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共鳴のブルー 🎼Lesson1《見つけた》 | 宵峯の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
共鳴のブルー
🎼Lesson1《見つけた》
作者:
宵峯
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🎼Lesson1《見つけた》
秋森
(
あきもり
)
奏
(
かなで
)
が初めて「彼」の音を〝視た〟のは、ちょうど一年前のことだった。 茹だるような暑さを迎えた初夏。 大講堂にこだまするピアノの旋律は、風が揺らすオーガンザのベールを纏ったようで──柔らかく美しかった。 クロード・ドビュッシー作曲、《アラベスク第一番》。 流れるようなその曲は、誰しもがどこかで一度は耳にしたことがあるだろう。 そのしなやかな〝かたち〟の音色に奏の肩から、ほう、と力が抜ける。 奏自身の指と意思で鍵盤を撫でている──なのに、何度も弾いたはずの曲のもっと先を〝視〟たくて、夢中で指を走らせていた。 ──奏の世界の音には、〝かたち〟がある。 人の声も、街の喧騒も、川のせせらぎも、奏には「幻視」として現れる。 柔らかい音は、心を包む。 尖った音は、心を刺す。 誰かの何気ない悪意の言葉が幼い奏の心に文字通り突き刺さり、現実にはない棘が苦痛を引き起こした。けれど、それとは反対に奏の心を包み潤す言葉や音も確かに存在している。 その一つがこのピアノの音色だ。 (誰が調律したピアノなんだろう……) 白鍵と黒鍵の上を滑る自分の指を眺めながら、ふと思いを巡らせた。 演奏試験用のピアノは、常にフラットに保たれているはずだ。 けれど──これは、違う。 この音には、誰かの気配が確かに宿っている。悪意のない澄んだ気配だ。 これほど心地よい〝かたち〟の音を、奏は知らなかった。 「とても良かった──退室して結構ですよ」 試験官の声に、奏はハッと我に返った。 いつの間にか、演奏を終えていたのだ。 慌ててピアノの前から立ち上がり、頭を下げてぎくしゃくとした足取りで大講堂を後にする。 外に出た瞬間、照り付ける太陽を遮るように、まだオーガンザのベールが視界の端に揺れている。 奏の耳の奥に──いや、目の奥に、あの柔らかな音の〝かたち〟が残っていたのだった。 🎼Lesson1《見つけた》 「かなぴ、おーはよ!どしたぁ?そんな怖い顔してぇ」 「おはよう、秋森。なに見て……ああ、今年もあるのか。調律科との共同学科試験」 あれから一年。 大学の掲示板の前で頭を抱えていた奏の肩に加わる重みと、星が瞬くような溌剌とした声の〝かたち〟に奏は「わっ」と驚きの一声を上げたあと、振り返って「おはよう」と応えた。 奏の肩越しに「試験のお知らせ」の紙を覗き込む二人は、奏と同じピアノ科の友人だ。 「苦手なんだよな……こういう共同作業」 「あー……ね、分かる。かなぴ、コミュ障だもんね!知らない人に話しかけらんないよね!分かる分かる!」 「こら、瑛二。秋森をいじめるんじゃない。まったく……いつまで経ってもガキだな」 「俺の方が誕生日早いもーん」 「そういうことじゃないだろ」 ぺち、と晃が瑛二の後頭部を軽くはたく。 奏の友人──
晃
(
あきら
)
と
瑛二
(
えいじ
)
は、小さな頃から一緒のいわゆる幼馴染らしい。 大学に入学してすぐの頃、誰も知り合いのいない不安と緊張で楽譜の陰に隠れていた奏に声をかけてくれたのだ。「ねー!『かなかな』と『かなぴ』、どっちがいーい?」と突拍子もない瑛二と「いきなり訳の分からない絡み方をするんじゃない」と嗜める晃。今でも鮮明に覚えている。 「まー冗談はさておきぃ……安心したまえ、かなぴくん! そんな君にろーほーだ!」 「朗報……?」 恨めしそうに掲示物を睨む奏に、瑛二が芝居がかった声を上げた。 そして瑛二の言葉足らずを補うかのように、晃が掲示物の最後の一文を、とん、と指で指し示す。 「……ここ。『ペアは大学側でランダムに決定するものとする』──だって」 「えええ……それはそれで嫌なんだけど……」 「かなぴ、ペア組んでー!とかいう授業、苦手だったでしょ」 瑛二、と晃の嗜める声が飛んでくる。 そもそも同じピアノ科にだって、友人と呼べる人はこの二人しか居ないのだ。