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第4話天使の導き

 嫁候補・婿候補はそれぞれ五人ずつ、計10人存在する。 そのうちの一人がこのシュトルムだ。  彼については共通ルートで知りえる情報しか持ち得ていない。俺は婿候補の中のレインという男性に懸想し、生涯を共にした。同性婚ができるので、たとえゲームであっても、ほかのメンバーとの浮気や不倫はしないよう恋愛イベントの回収は徹底的に避けたのである。  徹底的に避けた結果、俺個人がシュトルムに好感を抱く瞬間は皆無に近かったし、昨晩のあのひと悶着の時、どうすればよかったのかの情報も持ち得ていなかった。 「その結果がこれか…」  そう。彼の好物など、基本的ステータスは全然覚えていないがゆえに、悲しい結末を迎えた。 「ルナリオ?ルナリオが落ち込んでるとかなしいぞ」  昨晩の地獄のような時間から一晩たち、朝が来た。  食べるものがスラリスの収穫したニンジンしか手元になかったため、俺とスラリスはニンジンを生でぽりぽりと食べていた。  ------------------------------------------------------------------------- 「よーし、こそこそ隠れる態度が気に食わなかったから家賃を5割増しな!」 「5割!?!?」  俺は驚きのあまり抗議の態勢に入る。 「当たり前だろ?そもそも、この家賃から逃れるためにお前は隠れていた。これでお咎めなしなら隠れ得じゃねえか」  ---------------------------------------------------------------------------  昨晩の出来事を思い返してはふつふつと怒りがこみ上げる。    家賃割り増し宣言を食らったあと、嫁候補・婿候補と仲良しになれば、一部お金を安くしてくれることがある、そのシステムを思い出した俺はニンジンをシュトルムに差し出した。  冷たいまなざしとともに6割増しを宣告された。 「ニンジン甘くておいしいのになあ」 「な!あいつはニンジンの良さが全然わかってなかったな!」  2人でぶつぶつ言いながら、ニンジンをひたすらにむさぼる。  放蕩息子のはずだが、昨晩はきっちり仕事をこなしていた。おそらく自分の収益につながるところだけ真面目にやっているのではないだろうか。    あんなのが人気投票・婿部門第3位なのである。俺の推しは5位なのに。  世間と自分の好みの乖離になんだか悲しくなってくる。    俺様というのは令和の今ではめっぽう絶滅し始めたというのに、このゲームの中ではめっぽう人気が強い。あんなDV予備軍より、最初から優しい人のほうが絶対いいと俺は思う。 「いや…でも、徴収を免れようと隠れるようなずるい真似はもう今後やっちゃだめよな。信頼を失うだけで何のメリットもなかった」 「そうだぞ。今度からは正直にいこうな」  そんなことを考えていると、扉に人の気配がする。  扉は昨晩シュトルムが破壊したものの、俺のことを哀れに思った兵士たちが簡単に作り直していってくれた。上司があれでも部下に良い人もいるものだ。 「スラリス、これ…シュトルムが帰ってきた説あるかな?」 「あると思うぞ。というかあいつ以外誰がやってくるんだ」  俺たちは声をひそひそさせながら相談し合う。果たしてどうして彼が戻ってきたのか?今度は裏手から逃げようか?さっきの正直に生きるくだりはもう忘れたのか?いろいろ話していたその時 「あのっ・・・!!新しい居住者さんが現れたと伺い、ご挨拶にきました!」  鈴のように美しい少女の声が聞こえた。この声は 「天使プリマヴェーラ…???」 いや正しい公式呼称は「桃のプリマヴェーラ」である。  ----------------------------------------------------------------------  さて、鬼難易度で無意味な死をプレイヤーに体験させる本ゲームだが、実は救済イベントも存在する。    その一つがプリマヴェーライベントだ。  彼女はパン屋を経営しており、ランダムで主人公の家に訪れてはパンを恵んでくれる。