが人の性なのだが。
「なに、監禁でもされてたわけ?」
さすが柴崎さん。触れるなと言われた直後に鋭すぎる疑問を投げかけている。副会長の状態が状態なだけに、あながち冗談にも聞こえない。
「……チガウヨ」
急にカタコトになり、あからさまに目を逸らす副会長は、隠す気があるのか、ないのか。はたまたそれも込みで冗談なのか。全く分からない。もし本当にそれだったのなら、とんでもない事件だ。とにかく、会長に触れるなと言われてしまった手前、質問攻めにすることもできない。
「まあどっちにしろ、お前謹慎だったもんな。期間被ってお得だったな」
「え、何それどう言うこと涼ちゃん」
「は、嘘、知らねーの?お前二週間停学食らってたんだよ」
パッと副会長が隣を見て、会長がしまった、という顔をする。
「…すまん、言うの忘れてた」
副会長、絶句。一泊置いて、クッソ長谷川ぁぁあ!!!!と叫び声。頭を抱えて、前より暗めになった金髪を混ぜた。
「あのゴリラ!何の役にもたってねぇじゃねぇか!」
「お前だって長谷川放置して逃げてたじゃん」
「知らねぇよ!!」
「まあ謹慎で済んで良かったじゃん。生徒会辞めろとかじゃないんだし」
「むしろ理事長に感謝すべきだよな」
「僕としては全然退学でよかったんだけど」
柴崎さんと涼さんは相変わらず心臓が剛毛なのか、この状況をあっさり受け入れていつもの調子だ。確かに、副会長は数々の非行に対するクレームを受けて、全くの無傷というわけにはいかず、二週間の停学処分を食らっていた。それだけでも校内はざわついていたのに、謹慎が明けても一向に副会長が戻ってくる気配がない。それで徐々に、実は停学ではなく退学だったのでは?との噂が立つようになったのだ。
「まあとにかく、無事に戻ってきてくれて良かったです…」
一応、僕は寂しかったわけだし。副会長はいつもうざいし煩いしからかってくるけど、それが全くない生徒会というのも寂しかった。僕は校内の評判ほど、副会長が嫌いなわけではないし。
副会長は僕の言葉に感激したのか、パッと目を見開いて、
「翔ちゃんんんんっ!!愛してるよ!!!!」
倒れ込む勢いで抱きつかれた。
いや、軽!!骨が軽石で出来てるんじゃないのかと言うほど、圧がない。僕の方が身長低いのに。
しかし、僕が衝撃を受けたのはそれだけじゃなかった。副会長から会長と同じ匂いがする。
え?と副会長を二度見したときにはもう、副会長は僕から離れていた。
「美月、急に動くな」
会長が副会長のワイシャツの襟を引っ張ったらしい。そのままソファに座らせると、副会長は何やら頭を押さえて蹲っている。
「うっ、……やば、いってぇ……」
「馬鹿。大人しくしてろ」
副会長が会長の膝に埋まる。いつもだったらそれを振り落としていた会長が、当然のようにその頭に手を乗せて髪を撫でた。そのあまりにも自然な仕草に、僕含め生徒会の面々が目を見張っている。そして多分、共通で思ったことは一つ。
……え、この二人、付き合った?
✴
side:安達真広
「まひろくーん!!!あーそーぼーっ!!!」
「うわっ!!!…………びっっ……くりした」
心臓が止まった。多分二秒くらい。
言っておくがここは俺の部屋だ。なぜ自分の部屋で寛いでいて、ここまで驚かされないと行けないのか。しかももっと驚いたのはその声の主が、ひと月近く音信不通で行方不明だったやつだった。
「相変わらず鍵かけねーのな。ま、お前の部屋勝手に入ろうとする奴いないと思うけど」
美月は当たり前のように俺の部屋に上がり込んで、俺の隣にあぐらをかいた。
「……………」
衝撃すぎて、まじまじと美月を見つめてしまう。美月は呑気に「おーい?」と俺の顔の前に手を振った。
「俺のこと見えてる?なんか言ってよ」
俺やっぱ死んだ説?とか意味のわからないことを呟いている。
「……お前、本物?」
「開口一番それ?もっとないの?感動した!とか、寂しかった!とか」
「何してたんだよ、今まで」
「かくかくしかじか」
「ふざけんな」
まじで、まじで心配した。正直、生きた心地がしなかった。電話しても一切繋がらないし、メッセージに既読すらつかない。
美月は悪びれずに言った。
「ごめんスマホ新しくした」
「は?」
「無くした。ぶっ壊れた。多分」
「本当に何があったんだよ……」
マジで言う気ないのかこいつ。嘘だろ。
今まで美月が言いたくなさそうなことは触れないでやっていたが、今回ばかりは納得できない。しかも、
「お前、」
