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第12話傷だらけの狼
種を購入し、料理の器具や消耗品も買い込み、俺たちは帰路についていた。
雑貨屋の後、ギルドにもよったが、その際にレッドドラゴンの件で冒険者たちから褒められてしまった。
ドラゴン討伐は冒険者の誉れ。アウトーメルは俺がギルドに入るやいなや、「あの子があの!レッドドラゴンを倒したルーキーなんですよ!」と周囲に聞こえるように宣伝したのだ。
半信半疑のものも多かったが、気のいい冒険者たちは俺に話を聞こうと、殺到した。こんなに一斉に人から寄られることに経験がない俺は、アウトーメルに「ちょ・・・」と抗議の声を上げようとしたものの、彼女はただ腕を組み、後ろの方でうなずいていた。
しかし、MVPのはずの騎士を差し置いて自分が褒められていることに決まりの悪さを覚えたため、騎士に助けを呼び、強引に連れ出してもらった。本当はクエストの確認だけしてすぐにギルドを去る予定だったが、ただ自分の偉業を宣伝するだけで終わったのであった。いやな奴にしか見えない。
石造りでややボコボコとしている道を歩きながら、ルナリオは今日起こった出来事を反芻する。その中でも雑貨屋で得た関税の情報が本日は気になるポイントだったかなとルナリオは思う。なぜなら現在ルナリオの家は新築をこしらえている最中だからだ。日本では外国から材料を取り寄せることがあったのだが、アウトーメルは材料は他からも再利用するからと言っていたから、うちには関係がないと嬉しい。
工事はアウトーメルが便宜を図り、他より優先して速攻で着手しているさなかだ。農場系統のゲームは建て始めてから終わるまで、一晩のことが多いが、アウトーメルもどや顔で一か月あればおわるわよ?と言っていた。魔法でも使用しているのだろうか。
「これで何を作るんだ?」
スラリスは鍋を指さす。
「そうだなあ、野菜をゆでてみようかな。ゆでるだけでも味が変わるんだ、不思議なことに」
それを聞いたスラリスは嬉しそうににっこりほほえみ、先いくぞーと言ってとことこと歩いて行ってしまった。あまり料理というものに縁がなかったのだろう。きっとおいしいものなんだろうな!という思いが、言葉にせずとも伝わってくる。
日が傾き始め、石造りの道は独特な影を帯び始める。今、俺と騎士だけがのんびりと歩いていた。街の中は非常ににぎわっていたが、俺たちが住んでいる場所は街のはずれの場所。向かうにつれて人の賑わいは減っていき、今通っている場所は住居があっても閑散としているエリアだ。
さびれたエリアを復興していくことも中盤のクエストにあり、店に資材を提供しアップグレードすればするほど品数も増えていくという段取りで進める。しかし今の段階では俺はまだゲーム序盤のため、まだそれは未来の話ではあるが。
「荷物を持ってもらってありがとうございます。俺だけでしたら大変でした」
騎士は首を横に振り、問題ないという意思表示をする。俺のバッグは物理法則を無視できるものの、あちらこちらの買い物が重なり、空きがなくなった。仕方なく手で運ぶことになったのだ。
騎士の身長は高く、鎧込みでおおよそ184センチくらいか。プレートでおおわれていない場所は黒い衣服をまとっているが、筋肉はしっかりしている。こういった力仕事は得意なのだろう。
「でも本当、あなたならモンスターを狩ってる方が絶対にいい暮らしが出来るのに、どうして俺なんかに雇われたいなんて・・・」
この世界では加工していない魔物の材料は安価だ。こういった事情からあんな街からアクセスのいい場所にドラゴンが巣くっていても誰も何もできなかったのだろう。命と天秤にかけると圧倒的に見返りが少ない。ハイリスク・ローリターンだ。
冒険者ギルドの中も、想定していたより冒険者は少なく、クエストも納品系統が多かった。この世界はあくまで生産者向けに構築されているのだ。
しかし、それを差し引いても、畑で土をいじって暮らすよりは、騎士はモンスターを狩ってすごす方が向いていると思う。レッドドラゴンの時はクエストが出ていなかったということもあり、実際に受注していた場合はもっと高額の可能性もある。
(彼が農作に飽きたら、本業に戻れるように手伝ってあげたい。)