食料品は貴重な回復アイテムとなるが、彼女の特製のパンはHPMPを少しだけ回復してくれ、序盤の展開を大きく助けてくれる存在となる。    俺も、序盤の地獄を切り抜けるのにMP切れを起こしてもうどうしようもない時、彼女のパンによってぎりぎり助かったという恩がある。そういった経緯からプレイヤーたちからも絶大な人気を誇り、嫁候補部門人気第一位である。  ------------------------------------------------------------------------- 「初めまして。私はプリマヴェーラと申します。新しい住人さんが来てくれて、とっても嬉しいわ!」  プリマヴェーラはカーテシーをし、笑顔を俺に向けてくれた。  緩くふわふわのピンクの髪、それをおさげにしつつ花の飾りを頭に散らす。ひざ下丈のスカートは彼女を上品にみせ、エプロンはその家庭的な魅力を大きく俺たちに見せる。 「お近づきのしるしです。フランスパンをどうぞ!」  この世界にフランスはないのにフランスパンっていう呼称なんだ。不思議。  それはともかく昨日からニンジンしか食べていない俺とスラリスは血走った目でパンを受け取る。 「ありがとう…いただいてもいいかな?」 「ええどうぞ!焼きたてですよ!」  俺はパンをちぎってスラリスに渡す。スラリスがおいしそうに目を輝かせて咀嚼したのを見届け、俺もちぎって口に運ぶ。おいしい。小麦の味を存分に引き出していて、シンプルながらその素材の良さを存分に伝えてくる。  フランスパンをそのままでただ一心不乱に食す俺たちの光景にプリマヴェーラは目を丸くし、しかし段々と嬉しそうに笑いだした。 「ごめんなさい、こんなおいしそうにたべていただけるなんて想像していなかったから!」 「こんなにパンがおいしいと感じる日は初めてだ。本当にありがとう・・・!!」  あ、涙が止まらない。  涙で水分を持ってかれ、パンにも口の中の水分が持ってかれ、体全体がやや乾燥してきたため、一旦フランスパンを食べることを止める。 「この畑の横に出荷箱ってあるでしょう?私とレイン兄さんは交代制で毎日出荷箱を見に来ているのよ。いつもはニンジンだけ入ってるのに、今日はハーブとかきれいな石とか入ってたから、住人が増えたのかな?って思ったの」 「いつも入ってるにんじん…。スラリスの。ああ、そうやってお金をちょっとずつ稼いでたんだ」 「ああそうなんだ!俺、魔物だから兄妹が出荷箱を見てくれるのだけが本当に頼りだったんだ」 「こうしてスライムさんとお話しするのは初めてね。これもあなた…」 「ルナリオです」 「ルナリオさんが来てくれたおかげね」  自分に向けられた感謝の流れを断ち切り、俺への感謝の流れを形成する。なんて、心優しい少女なのだろうか。一方で昨晩家賃をケチろうとした自分の醜さに恥ずかしくなってくる。 「ルナリオさん、こちらが出荷箱の今回の対価のお金ですわ。次回からは出荷箱の鍵がついてる場所にお金は入れておきますね」  農業ゲームをやっていていつも誰がどうして引き換えてくれるのか不思議だったのだが、一部手数料は受け取っているということなのだろう。  しかしこちらとしては商人たちにコネが無い身であるため、プリマヴェーラたち出荷箱を回収してくれる存在は本当に助かるのである。 「ルナリオ、いくらだったんだ?」 「34ゴールド。ニンジンが15ゴールド、2本で30。草・石が2ゴールド、あたりかな」 「ルナリオさん、よくお値段ご存じですね…!お召し物が尊い方のものと思っておりましたので、まさか具体的なお値段をご存じであることに大変驚きました!」  いえいえ、このあたりの金額を暗記しておかないとこのゲームには到底太刀打ちできなかったので…。そう心の中でつぶやいた。    それにしてもこの服はここらではちょっと浮くのだろう。昨日道具をあさっていた時に、ボロ屋には似つかわしくない小奇麗な麦わら帽子があった。この帽子をかぶっておけば全体の服のバランスがごちゃごちゃになって庶民感をだせるのではないだろうか。あとでやってみよう。 「なあなあ、俺達目標は120日で10万だったよな?そうすると、にんじんが何本必要なんだ?」 「およそ6666本だな…。