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 カスミの肩に頭を預けたまま、どれくらい経っただろう。ほどなくして、タクシーは大きな建物の前で止まった。車窓から見上げるだけでも、かなりの高層マンションなのが分かる。高いな、と思った次の瞬間、体の震えが思考を遮った。歯の根を鳴らす姿は明らかに体調不良で、タクシーの運転手からも心配そうな視線が向けられる。 「着きましたよ。歩けますか?」 「は、い……」  まさかここで抱き上げてもらうわけにはいかない。気合を入れて降りようとして、カクンと膝が折れた。倒れる前に、すぐにカスミに支えられ、ほとんど寄りかかるようにして建物の中へと進んでいった。  自動ドアを抜けると、綺麗で広いエントランスが目に入った。いくつものエレベーターが並ぶ光景に一瞬だけ圧倒される。チン、と軽い音が鳴って扉が開き、気づけば15階に到着していた。その中の一室へと案内され、室内の広さにまた圧倒する。一人で住むには広すぎるなと思いつつも、それ以上余計なことを考える余裕はもはやなかった。靴を脱がされ、されるがままに抱き上げられた。  大きなソファーへ降ろされて、やっと横になれる体制に、少しだけ詰めていた息を吐く。目を閉じて体を丸めるようにしていると、ギシッと軋む音がした。その音に反射的に飛び起きる。だが、酷い頭痛で目の前が霞み、起き上がることは出来なかった。けれど、肘をつき少しだけ上体を浮かすことは出来た。  見回した室内は、いつの間にかカーテンが閉められ、薄暗いランプの明かりだけになっている。向かい合うような形にあったもう一対のソファーには、カスミが座っていて、真剣な眼差しを向けられていた。 「シュウくん」  じっと見つめる瞳には、何もかも見透かされそうな力がある。ピンと空気が静まり返り、また違った寒さを感じた。  何も言えず、ただじっと相手を見つめ返していれば、やっと無表情だった顔に表情が乗る。彼は困ったように眉を下げた。 「辛いですよね……端的に言えば、今、君の体は入り込んできた瘴気で低体温症になっている状態です」 「しょう、き……?」 「電話の後、何がありましたか」 「あの、後……」  思い出して、全身に鳥肌が立つ。それから喉の奥が引きつり、胃がきゅっと縮む。思わず吐きそうになって、手で口を抑えるが、口から出る物は何もなかった。  とてもじゃないが、言えなかった。思い出すだけでこうなんだ。これを自分の口で説明するなんて。 「ふ、ぅ……ッ」  歪む視界から、涙が零れ落ちる。泣いていることを見られたくなくて、顔を埋めるようにしてソファーへと再び倒れ込む。 「……シュウくん」  微かな足音、それからギシッという軋む音。その音に再び体が大きく跳ねて、顔を上げる。どうしてこんなにこの音が怖いのか、訳も分からず音源を探す俺の目の前に、床へと膝を付けたカスミがいた。 「思い出すのは辛いと思います。ですが、今の心身の状態は異常すぎる」 「カスミ、さん……」 「触りますよ」  しっかりと目をあわせ、そう告げられる。“良いか”ではなく、“触る”と宣言をされて、ゆっくりと頷いた。 「ここと」  静かに伸びてきた手は、腹へと触れられる。臍より下、ちょうど夢で中を抉られていた、あの場所。それから、ゆっくりと指先が上へと上がっていく。愛撫でもされているかのように、カスミが辿った後から変に熱を生じて、体の芯が疼いた。 「ここ」  止まった場所は首筋。噛みつかれて、実際に絞められた場所。鏡には写らなかったけど、もしかしたら、カスミの目には乱暴の痕が見えているのかもしれない。スリッと指の腹で撫でられ、漏れ出そうになった息を噛み殺す。 