ましてや、それが他学科ともなれば絶望的だ。瑛二の言うことは正しい。見ず知らずの人間と共同作業で音を作り上げる前に、奏の胃が捩じ切れてしまうに決まっている。 既にキリリと痛む胃の辺りを摩る奏の脳裏に、ふと一年前の夏の試験が過ぎった。 (そういえば……結局、誰が調律したピアノなのか分からなかったけど……また弾きたいな) 突き刺さる夏の暑さの隙間を縫って吹き抜ける風のような音の〝かたち〟。 喧騒を離れ木陰に覆われた秘密の場所のような静謐さ。 (どんな人か知らないけど、多分きっと物静かで穏やかな人だ。そんな〝かたち〟してたもん……あの人のピアノがいいなあ) 「とにかく、誰と組むのか確認しに行こう」 「俺たち、ついてくよ〜」 ぼんやりと一年前に思いを馳せていた奏に、何だかんだ過保護な晃が促す。既に試験の話題に飽きている瑛二でさえ、当然だとばかりに頷いている。 奏は胸の内が温かく灯る感覚を得ながらも首を横に振った。 「ありがとう……でもひとりで大丈夫。学生課、ここから近いし迷わないよ」 「おっとっと! フラグ立てるのやめな~?」 「瑛二! ……けど秋森、本当に平気か? この時間帯の教務員って忙しくて苛立ってること多いだろ……その、〝かたち〟が……」 「平気! 終わったらカフェテリアに行くから先に席取っといてよ」 心配そうな二人の声の〝かたち〟が曇らないよう、奏は努めて明るい声を上げてポケットからイヤホンを取り出す。 ノイズキャンセリング機能が優れたイヤホンは、外の世界との境目を曖昧にしてくれる。 学生特有の湧き上がる笑い声も、エレベーター前で舌打ちをする苛立ちの音も──全てが〝かたち〟として奏に向かってくるのだから。 奏にとって、イヤホンは外界との緩衝材だ。 「うーん……じゃあ先に行くけどぉ……かなぴ、迷子になったら大声で呼ぶんだよ?」 「うん!」 「頼む秋森、迎えに行くから普通に電話してくれ……」 ぽーん、という乾いた音と共に降ってくる、無機質な多面体の泡の〝かたち〟がエレベーターの到着を告げる。ちょうどいいとばかり、三人がそちらへ足を向けた瞬間──。 「……見つけた」 「えっ?」 奏の視界が、弾けた。 ネオンのように鮮やかな光が飛び散る──その奥で、薄氷のような繊細な光が静かに揺れている。 触れれば壊れそうで、目を逸らせば失われそうな──小さな宝石。 「秋森奏……!」 ゆっくりと細めた目に喜悦を滲ませ、男は奏の名前を呼んだ。 まるでずっと待ち望んでいたかのように。 「だ、誰……?」 ようやく奏が声に出せた言葉は、それだけだった。 あまりにも強烈だったのだ。目の前の男も、彼の〝かたち〟も、視界のどこにも収まりきらない。肌がぴりぴりするような存在感。こんな男、知り合いなわけがない。 エレベーターから降りてくる人の波の中でも群を抜いて目を惹く男は、深く息を吸って、そして吐いた。 「ああ、お前の〝色〟──やっぱいいな。すごくいい。すげえ綺麗」 「えっ……色……?」 「海みたいに透き通ったブルー。ほぼ完璧。……はは、おまけに本人も可愛いし?」 「っ!? い、意味わかんない! 誰だよ、お前!」 男は名乗ることもなくニヤリ、と薄い唇に弧を描いて奏に一歩近付いてきた。 奏は思わず仰け反る。 奏より十五センチは背が高い。髪は──何色というのだろうか、真冬のピアノのようだ。高く細い、張り詰めた音色みたいな、銀鼠色。それよりもっとキラキラしている小さなトライアングルのような装飾品が、耳にずらりと並んでいる。 垂れた目尻は、奏の猫のように丸い目とは正反対だ。彫刻のように通った鼻筋も、すっきりした頬も、薄く弧を引く唇も──どれを取っても大人っぽくて男らしい。 どこか幼さを残す奏とは対照的だった。 「俺? お前のパートナーになる予定の男」 十五センチ分を詰めるように男は更に背中を丸めて奏に顔を寄せてきたかと思えば、にんまり、と不遜な笑みで言い放った。 「──よろしく、秋森奏」 「…………はああああ!?」 奏の喉から溢れ出たのは、未だかつてないほど乱れた〝かたち〟の声だった。
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宵峯
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