さらにそこに家賃を払わなきゃならないし、昨晩のイベントで6割増しにされたし…」  ダメだ。絶望が押し寄せてきた。  昨日倉庫に隠れた際に拾った剣がある。剣の名はダーインスレイヴ。この剣は刀身が拳くらいという短さを持ち、しかし所有者の攻撃力+1000に底上げするというものが主人公の家の倉庫に隠れていたのであった。  この剣は売るとおよそ8000ゴールド。今の俺たちからすれば破格中の破格な金額である。しかし。 「これはいわば、条件さえそろえば激つよ武器なんだよなあ…」  この剣の厄介でもあり面白いところは、使用者のMPを一振りですべて持っていく反面、MP消費量に応じて攻撃力を膨らませる点であった。単品の攻撃力のみであれば、ラストダンジョンで得られる武器の方が使い勝手もよく強い。しかし、強力な一撃で相手を一発で屠る場合、条件さえそろえればこのダーインスレイヴの方が適している場面も多い。ゆえにベテランほどこの剣を持ち歩くほどであった。 「これは売らないことにするよ。俺の切り札になりえるから。」 「じゃあどうやって金を稼ぐんだ?」 「それなら…」  農業だけでは限界が来る。しかし宛てなくモンスターを倒しても素材だけでは金策も難しい。  ここでこれまでずっと静かに俺たちを観察していたプリマヴェーラが口を開いた。 「冒険者ギルド、なんてどうでしょうか?」  ---------------------------------------------------------------------------  ドアを開いた先には広い空間があった。  円形の机がいくつかおいてあり、その周辺をこの街に滞在してる冒険者たちが囲んでは談笑している。  俺と女性であるプリマヴェーラの二人連れが入ったことで一瞬珍しそうな表情をするものが多いが、すぐに自分たちの会話に意識を戻し始める。  通路を進んだ先、そこにカウンターがあった。 「プリマヴェーラ!今日はどうしたの?」 「今日はいたのね、アウトーメル!よかったわ、知ってる人がいると安心するもの」  アウトーメルと呼ばれた女性はプリマヴェーラの姿を視認するや、花の咲くような笑顔を見せた。 「実はね、例の小屋に新しい人が住んでくれるようになったの!こちら、ルナリオさん。」  先ほどの笑顔はなんだったのか。  俺に向き合ったとたん、生ごみを見る目を向けてきた。 「ふん…初めまして。私はアウトーメル。」  アウトーメル。彼女もまた嫁候補の一人になる。  グレーの短い髪を持ち、思ったことを正直に伝えてくれる、曲がったことが嫌いな芯のある女性だ。  上半身の服は肩や袖がレースとなっており、ちらみせのために肩が出ており、ズボンは茶色の厚みのあるものを履いている。全体的に活発なイメージをこちらに伝えてくる。  アウトーメルは俺の姿をじろじろ見て、舌打ちをする。 「ちょっとあんた、ここ室内よ。帽子。とりなさい」 大きくなるにつれて叱ってくる人って少なくなっていくものだから、久々の、この言われように思わず震えてしまった。    プリマヴェーラは自分が紹介した手前、想像以上の険悪な空気に慌てだす。 「アウトーメル!もっと優しい言い方!」  アウトーメルは俺の涙姿に一瞬ひるんだが、気を取り直して塩対応を続ける。ふんっと鼻を鳴らし、謝罪する気は毛頭ないようだ。 「それで?何か用?」  プリマヴェーラに話していた時とは態度が打って変わって、非常に冷たい態度で俺に応対する。  いまも俺が持っている麦わら帽子に焦点を合わせて、目をみようともしない。    アウトーメルは警戒心が強く、初めて会った人間には舌打ちをするくらい、好きな相手か嫌いな相手かでその態度をはっきりさせる。俺はそのことを知っていたため動揺はしないが、プリマヴェーラは俺の後ろであたふたとしている。  同年代の紹介だったら大丈夫だと思ったのだろう。しかし予想が裏切られ、俺が怒っていないか心配なのだ。  彼女に現在資金を稼ぐ手段が欲しいことを伝えると、面倒そうな表情を見せたのち、登録の案内やらクエストの受注の仕方など教えてくれた。  説明を一つ終えるごとに「ここまでで質問ある?」とうっとうしそうに確認をとってくる。