「それと、ここ」  くすぐったいほど優しい手つきで、最後に行きついたのは唇だった。かさついた唇を指で撫で上げられ、力が抜ける。驚くぐらい熱くなっている吐息を、この人の手へ触れさせるのには抵抗があった。必死に呼吸を留めようとして、視線が絡み、呆気なく漏れ出て行く。  いつの間にか、相手の心配げな表情は消えていた。まるで、俺の中に渦巻くドロついた熱が感染してしまったような。そんな、妖艶な瞳が細められる。 「触れられた痕が、見えるんです」  ずばり言い当てられて、何も言葉が出なかった。何も言わなかったのに、しっかりと分かってくれることが嬉しくて、情けなくて、恥ずかしくて。口ごもる俺の頬を、もう片方の手も添えられた。 「僕に触れられて、気持ち悪くはないですか?」  真っすぐ見つめてくる視線と問いかけに、少しだけ考えてから頷いた。  あの霊とは全く違う。触れられた所から落ち着いて、温かくなって、気持ち悪さが解消するような気がした。同性相手だと言うのにそう感じてしまうのは、俺が弱っているせいなんだろうか。 「応急処置を施します」 「おうきゅう、そち」 「ええ。これは、言わば医療行為です。深く考える必要はありません」  ああ、そういうことか。  初めて会った時、手首にキスをされた。あの時のあの感覚。それと、同じことを、これから施してくれる。その方法が何なのか。大人なんだから、この後がどうなるのか、わかっている。 「僕に、君へ触れる許可を頂けますか?」 「お手数、おかけします……」 「!」  俺の反応が予想外だったのか。驚いた相手は、一瞬言葉を失ったように目を見開き、それから痛ましげに微笑んだ。 「……違います。これは僕の責任で、君は巻き込まれた被害者ですよ」 「カスミさん……?」 「さあ、目を閉じて」  言われるままに目を閉じる。すぐに柔らかい物が唇に触れて、暗闇の恐怖が紛れていく。触れるだけだったそれは、何度か触れ合ううちに、段々と深さが変わっていった。決して無理やり開かせようとはしない。その態度が物欲しくて、受け入れるように俺の方から薄く唇を開いていた。そうすれば、ゆっくりと入り込んでくる熱い物。優しく俺の舌へと絡みつき、そのまますり合わせるだけで、じんわりと体の奥へと熱が生まれる。 「ん……ッ、」  気持ち良い。アイツと同じことをしているのに、感じ方がまるっきり違った。まだ寒い。だけど、震えは止まっている。カスミと触れあっていると、安心する。 「は、んぅ……」  合間でする呼吸が鼻にかかる。上書きするかのように、カスミの舌が咥内を動き回った。執拗なそれは浄めるためのはずなのに、触れられるたび体の奥に熱が溜まっていく。キスだけで限界なのに、もっと欲しいと身体が勝手に疼いた。気付けば体を起き上がらせて、カスミの首へと腕を回していた。  深いキスから解放をされると、体はもうほとんど力が入らなかった。ぐったりと背もたれへ倒れ込んだ俺に、ソファーへ乗り上げてきたカスミが追いかけてくる。生理的な涙で滲む視界をカスミに覆われたと言うのに、嫌悪感も恐怖も全くなかった。熱っぽい顔で微笑み、首筋を撫で上げられた。 「ぁ、ッ」  漏れ出た声が恥ずかしくて、手の甲で口を抑える。相手は小さく笑うとそのまま首へ唇を寄せてきた。何度もキスをしながら、時折熱くて柔らかい感覚が這った。噛みつかれた時の痛みと恐怖は確かにあったはずなのに、今はもう、カスミの与えるもので上書きされていく気がした。  寒さはほとんど感じない。どちらかというと、溜まり込んでいる熱で、体が熱い。どうにかして欲しくて、助けを求めるように薄く目を開いた。首筋に触れるカスミの腕を軽く掴めば、彼はすぐに顔を上げてくれた。