何日か共に過ごしたというのに、騎士とはまだまだ互いの親交を深めきれたとは言えない。彼の思惑がさっぱり分からないからだ。分からないからどうして今も一緒に歩いてくれているのかも理解ができない。理解ができないから壁を感じる。
そんなこちらの思惑など知ってか知らずか、騎士はかわらず無言だ。決して言葉を発しないという点においては非常に頑固だ。
俺はまじまじと騎士を観察する。横に並んで歩いている今だから見える景色もある。
騎士の体の動かし方は、常に品があった。これはいっぱしの庶民ではとうていまねできないもので、いわゆる「格」というものだ。騎士からはそれが感じられた。おそらく、もとはどこかの貴族の出なのだろう。仮に爵位がないとしても、どこの場所でも歓迎されると思うし、うまくやっていけると思う。それがどうしてこんな場所に。
その才能が自分のせいで発揮できないということにもどかしく思う。
(とはいえ、この人がいるおかげであの家でも安心して眠れるんだよな)
家がボロボロだと魔物がランダムで襲撃してくることがある。
この魔物夜間襲撃イベントはまだ発生していない。だがいつ発生するともかぎらないのだ。しかしこの騎士が夜間も気を張ってくれているおかげで安心して眠りにつける。
だからこそ今のような昼は安静にしてほしいのだが、基本俺について離れない。
俺が彼に返せることって、本当にあるのだろうか。
「騎士さん!今晩頑張ってとてもおいしい料理を作るから!!」
ここのところニンジン生活だったというのに、騎士は嫌がる素振り一つ見せなかった。その恩を少しでもいいから返したい。今日はそのために、卵やお肉を購入したのだった。騎士も、兜の中でほほ笑んでくれている気がする。
俺はこれから何を作ろうか、ウキウキでかんがえていた最中。
前方から人影が走ってきた。
息を切らし、切迫した状況に俺も騎士も一瞬で気が付く。
シュトルムだ。
灼熱を思わせるほど美しかったその髪は今は乱れ、身を包んでいた衣服の高価な布は刀傷によりところどころずたずたにされ、息も絶え絶えに走っている。腕の出血が特にひどいのか、傷が広がらないように走っているさまはとても痛々しい。
「騎士さん」
俺は呼びかける。シュトルムは後ろをちらちらと確認しながら走っていた。つまり、|現《・》|在《・》|追《・》|わ《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|最《・》|中《・》|だ《・》。
騎士には呼びかけだけで意図は通じる。
「シュトルム!こっちに!」
俺はシュトルムに呼びかけ、シュトルムも俺たちに気が付いたのか近づいてくる。いったん走る速度を緩め、俺の前につく頃にはよたよたという歩き方に変わった。返事をする余裕もないようだ。相当無理をしていたことが伝わってくる。
シュトルムがやってきた先から危機が迫っている。
追手に追われ命からがら逃げてきた。その中で遭遇したのが俺たち。
この場を託す相手としてふさわしいのか、こちらのことを頼りなさそうな目で見ているものの、ほかに手もないしな、とでも言いたげな様子だ。
騎士はすぐにこちらにむかって来るだろう刺客の方角に剣を構えるが、その前に俺に見えるように柄を少し縦に振る。指示を仰いでいるようだ。
(そうだ、事情もさっぱり分からないこの状況で、ただ追われているという理由で刺客を倒してもいいものなのだろうか)
そう、先ほどの夕飯のことを考えていた穏やかな時間が急に打って変わり、今。
俺は命のやりとりについてを考えなくてはならない場面に直面している。
(シュトルムのことが信じられるかと問われれば、即答できるほど彼のことは知らない。けれども、農場ゲームの結婚候補で|純《・》|粋《・》|な《・》|悪《・》|人《・》|は《・》見たことがなかったはず)
メタ知識。シュトルムを信じるのはただその一点にかけるとしよう。
では次に考えるべきは、刺客の命を奪うか。奪わないか。
できれば人の命を自分の選択で奪うという責任の重さに、自分は苦しめられたくない。なによりそれをしてしまっては、俺はどの面を下げて家族と再会すればいいのだろうか。
相手の命をおもんばかり、生け捕りにすることもできる。
しかし、みねうちというのは殺すよりもはるかに難しい。
それを自分の甘さで騎士を危険にしてでも強要していいものなのか?
