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第1話
俺には、十六歳年上の彼女がいる。
性別は男だけど、正真正銘俺の彼女だ。
俺と彼女は、同じ職場の上司と部下という関係で。お付き合いを始めてから、もう一年が経とうとしている。
けれど俺達の関係は深まるどころか、なんだか前より離れている気がした。
「如月。オイ如月。……如月和葉 !」
「あ、はい!!」
「何をボーとしている。頼んでおいた資料は出来ているのか?」
「え!?あ、いや……まだです」
「今日の昼までに持って来いと言ったはずだが?」
「す、すみません……」
「謝る暇があるなら今すぐ作業に取り掛かれ。期限は今日の十九時までだ。いいな」
「はい!!」
十九時までということは、今日は残業決定だな。
「なになに和葉君、また峰倉さんに愛の鞭を食らったの?いいわねぇ~ラブラブで」
「いや、さっきのやりとりを愛の鞭と言いますか?神田さん」
「えぇ、今のは峰倉さんからの「和葉頑張れっ!」て言う愛のメッセージよ。あぁ~~やっぱ『みねかず』は最高だわ」
「というか、俺を勝手にホモにしないでください」
まぁ本当はホモだし。実際付き合ってますし。後『みねかず』じゃなくて『かずみね』だし。
と言いたいところだけど、全てを話してしまってはきっと同僚の神田さんは暴走するだろうから止めておこう。
そう俺、如月和葉の言う十六歳年上の彼女とは、この会社の上司である峰倉枯木 さんの事である。
峰倉さんは確か今年で四十五歳。この会社に勤めてからもう二十年になる大ベテランらしい。
しかしその性格はちょっと扱いずらく。一言で言うと完璧主義者だ。
仕事では小さなミスが一つでもあれば、まるで人を見下したような冷たい目で睨みつけ。休憩の時でもパソコンや資料に目を向けている。
その為、峰倉さんは仕事でミスをしたことは無いという。
いつも髪はオールバックに固めて、キツネのように細い目に銀縁の眼鏡をかけている。
身長は俺より高いが、筋肉や脂肪は俺よりもない。よくよく考えれば休憩中に食事をしている姿なんて全然見たことが無い気がする。ちゃんと毎日三食食べているんだろうか?
料理が苦手なら、俺に言ってくれればお弁当くらい作ってくるのに。
あ、でも。嫌いな食べ物とか、好きな食べ物とか知らないな……。
「(俺って、峰倉さんの彼氏……だよな?)」
たまにそうやって不安になるくらい、俺達は全く進展していない。
そもそも、どうしてこんな俺が峰倉さんを好きになったかというと。たまたま峰倉さんの素顔を見てしまったのがきっかけである。
実は、峰倉さんはお酒に弱い。
いつもいく焼き鳥屋さんで、たまたま峰倉さんは一人でヤケ酒をしていた。
「なぁんでおれぇはいつも、あ~んな言い方しちゃんだよぉお……うぐっ、嫌われた。ぜっ~~たいきらわれたぁあ」
お酒を飲みながら子供のように泣き喚く峰倉さんを見て、最初俺は絶句した。
いつも俺達部下に冷たく、笑顔一つ見せない峰倉さんが。実はお酒が弱くて、しかも俺達に冷たくしていることを悔やんでいるなんて信じられないと。
「み、峰倉さん?だ、大丈夫ですか?」
「うぐっ……あれ?如月くん?」
「く、君付け……」
普段呼び捨てとか、オイ!とかだけなのに。
「峰倉さん。俺が話聞きますんで、外に出ましょ?」
「ぐすっ……うん」
いつも無口で、無愛想な顔しか見せない峰倉さんが。俺の言葉に嬉しそうにうなづいて、遠慮気味に俺の袖を掴む仕草を見て心臓がキュッと鳴った。
きっとその時にはもう、俺はあの人を好きになってたんだと思う。ギャップ萌えというやつだ。
それから俺は峰倉さんに、何度も何度も猛烈アタックをし続け。そしてようやく恋人になれたのだ。
しかし、それからは全く進展がない。
お酒もあれから飲まなくなって、峰倉さんの素直な気持ちを聞いたことが無い。
「もしかしてこれって、自然消滅しちゃうパターンじゃ……」
それは嫌だ、キスも一つ出来ず別れちゃうなんてぇえ!
あの細い枯れかけの身体を、俺の痕でいやらしく真っ赤に染めたいと思ってるのにぃ!!
「は!」
もしかして、もう性欲が湧かないのか!?峰倉さん。
それなら寧ろ俺の手で、ギンギンにしてあげたいよぉお!!
「……君は、何を一人でヘッドバンキングしてるのかね」
「み、峰倉さん!??つかヘッドバンキングって何ですか!?」
「あぁ、君のようなバっ……ゴホン。君のようなアホには『ヘドバン』と略して言ってあげた方が分かりやすかったかな?」
「いや、別にバカもアホも変わりませんから。何で言い換えたんですか?どっちにしても傷つきますよ」
しかもそれを割とマジで言ってくるところが、余計傷つく。
「そうかね。では、脳なしの如月君」
「余計酷くなってるし!!」
もう半分泣き出しそうな俺の隣に立って、峰倉さんは胸ポケットから煙草を取りだし。口に咥える。
そしてライターで火を点けると、軽く吸って白い息をゆっくり上に吹きかけた。
その時、襟元から見える細い首筋がやけにいやらしく見えて、俺は咄嗟に視線をずらす。
これが、大人の魅力と言うやつだろうか?
「実は……君に話がある」
「え?なんでしょ?」
もしかして、何か重要な案件を任されたりとかかな……。それは嫌だなぁ、責任感重い事はしたくない。
「その……明日は日曜で休みだろう」
「?そうですね」
「だから、その……君の家に行ってもいいか?」
「……へぇ!?」
重要な案件よりも、重要な事に直面した俺は、そのまま一時言葉を失ってしまっていた。
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