この無理やりじゃない行為も、堪らなく安心した。 「カスミさん……ッ、なんか、熱い……」  思った以上に弱々しく擦り寄るような声だった。俺の様子に、カスミは微笑む。と同時に脇腹を撫で上げられ、ゾクゾクとした感覚が背筋を走り抜けた。 「ひあ?!」 「それは、ここでしょうか……?」  情けない声を上げながら体を揺らした俺を、カスミは的確に触れていく。導くように、手は脇腹、臍、臍の下をなぞり、そのまま止まる。そこより下は、張り詰めたズボンの生地が主張をしていた。 「ッ! す、すいませんッ!!」  興奮してみっともなく勃ちあがっているのを見せつけられ、顔へ熱が集まる。相手だって、助けるために触れてくれているだけなのに。勝手に気持ち良くなっているのが申し訳ない。慌てていると、視界いっぱいにカスミの顔が広がった。 「困りました……シュウくん、そんなに煽らないで」 「え……」 「そんな顔をされてしまうと、ここにも触れて良いと勘違いしてしまいそうです」 「んぅ……ッ!」  すり、と、優しくズボン越しに撫で上げられ、甘い声が漏れ出る。形を確かめるように指が這い、手のひらで覆いこまれて何度も上下をした。 「ぁッ、カスミ、さん……ッ!」 「良いのですか……?」  問いかけながら扱かれて、その度に痺れが増していく。だらしなく足を開いて相手へ急所を曝け出す俺の動きは、触って欲しいと懇願しているようなものだろう。既にズボンは相手によって緩められている。もう、すぐにでも触れられる状況だと言うのに、許可が出るまでは直接触れようとはしない。そんなカスミに根負けした俺が頷きを返せば、途端に嬉しそうな笑顔を浮かべた。するりと下着の更に下へと入ってきた手が、我慢汁でベチャベチャになった先端へ戸惑いなく触れる。 「あ……ッ」 「こんなにして……辛かったでしょうに」 「ん゛、ぁ!」  先端を指先で捏ねられ、汁を擦りつけられる。自分でやる時よりも優しいはずなのに、カスミの手でされてるのだと思うだけで、刺激が強い。  大きな手で扱き上げられ、自然と腰が揺れる。津波のように押し寄せる快感に、目を閉じた。 「あッ、カスミ、さん……ッ」 「一度おさめておきましょうね」  耳元で囁く声、それから漏れ出る熱い吐息。嗚呼、カスミも興奮してるんだ。そう分かると、更に気持ち良さが増していく気がした。  ここは触れられていないのに。犯されたのは、ここじゃないのに。もう、震えも、気持ち悪さも何もない。ここまでする必要はないんだと、俺自身分かっている。なのに、カスミに触れてもらえるのが妙に落ち着いて、気持ち良くて。  あんなに怖かったはずなのに、今はもっと、触れて欲しくて堪らない。 「ん、ぁッ、もうッ!」 「ええ、良いですよ。我慢しないで?」 「あッ、う、あぁ、~~~ッ!」  生々しい水音と、甘やかす声。一際腰が震え、目の前がスパークした。数度に渡り痙攣をすれば、一気に体の力が抜ける。  必死に堪えていた意識が、虚ろになっていく。いやだ、寝たくない。無理やり目を開こうとすると、ふわりと体を抱きしめられた。嗅ぎなれたお香の香り。それから、心地よい温度。 「大丈夫、少し眠りなさい」 「でも……怖くて……」 「ここは、僕の領域です。だから、大丈夫」 「でも……」 「僕が傍に居ますから」 「カスミ、さんが……?」 「ええ。ここでなら、大丈夫ですよ」  そっか、ここは、安全なのか。カスミの傍に居られるだけで、こんなに変わるなんて。後できちんとお礼をしないと。いや、お礼だけじゃ足りないか。カスミに、カスミ……ありがとう。  蕩けた意識はそこでプツリと途絶えた。

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