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第2話

今日は峰倉さんが家に来る。 緊張と動揺で、俺は朝の七時から大掃除をしていた。 「こ、これくらいでいいだろうか」 埃一つない部屋を見渡し、最後にリセ〇シュを大量に吹きかける。 これならきっと峰倉さんに嫌な顔されないはずだ。あの人潔癖そうだし。 しかし峰倉さんが家に来るのは昼の十二時。時間はまだまだある。 「少し休憩するか」 掃除で疲れてしまった身体を休めるべく、俺はそのままベットに倒れ込む。 干したての毛布に顔を埋めると、少しいい香りがした。もしかしてこれが、お日様の匂いというやつだろうか。 なんてどうでもいい事を考えていると、ふと峰倉さんの顔を思い出した。 「……峰倉さん。どうして急に俺と会う約束なんてしてきたんだろう」 もしかして、何か大切な話があるとか? 「はっ!ま、まさか……別れ話とか……」 この今の状態からして考えると、別れ話の確立が一番高い。 仕事の時だって、いつも失敗するたびに俺を睨んでくるし。何か言いたげな顔しては、いつも舌打ちをして去って行くだけだし。休みの日だってなかなか会えないし。会っても全然会話がないし。 「あぁあどうしよう!峰倉さん絶対自分の意思曲げない人だし、話し合っても確実に俺負けそう……」 もし別れ話だったらと考えるだけで、どんどん目頭が熱くなってくる。 「会う前から弱気になってどうするんだよ俺ぇ……」 その時、俺のように弱気になっていた頃の峰倉さんの顔が頭をよぎった。 きっとあの素直で泣きべそで可愛い峰倉さんなら、もしかしたら俺の話聞いてくれるかもしれない。思いなおしてくれるかもしれない。 「……そうだ」 そして俺の考えついたやり方は、後に後悔することになってしまう。                           *       *       * 「お邪魔する」 「ど、どうぞ!汚い所ですが!!」 きっかり十二時に家に来た峰倉さんは、菓子折りが入った紙袋を手にしたまま、俺の部屋へ颯爽と上がり込む。 いつものスーツじゃない。シンプルな黒のシャツに、グレーのジャケット。髪は相変わらずワックスでオールバックに固めてるけど、いつもと違う私服姿が俺の視線を迷わせる。 正直に言うと、かっこいい。 「あの、何か飲みますか?」 「いや、俺に気を使う必要はない」 「いえ!俺が峰倉さんにおもてなししたいんです!お菓子も貰ったし……」 「……そうか、なら何か貰おう」 ソファーではなく、カーペットに脚を崩して座る峰倉さん。 こっちを見ていないことを確認しながら、俺は冷蔵庫に入れておいたカシスグレープフルーツの缶を取り出す。 「あ、あの。炭酸ジュースとかしかないんですけど……大丈夫ですか?」 「いい。実は丁度喉が渇いていたところだ。ジュースでも今は有難く頂こう」 「なら……よかったです」 炭酸ジュースだと嘘をついて、俺はグラスに酒を注いだ。 アルコール度数は低い方だから、きっと一気に飲んでしまえば分からないはず。 そう思っていた。 けれど。どうやらお酒の弱い人は、少しでもアルコールが入ってれば分かってしまうようだ。 例えば、嫌いな食べ物をみじん切りにして混ぜ込んでも気付いてしまうみたいに。 「なぁ……何故俺に酒を飲ませようとした。如月」 「っ……」 グラスを握りしめたまま、峰倉さんは俺を睨みつける。 まるで裏切られたみたいな、悲しさと怒りをあらわにした顔をして。 「俺、不安だったんです。もしかすると今日峰倉さんが俺に訪ねてきたのは、別れ話をするためだったんじゃないかと思って」 「……どうしてそう思う」 「だって……俺達付き合ってるのに今まで何の進展もしてなくて……峰倉さんも、仕事ではいつも俺の事睨んできて。俺はもっと貴方と恋人らしいことをしたいだけなのに」 「っ……それは」 「貴方からすれば俺は子供で、出来損ないの部下かもしれませんけど。俺だって貴方みたいになろうと頑張ってますし、それにプライドの一つくらいあります。馬鹿にしないでください」 俺は、何言ってるんだ? こういうことを言いたかったわけじゃないのに、悪いのは俺の方なのに。 今まで溜め込んでいたものが、愚痴のようにぽろぽろと零れてしまう。 「今の峰倉さんは……嫌いです」 「っーー……分かった」 「え?」 「休みの日にまで叱って悪かった。また明日会社で会おう」 「み、峰倉さん!まっーー」 バタンッ!! 追いかける手は、峰倉さんに全然届かなくて。止めようとする言葉は、峰倉さんの耳に届かなくて、俺はいつだって置いてきぼりだ。 「やっぱり……俺はまだまだ子供なんだな」 俺より十六も年上で、俺よりも長く社会を生きていて、そして俺よりもきっと色んな恋愛をしてきたんだろう峰倉さんの背中は、とても遠く感じてしまった。

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