脳内がぐるぐるする。時間がない。時間がないというのに、結論が出ない。
(いや・・・)
信じよう。あの時レッドドラゴンとの戦いで見た騎士の強さを。
「騎士さん。刺客の生け捕り、お願いできますか」
騎士はこくっとうなずく。前方から複数名の足音が聞こえる。
俺は騎士の邪魔にならないよう、シュトルムの背中に手をあて、そっと誘導をする。早く手当をしなくては。そしてなにより、一度身を隠さなくては。
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路地裏を少々入り込んだところに裏口を持つ家を発見した。住人は・・・空き家のようでいないようだ。ここに身をひそめるとしよう。
シュトルムは緊張の糸が切れたのか、ばたりと倒れこむ。
俺は清潔な布がないか探し、部屋の中や引き出しを確認したが、想像していたものは見当たらなかった。
この場で一番きれいな布は俺のハンカチかもしれない。二日洗っていないと思い最初は選択肢から外したが、一度も使っていないためこの場では一番綺麗ではあるだろう。
シュトルムの腕の周りの服の布を引き裂き、患部の周りの大きい汚れや砂利も払う。そこにハンカチを押し当て、体重をかける。直接圧迫止血法だ。俺は医療従事者ではないため一般レベルでしか知らないが、自分にできることをしよう。
治癒魔法も少しなら使える。ないよりはましだろう。
シュトルムは一連の応急処置の痛みに歯を食いしばる。出来れば心臓より上に患部を持っていきたいが、シュトルムは体の力が入らないようだ。
外からはキンッキンッと金属の擦れる音が何度も響き渡る。俺は武器としてロッドを持ってはいるものの騎士の加勢にはいかない。
以前にレッドドラゴンで騎士と共闘したことがあったが、あの時ドラゴンは80レベル。それに比べれば刺客はレベルは大いに下がるだろう。だが。
敵が強くて一匹であることと、敵が弱くて複数いることでは必要な技術が異なる。
一匹の場合はほかの生き物に注意を払うのは最小限であるが、複数人いた場合、敵全員の座標と動きを常に更新しながら戦う必要がある。
そこに俺のような中途半端な戦力が加わればより計算が複雑になるだろう。いまは我慢だ。
しばらくすると剣戟の音がやんだ。勝負が決したということだ。
小屋に響いていた金属の音も静まり、今はシュトルムの荒い息遣いだけがこの場を支配する。
その呼吸に連れられて、俺の心臓も早く動き始めた。空き家に逃げて止血をしていたそれまでの状況ではアドレナリンが出ていて強気に動いていたが、いったん落ち着いた場所にいると、とたんに不安になってくる。
騎士のことは信頼している。まだ数日しか共にしていないが、その善良さは一緒に暮らした俺だからよくわかっている。
しかし、このゲームは死にゲーだ。万が一がある。
俺はシュトルムを看つつも、ドアへの警戒を緩めない。
コンコン
ノック二回。
刺客がノックする可能性はないだろう。もしシュトルムを狙っているのなら、ドアをけ破るように入ってくるはずだ。
木製のドアがゆっくり開き、光が差し込む。騎士だった。息が乱れることもなく、平然とそこにいた。
この程度日常風景ですが?とばかりの態度に心配したことを損する。
やはり、レッドドラゴンを余裕でいなすだけの強者だ。けれど本当に、安心した。
騎士も俺の顔を見て安堵したのか、剣をしまった。
そんな騎士を押しのけるように、ピンクの髪の女性が入ってきた。
プリマヴェーラだ。遅れて俺たちの異変に気が付いたスラリスも引き返してきたのか、押しのけるように入ってくる。
「ルナリオの家にパンを届けようと思って、それで」
道中で非日常を容易に想像させる金属音に気が付いたのだろう。騎士がすべてを倒すまで、隠れて見守っていたとのことだ。
もし、俺たちの家にやってくるのがあと少し早ければ。戦いに巻き込まれていた可能性もあった。
その事実にぞっとする。
「そこに倒れているの…ひょっとしてシュトルム?なんて怪我を…!!」