職務はちゃんと遂行はしてくれるのだ。  日本でですらここまで冷たい態度をとってくる人は皆無だったため、むしろ新鮮な光景に思える。    「はい、ここに名前を書きなさい。かけたら呼んで」  差し出された書類にサラサラと名前を書く。お、勝手にこの国の言葉に変換された。注意事項にはFランクから始まると書いてあり、またほかにも素材の入手時の取り扱いなどもろもろのことが記載されていた。俺はそれを忠実に読んでいく。  一方スラリスは退屈になったのか、数分もたたず他の冒険者に話を聞きにいってしまった。  スラリスに心の中で謝罪をしながら、クエストの受注のやり方がゲームの時と、システムの違いはないか真剣に目を通していた。  丁度その時、30代半ばくらいの男性冒険者がアウトーメルのカウンターに近づいた。  瞬間、散々俺に雑な対応をとっていた彼女は俺の時よりもさらに汚物を相手にするように、男性から顔を背け、目を細め、汚らわしいものが同じ空間にあるかのように口元をハンカチで抑えはじめた。  俺の時も散々な態度だったが、その男性冒険者に対しては、それこそ真夏に一週間放置された生ごみくらいの態度でアウトーメルは対応し始めた。 「あ…。あの、手の空いてるギルド嬢の方、おりませんか!?」  プリマヴェーラはすべてを察し、カウンターに向かって声をかけた。    年上嫌いの、さらに男性恐怖症の、人見知り系暴力ヒロイン。それがアウトーメルなのだった。    一体どうしてこんなキャラ設定にされたのか、プレイヤー間でもアンチスレが経つほど不思議とされていたが、最終的にディレクターがドM説が有力とされた。    女主人公だったらもう少し優しく接してくれたのかな。そんなことを考えつつ、やや騒ぎになっているカウンターからは離れて俺はクエストが沢山貼られている壁の見学に行った。  ちょうど、掲示板の前には誰もいなかった。  よかった。ゆっくり見られる。俺は店で買い物をした際に、自分よりも後ろにレジ待ちをしている人がいると気になって仕方がないタイプだ。  クエストは、タイプによって綺麗に分類がされてあった。難易度が高いほど上に貼ってあり、低いほど下に貼ってある。好きなものを引っぺがし、カウンターに持っていくシステムだ。  なるほど、魔物討伐系統とアイテム納品系統の二つに分かれ、討伐系はランクごとに受注できるものが限られる反面、納品系は高ランクでも受注が可能になるのか。俺はFランクだからできることと言ったらスライム狩り。それか背伸びしてやや大変な納品をするか。    ゲーム内では受注できるものは勝手にコンピューターが厳選していたため、現実だとこういったシステムの差があるのかと興味深く思う。  あ、野菜の納品もある。珍しい品種だったら冒険者ギルドでも納品受付をすることもあるのか。今日はここを確認出来て本当に良かった。  そうしてクエストを見物している中、掲示板の一角に赤のインクで、まるで|血《・》|の《・》|文《・》|字《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|に《・》かかれたクエストを見つける。  『すべての死を回避したその先に  青いゲートが君を待つ  くぐればそこは違う世界  もしくは日本の大都市  すべてを達成するまで  帰れはしない』  周囲は喧騒に包まれ、熱を増していた。  だというのに、そのクエストを視界に入れた途端、俺は寒さを感じた。  |そ《・》|れ《・》|は《・》|ま《・》|る《・》|で《・》|ず《・》|っ《・》|と《・》|、《・》|俺《・》|を《・》|待《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|た《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|、《・》|日《・》|本《・》|語《・》|で《・》|書《・》|か《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|た《・》|。《・》

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