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第5話ルナリオという少年

 元の世界に帰りたいか?  もちろん、帰りたい。  では元の世界に未練があったのか?もしくは恋しいものがあったのか?  いいや、それは違う。  ルナリオは努力を嫌う子供だった。だったら幼いころ、宿題から逃げたのか?いいや、それはしなかった。    それをすれば学校の先生から怒られた。怒られることから回避するためにルナリオは宿題をやった。宿題とは本来、学校学習の補助として実施されるもの。怒られるからやるものではなく、自分のためにこなすものである。そんなことはわかっている。けれど、目の前のあるトラブルを回避するためにルナリオは宿題をやったのだ。  そうしてルナリオは逃げ癖が付いた中で成長していった。ルナリオはこのゲーム世界に来る前は大学に上がりたての18歳だった。地頭は悪くはなかった。反面相変わらず努力が嫌いで、いかに努力せずに済むか、逃げの方向ばかり考える傾向が強かった。  要領だけ磨いて、逃げることだけを考えていた。ただそれだけの男だったのだ。    そうして進学した先は進学校。しかし、そこでは彼の自信をぽっきり折るような事実が待ち受けていた。  彼が導き出した要領というものは、彼と同レベルの者たちは当然のように備えていたからだ。つまり要領だけでは通じず、努力の時間が大きく問われ、何時間も何時間も、机に向かい続けカリカリカリと…。そこは刑務所じゃないかと何度も疑ったほどだ。頭のいい人は楽な人生を送れると親戚が言っていたが、そこにいたるまでこんなにも勉強をしなくてはならない。プラマイ0じゃないだろうか?    ルナリオは深夜に明かりをともし吐きそうになりながら教科書を読み込み、なんでこんなことをしているのだろうと思考がそれることを我慢出来なかった。その心だけは、ただただ日を経るごとに摩耗していく。  夕食の時だけは家族そろってテレビを見ながら食べていた。そこで放映されていたのが、今思えば詐欺に等しいCM。プリエスティラ新農場物語である。  ゲームは…、もう何年もやってない。    四季移ろう風景、新たな人生の出発をする主人公。  「ああ、自分の置かれた状況とは大違いだな。」    父も、母も、姉も、そんなCMよりも家族の会話を楽しんでいた。テレビの音声など、ただのBGMとして各々の話をしている。俺だけがそのCMに釘付けだった。一度ゲームのことを思い始めると、ゲームへの興味が止まらなかった。  通販で購入してみようか。手元に置いておくだけで満足するだろう。すごい、昨日頼んだのに今日届いた。開封だけならいいよね。起動して、プロローグだけでも。  そうして勉強から離れ、少し、あとちょっとだけとプレイしてしまった。  その結果、大学受験で本命が落ちた。  当たり前だ。  そんなぬるい姿勢で受かるわけがない。スマホの不合格の画面を呆然と見ながら涙をこぼす。あの時テレビを見なければ、いや、はたまた購入は我慢していれば。でも、あの時ゲームをやらなかったら、俺の心は途中で折れていたかもしれない。いやいや・・・・こんな問いは水掛け論だ。  結局ルナリオは滑り止めの大学に進学したのだが、そこにどれほど葛藤があったか。  逃げて、逃げて、逃げて。  いやなものから目を背け、逃げ続けたルナリオという存在にとっては、自分で望んで栄光を掴むということだけは本当に才能がなかったのだ。いや、才能という言葉すらルナリオにとっては現実から逃げる為の言い訳だったのだろう。  大学のシラバスを開いていたあの時ですら、ルナリオはどうやって要領よく単位を取るかしか考えていなかった。  ではそのような状況で何故帰りたいか?  当たり前だ、|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|で《・》|一《・》|生《・》|を《・》|費《・》|や《・》|す《・》|の《・》|は《・》|あ《・》|ま《・》|り《・》|に《・》|危《・》|険《・》|す《・》|ぎ《・》|る《・》|。《・》  この作品は主人公が必ず命を落とすことを前提に設計されている。  そう、誘拐された者が急いで安全圏に戻りたいのと同様の心境だったのだ。  死にたくないと思うことに、根拠はいらない。ただ、この世界から逃げるために俺はクリアを渇望する。  ------------------------------------------------------------------ 「これ・・・最終メインクエストっていうやつだ」  受注できそうなクエスト一覧を確認していた俺は、日本語で記入された、|た《・》|だ《・》|俺《・》|の《・》|た《・》|め《・》|だ《・》|け《・》|に《・》|用《・》|意《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》怪しいクエストを見つける。  