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第3話
「和葉君、何かあった?」
「いえ……別になんもありませんよ……」
「今にも闇落ちしそうな顔してるけど?」
「ははは、なにそれ」
「ツッコむ余裕すらないのね……可哀想に」
「うぐっ(可哀想、か……)」
あれから峰倉さんは、なんだか少しだけ俺を避けているような気がした。
職場が一緒だから、絶対顔は合わせるし。挨拶だって交わす。
けれど、なんだか前より目をつけられなくなった。失敗しても怒られないし、頼まれごともされない。
なるべく俺と一緒にいないようにしているみたいだった。
「そこまで避けなくても……いいじゃないか」
確かにこっそりお酒を飲まそうとしたのは俺が悪いし、子供みたいに嫌だとか言ってしまったのも俺が悪い。
けど、恋人に冷たい峰倉さんだって悪くないか?
あれじゃ誰だって不安になるに決まってる。
「って……なに人のせいにしようとしてるんだ、俺のバカ!」
あぁ、早く仲直りがしたい。
きっと峰倉さんは俺より大人だから、こんなに焦ったりイラついたりしてないんだろうな……。
「どうしてもっと早くに産まれて来なかったんだろう……俺」
「……和葉君。人生まだまだこれからだから!……はやまるなよ?」
「いや、別に死のうとまで考えてませんよ?」
「よし!今日飲みに行こう!!」
「話聞いてます~~?」
ってなわけで、神田さんと飲みに行くことになってしまった。
めんどくさい。
「あからさまにめんどくさそうな顔をするなよ少年!」
「誰が少年ですか。神田さんこそ、そろそろ大人になってくださいよ。いつも我慢出来ずにお酒飲みすぎちゃって、聞きたくもない自分の性癖をペラペラと語りだすんですから。しかもその後、家まで送るのは俺の役目なんですよ?」
「アハハ!めんどくさいな男だな和葉君は!」
「神田さんには言われたくありませんよ!!」
仕事終わり。俺と神田さんは夜の路地を二人で歩きながら、美味そうな居酒屋を探し回る。
きっと神田さんが飲みに誘って来たのは、俺の話を聞いてくれるつもりだったんだろう。いつも変な事ばっかり言う人だが、そういう優しいところは結構好きだ。
「神田さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「……それは、話を聞き終わってから言う言葉だ」
「ははっ、そうですね」
なんだかいつもよりカッコよく見える神田さんに、不安だった気持ちが少し晴れやかになって、思わず頬が緩む。
「あ、ここなんてどうです?」
「お!いいね!じゃあこの店に…………和葉君」
「はい?っーーーー!?」
名前を呼ばれて振り返ると、神田さんは急に俺の手首を掴んで。自分の方へ強く引き寄せてきた。
それは、キスが出来そうなほどの近い距離。
「え?」
でもその後、俺の身体はすぐに神田さんから離れ。嗅いだことのあるミントのような香りのスーツに顔を埋めていた。
何が起こったのか状況を把握出来るまで、約十秒。
だって信じられるだろうか。俺は今、息を切らして俺をしっかり抱き寄せる峰倉さんの胸の中に顔を埋めていたのだから。
「すまない神田君。如月君を借りるぞ」
「っ!……み、ねくらさん?」
峰倉さんの慌てた表情初めて見た。
もしかして俺が、神田さんとキスすると思って嫉妬してくれたのか?
「でも……なんで」
「行くぞ」
「あ、待ってください峰倉さん!す、すみません神田さん!この埋め合わせはいつか!」
「ぐ腐腐腐。いえいえ、今夜はごゆっくりと楽しんでくださいな」
あの気持ち悪い笑顔。
もしかしてさっきキスしようとしたのは、あえて峰倉さんに見せる為にワザとした事だな。
「(けど、グッチョブ。ありがとう神田さん)」
そんなことを考えているうちに、いつのまにか俺は峰倉さんの家で正座していた。
目の前には、ネクタイをほどいて座る峰倉さんが下を向いたまま何か言いたげに座っている。
……気まずい。
「あ、あの?峰倉さん。さっきのはですね?」
「すまなかった」
「え?」
恥ずかしそうに視線を泳がせ、赤くなる頬を隠すように手で覆い隠しながら、峰倉さんは少しずつ言葉を連ねる。
「俺はずっと不安だったんだ。こんな四十過ぎたおっさんが、君のような……か、かっこいい若者と付き合ってていいのかと」
「え、え!?」
「その、実はちゃんと言った事無かったが。あの時酔ってた理由は、君に冷たく当たってしまう事を悔やんでいたからなんだ……」
「お、俺!?」
「君は不器用だが、誰よりも真面目で。明るくて。それに……こんな俺に普通に接してくれる唯一の部下だった。いつも君の事が気になって、気が付けばいつも目で追うようになってしまっていた……なのに、俺はどうしてかいつも恥ずかしくてきつく当たってしまう。そんな自分が嫌で、つい酒に飲まれてしまった」
じゃああの時にはもう、峰倉さんはとっくに俺の事……。
「でもあの時、酔った俺を介抱してくれたのが君で嬉しかった。それだけで満足しなければならなかったのに、君からの告白が嬉しくて、本当は諦めなければいけなかった恋を俺は受け入れてしまった。しかし君と恋人になれても、この性格だけはなかなか治らなくてな……。ついきつく当たってしまっていた。申し訳ない……」
そう言って頭を下げる峰倉さんを、俺は感情のままに思いっきり抱き寄せた。
「峰倉さん……俺、それが聞けて嬉しいです!今、凄い幸せです!!」
「っ///……いいのか?こんなめんどくさいおっさんを受け入れて」
「いいんです!!寧ろそのめんどくさいところが好きですから」
「バカだな、君は……」
照れながらも、峰倉さんは俺の背中に腕を回す。
心臓の音がドクドク言って、凄く煩い。
「そういえば。なんで俺が黙ってお酒飲ませようとした時、あんなに怒ったんですか?」
「……あの日、俺は君に好きだと言うつもりだったんだ。勿論素面の状態でな?」
「あ……マジですか……それはすみません」
「許さない」
「え!?」
「ふっ……冗談さ」
その瞬間。ほんのりと香る煙草の味が、口の中で唾液と一緒に優しく交わる。
峰倉さんと付き合って、初めてのキスだ。
「峰倉さん……」
「ぅっ///んっ」
今まで抑え込んでいた何かが溢れ出すように、俺はそのまま深く舌を入れては、濃厚な蜜を味わって、それを飲み込む。
興奮しているのか、峰倉さんの唾液はねっとりと粘ついて、正直無茶苦茶エロい。
「はっ……はぁ。きさらぎ……?」
「和葉ですよ。枯木さん」
「っ……//か、ずは……君」
「君付けって、酔った時みたいですね」
「っ……知らん。忘れた」
「あはは!意地悪してすみません」
「では罰として……もっとキスをしなさい……」
「それは罰じゃなくて、ご褒美ですよ」
それから俺達は、酔った時のように頭をくらくらさせながら、夢中になって何度も何度も唇を重ね合わせた。
「好きだよ、和葉」
「俺も、大好きです」
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