プリマヴェーラは倒れている人物に気が付いた。そして急いでシュトルムの治療の準備を始める。彼女は治癒魔法中級を取得しており、よっぽど重症でもなければ治せる。必死に素人の知識で延命処置をやっていた末に救急隊がやってきたときの救世主降臨のように、俺は安堵してそっと定位置を譲る。
「プリマヴェーラはこいつのこと知ってるのか?」
スラリスは俺に怪我がないことに安堵し、プリマヴェーラに話しかける。話しかけられた彼女は治療に集中しており、代わりに俺が答えることにした。
「シュトルムは、プリマヴェーラのお兄さんの弟なんだよ。」
「そうか、兄ちゃんの弟なのか」
スラリスはうんうんと納得したのち、首をかしげる。
「ん?どういうことだ?つまりこの二人は兄妹ってことなのか?」
「違う違う。レインさんとシュトルムがお父さんが一緒で、レインさんとプリマヴェーラはお母さんが一緒。だからレインさんっていう兄が共通してるけど、実質他人ね。」
なんでお父さんとお母さんが違うんだ?とスラリスが質問を続ける。それにこたえる前に、遮るように会話に割って入ったものがいた。
「おい…お前、どうして俺の家族構成を知ってやがるんだ‥」
治癒魔法が功を奏したのか。シュトルムの憎まれ口が復活し始めた。汗を垂らしながらも、俺へのにらみにはすごみがある
「俺、レインさんの個人情報は弁当の好みからから身長体重まですべて知り尽くしているんだ。当然家族構成も知っているから。」
俺に威嚇するように質問を投げたシュトルムだが、俺の発言を聞き、化け物を見るような表情に変わる。そんなシュトルムにスラリスはそっと近づき、「慣れてけ」と慰める。
慣れてけとは失礼な。
騎士は周辺の警戒を終えたようで、この場に戻ってきた。そうしてシュトルムに合わせ地べたに座っている俺の前に膝をつく。
本物の|騎士《ナイト》に膝をつかれる経験があるわけがない。俺は虚を突かれ、恥ずかしさのあまりに顔をそらす。
「騎士様はルナリオさんのお怪我を心配しているのですよ」
プリマヴェーラはほほえましいものを見ながら解説をしてきた。こちらに意識を向けるようになった彼女のその空気から、治療が完了したことが分かる。シュトルムの傷跡を確認すると、痕が残っているものの皮膚がつながっていた。シュトルムは近づいて傷の確認をしている俺たちから目をそらし、うっとうしそうにしている。
さて、応急処置も終わり、この場でできることは終わった。
長居するわけにもいかない。けれど、この家から去る前に、忘れないうちにこれだけは騎士に伝えておかなければ。騎士に近づき、顔を覗き込む。
「守ってくれてありがとうございました。また、あなたに助けられましたね」
今度は騎士が顔をそらす。そのリアクションが意外だったため、思ったよりも恥ずかしい空気になってしまった。けれど、伝えるべきことはちゃんと伝えたほうがいい。
俺は彼の便宜上雇用主だ。彼だってきっと感謝を求めているわけではないだろう。
けれど、相手に「それはあなたの仕事だから当然」という素振をされて気持ちがいい人間が果たしているだろうか?
ありがとうと言われて気分を損ねる者はいない。ありがとうは言えば言うほど得をする魔法の言葉だ。
「にしてもこれからどうするんだ?というか刺客たちはどうなったんだ?」
スラリスも俺たちもいまいち状況を正確に把握できていない。あくまで、突然迫った危機に対処しただけなのだ。さて、生け捕りしてもらった刺客に話を聞きに行くとしよう。
いや、ちょっと待って。普通、生け捕りにした相手を前に、目を離すものだろうか?
騎士はスラリスを持ち上げ、俺から数歩離れてからまたぼそぼそと耳打ちをした。
「ええ!?全員自害したのか!?」
奥歯に毒を仕込んでいたらしい。情報を吐く前になんとやらだ。
これは、思ったよりも深刻な話かもしれない。シュトルムに詳しい事情を聞かなくては。
そう、次なる事件の足音は、すぐそこまでルナリオたちに迫っていた。
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