近づいてきた美月の頬を摘む。いや、顔ごと掴む。摘めるところがない。ほぼ皮だ。
「……鶏ガラじゃん」
「最っ低だな?!」
「お前、なんか病気とかじゃねぇよな?」
顔色悪ぃし。まあ元からそんな良い方ではなかったが。それでも、隈まで浮いているほどではなかった。不健康なりに、割と元気そうだったのに。でも今のこいつは、いつ早退するって言っても許されそうなくらいには具合悪そう。ここまで心配要素ばっかり携えて、当の本人は顔を掴まれたままヘラヘラと笑っている。
「ガチ心配モードの真広くん珍しー」
「話逸らすな」
「んー、じゃあダイエットってことで」
「んなわけあるかよ。太りたいばっか言ってた癖に」
「美意識がコロコロ変わるお年頃なんだよ」
「口堅ぇ……まじで変なとこで頑固だよなお前」
「真広こそ、めっちゃ聞くじゃん」
当たり前だろ。今回ばかりは、いつもみたく見て見ぬ振りは出来ない。ぽん、と肩を押すと、美月は簡単に後ろに倒れた。倒れた音さえ、ぽすん、と頼りない。
だめだこれ、俺が何とかしないと。
なぜかこの蒸し暑さで羽織ってるカーディガン越しに、脇腹を掴む。
「うへぁ…っ!」
「……?!」
「ちょ、いきなり触んのやめて…」
「お前何食ってた?」
「無視かよ。……えー?水?」
「…………あ?」
「水」
「……水は食べ物じゃねぇんだけど」
事態はよほど深刻だったらしい。そりゃあそんな栄養状態じゃ、こんなんなるわな。美月の秘密主義も、もう慣れたし。言わないことを問い詰めても仕方がない。
「お前本当さ……あー、もういいわ」
絶対に俺が治す。そう決意して、何か栄養あるもんでも作ってやろうと台所に向かおうとした。これでも料理は一応できる。少なくとも、ジャンクフードばっか食ってた美月よりは。
立ち上がろうとした服の裾を、ぎゅっと引っ張られる。
「え、嘘、怒った……?」
「あ?」
「ごめんって、その……」
なんか勝手に勘違いしたらしい。美月は俺の服の裾を掴みつつ目を泳がせている。そのあざとさに、心臓がずん、と跳ねて足を止める。潤みがちな上目が、伺うように俺を見た。
「本当は……入院は、してた」
声ちっさ。ていうか、…………あー、クソ。これだから美月は。
「……はいはい、よく言えましたっ」
ぐしゃ、と頭を撫でて台所に向かった。
正直、どの瞬間も心臓に悪い。こっちはひと月ぶりなんだよ。いきなりあんなの反則だろ。ふざけんな美月の癖に。
冷蔵庫を開けて熱い顔を冷ます。
「夕飯食った?」
「……!まだ!」
美月は俺の機嫌が治ったと思ったのか、パッと顔を輝かせて近寄ってきた。
「何なら食える?」
「プリン」
「……おっけ。お粥な」
「うえ、ドロドロしたやつ全般嫌い」
「…プリン買い行くか」
「やったあー!真広大好き!」
「はいはい」
ぎゅ、と当然のように抱きついてくるこいつは自分の状況を分かっているのだろうか。いや、多分何も考えてねぇんだろうな。俺の気持ちも葛藤も。
簡単に押し倒されやがって。俺が惚れた弱みでどんだけ我慢してやってると思ってんだ。もしお前がどうでも良いやつなら一瞬で押し倒して服剥ぎ取って気失うまであぁぁあぁ………。
正気に戻ろう。勃つ。
その時ふわりと香った、知らない匂い。いつもより甘さが少なくて、なんか嫌な予感がする。
「お前香水変えた?」
「え、そんなんいつもつけてないよ?」
「じゃあ柔軟剤か」
美月がカーディガンの袖を引っ張って嗅いだ。
「あー、これ会長のだからかな。めっちゃ良い匂いだよね。好きー」
………?!
一瞬で地に突き落とされた心地になって、美月を見つめる。話を続けようとする美月の唇を塞いでやりたいと思うけれど、本気で好きだからこそ、全く身体が動かない。
「俺、昨日から会長と同部屋になったから」
「………は?」
「どーべや!同棲!ルームシェア!!」
「……あぁ?」
「会長がねぇ、心配だからって誘ってくれたの。まじで優しいよねぇ」
柳慎一郎、殺す。
「…………いい加減にしろよマジで、ムッツリクソ野郎が」
「ん?何ボソボソ言ってんの?」
「別に。お前寝相悪りぃから嫌われんぞ」
「は!?流石に一緒に寝てねーよ!」
「あっそ。なら良かった」
もしそうだったら本気で殺してた。
「あ、でも、会長最近俺に甘いから、今度布団潜り込んでみよっと」
……美月の看病の前に、俺が病気になりそう。
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