ルナリオはこのゲームに詳しいかと問われれば、実はそういうわけではない。  一通りはクリアしているものの、細かい要素についてまではやりこんでいない。このゲームは誰と恋人となり誰と結婚するかによって大いにシナリオが変動するのだ。俺はレインという雑貨屋の男性を伴侶として選択し、メインストーリーと彼のエピソードしか熟知していないのである。  しかし、ゲームを進め魔王討伐を達成すると、全結婚候補共通でたどり着く選択肢がある。通称『異界の門』。  別の世界の可能性を提示してくるものである。主人公は青く輝く光を前にして、飛び込むか飛び込まないかの選択肢を迫られ、どちらを選択してもエンドロールを迎え、終わるというものである。   「異界の門。そこまで到達することが出来れば、俺は元の世界に戻ることができる」  そうすればこの世界から逃げることができる。  俺は納品クエストとともにこの最終クエストの紙をピンから抜き取りカウンターにまでもっていく。  中年の男性冒険者は最初、アウトーメルの自分を差別している態度に腹を立てていたが、年上嫌いかつ男性恐怖症というスタッフからの説明を受けると、一応は納得したようで要件は済ませて帰ったらしい。  アウトーメルの代わりに男性冒険者の応対をしていた女性職員が俺に気さくに声をかける。 「ごめんねールナリオくん。アウトーメルさん、男性が本当に苦手で。いや、これでも昔は震えが止まらなくて物を投げつけるくらい酷かったんだけど、少しずつ改善してきたんだ」 「誰にだって苦手なものはありますよ。俺はミミズが苦手で、震えが止まりませんから」 「え?ミミズが苦手なのに畑仕事するの?大丈夫?困ったらよんでね?」  プリマヴェーラもカウンターにひょこひょこ戻ってきた。先ほどの冒険者に友人の粗相を念入りに謝罪をしていたようだ。 「よかった!受けたいクエストを見つけたのですね!」 「こちらと、こちらのクエストの受注をお願いします」 「かしこまりました。鉄の納品と、あら…こちらは…」  日本語で書かれた最終クエストを一瞥したギルド嬢は、眉をしかめ、プリマヴェーラは心当たりがあるように話しかける。 「この街の七不思議のひとつですよね。はがしてもはがしても蘇る、何が書いてあるかわからないクエスト」 「はあ?こんな得体のしれないもの受けるなんて、あんた何考えてるの?馬鹿?見た目もアホそうなら中身もアホなの?」  あ、アウトーメルさんが帰ってきた。アウトーメルさんを隠すように、ギルド嬢は俺に笑顔で応対する。 「こちらのクエスト、我々ギルド側も扱いに困っていたものとなります。引き受けていただけるならうれしいのですが、よろしいのですか…?」 「ええ、大丈夫です。」  アウトーメルはそんなことを話している俺たちを横目に、俺の納品のクエストをひったくった。 「ふうん?鉄?あんた冒険歴何年よ」 「今からが初めてです」 「はあ?ばっかじゃないの?鉄ってそこらに使われているようで、実際は結構魔物の巣窟に行かないととれないのよ?何も知らないくせに報酬の良さだけにひかれるなんて、リスクすら考えられないの?」  知っている。農場系のゲームは、最初は石材採掘から始まり、鉄くず、銅、鉄、銀、金というように、魔物のレベル帯が上がるにつれて素材のレア度も上がっていくのだ。  俺は昨日ゲームが始まったばかりのためレベルは1になる。対して、鉄は周辺のモンスターのレベルが30相当。これは通常の冒険者としては難易度が高いわけでは決してないものの、少なくとも初心者が気軽に向かっていい場所では決してない。  このゲームの死への遭遇不可避イベントは金銭イベントだが、トータルの死因のナンバー1は別だった。それは高レベル魔物とのお見合いだ。街の周辺はレベルの低い魔物で埋められているが、調子をこいて遠くに進んだり、また道を間違えたりなどすると自分よりレベルが数10も上の魔物にかち合う。加えて、ローディングの関係で近くにいかないと魔物が湧かない。すなわち、逃げが利きにくいため衝突事故のような形で命を落とすのだ。  死を経験して、魔物の群生地を覚え、決死の思いで素材を採取する。  だが。 「大丈夫ですよ。いい採掘スポット知ってますから」  俺は既にその死をゲームで経験してきた。大丈夫、魔物と戦いさえしなければことはそれですむのだ。

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