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🎼Lesson2《チカチカしてる男》

🎼Lesson2《チカチカしてる男》 「かなぴ、初対面の男によく変な絡まれ方するよねぇ……」 「瑛二含めてな。秋森、大丈夫か?」  ずぞぞぞぞ、とアイスココアをストローで吸い尽くしながら呟く瑛二に、晃は「人のこと言えないだろ」と呆れたようにコーヒーカップをソーサーに戻す。  ふたりの手を掴んで逃げ出した奏は、カフェテリアで途方に暮れていた。  ただでさえ学生で溢れ返る掲示板の前で……何なんだ、あの男は!という憤慨と、忘れられないほどの強烈な〝かたち〟への未練。相反する感情が、頭の中でせめぎ合っている。  ようやく顔を上げて琥珀色に揺れるカフェラテを半分ほど飲み干し、奏は口を開く。  そもそもあの男は名乗りもしなかったので、あれが「誰か」など奏にも分からないのだ。 「あのさ……きっきの──なんかすごく派手で、チカチカしてる男。誰だか知ってる?」 「チカチカ?」 「そう。目が眩むくらいカラフルな音の〝かたち〟だった……あれ誰?」  ふたりが顔を見合わせる。晃にも瑛二にも奏の視えるものを理解する能力は備わっていない。けれど、奏の疑問を解消してやれるだけの答えは持っている。ふたりが声を揃えて答えた。 「早坂(はやさか)(じん)」 「……はやさか、じん……?」 「絡まれたの怖かったよねぇ……かなぴ、かわいそう……おーよちよち」  噛み締めるように名前を繰り返す奏の頭を抱きかかえて瑛二が慰めてくれる。艶々の丸い後頭部が乱れてあちらこちらからぴょこぴょこと髪が飛び出るが、今の奏には手櫛で直す余裕すらなく、されるがままだった。  ──早坂仁。心の中でもう一度、名前を繰り返した。瑛二の反応を見るに、あまり評判の良い男ではないのだろうと分かる。 「えっと……どういう人?」 「一言でいうと、いけすかない!」 「こら、瑛二……主観でものを言うんじゃない。──とは言っても……そうだな、あんまり良い噂は聞かないかも、な」  社交的な瑛二と晃は、仁の噂も多方で聞いて彼の為人をそれとなく知っているのだろう。はっきりと答えた瑛二を嗜めつつ、晃も完全には否定できないようで困ったように笑っている。 「調律科の……まあ、いわゆる派手めな人たちとよくつるんでる。ああ、ピアノ科のやつも何人かこっ酷くやられてたな──お前の音の色は濁ってる、とか」 「晃、違うだろ! 一番ムカつくのは大学中の可愛い女の子はみんなアイツにメロッてることだろ! 俺だってどっちかというとイケメンの部類に入らないこともない気がしてるのに! むきー!」 「はいはい、お前もちゃんと可愛いよ……」 「違う! かっこいいと言え!」  ふたりのやり取りを余所に奏はもう一度、仁の顔を思い浮かべる。奏の色がどうの、と言っていた──彼も奏と同じなのだろうか?何かを〝視て〟いるのだろうか?  傲慢にも見える態度や話し方、音の〝かたち〟……その奥に隠された煌めく小さな宝石。  あんな鮮烈な男に出会ったのは、初めてだった。だから壊れた映写機のように、奏の頭の中で仁の姿がリフレインされているのだろうか。  それはさておき、奏が「パリピ……苦手なんだよなあ……」と重々しく呟いたその瞬間、なぜか周囲のざわめきが、一瞬すっと遠のいた。  ──そして、ふわり、と鼻先をかすめるシトラスの香り。 「パリピって誰? まさか俺のこと?」 「あ」  大きな溜息が搾り出された奏の肩に唐突に重みが加わる。〝視〟なくても分かる。今回ばかりは、嗅覚の方が先に反応したからだ。  ついさっきまで奏の周りをふわふわと漂っていたシトラスの匂い──早坂仁の匂いだ。  奏の目の前に座っている晃と瑛二が「あ」と零した口の形のまま、奏の右隣やや上方へ視線を注いでいる。  見たくない、視認したら終わりだ、これは幻聴、幻臭、気の迷い!──ぎぎぎ、と油の差されていない機械のように奏の首が右へと動く。本人の意思とは裏腹に。 「ひでえな……俺、清純派だろ。え、違う? ははは!」 「ッおまえ……! 早坂仁!」 「お、名前知ってくれてんの? ふは、なあに? 秋森奏くん?」  どっかりと奏の隣に腰を下ろし、そして無遠慮に奏の肩に腕を回す男──仁が、へらり、と表情を崩す。  まさか、追ってくるなんて思わなかった。奏は焦燥感を滲ませながら友人ふたりに助けを求めようと、ちらり、と横目で晃と瑛二を見る。けれどふたりはまだ放心しているようで、この時ばかりは頼りにならなさそうだった。 「っ……離せ、触るな。というか何なんだ……何でついてくるんだよ」 「あれ? 何だよ、もっかい言われてえの? 意外と欲しがりだなあ──可愛いって、さっきも言っただろ?」 「ち、違う! ばか! そこじゃなくてっ……色がどうのこうのって……!」 「なんだ、ちゃんと聞いてたんじゃん」  どうにも話が通じない。奏はまるで毛を逆立てた猫のような気分だった。  仁が身を寄せてくる度に目の奥でチカチカと光が瞬く。触れたら、どんな感触なんだろうと眩しそうに目を細めた奏に、ふと仁の目元から軽薄そうな色が抜ける。 「……なぁ……俺のこと、どんな風に〝視え〟てる?」 「えっ……?」  それは、ごく普通の声色だったが、しかし僅かながら不安そうな響きを残した。  その証拠に仁の周りを飛び交う星の〝かたち〟が、一瞬だけ滲む。  けれど、それは本当に瞬間的なもので仁の顔にはまたへらり、と不誠実そうな笑みが戻ってきた。 「何でもない。……で、秋森奏くん? 俺とパートナーになるって話、考えてくれた?」 「ご、誤解を招く言い方をするな! 課題のペアだろ!」 「ははは! どっちでも同じことだろ?」 「同じじゃない!」  奏は瞬時に理解した。  この男とは根本的に合わないのだ、と。  どんなに音の〝かたち〟が眩しくて煌めいていても。強烈に惹き付けられたとしても。  逆に、奏の柳眉や仁を映す瞳が不快そうに歪んでいても仁にとっては喜ばしいことだとでも言いたいのか、仁はますます嬉しそうに笑みを深めている。 「嬉しいな……俺のことを見てるお前の〝色〟って、そんな感じなんだ」 「もー! 意味わかんない! いい加減離せってば……!」 「うん……やっぱりお前がいい」 「聞けってば!」 「お前の〝色〟がいい」 「だーかーらー……っ」 「秋森奏、絶対俺のものにする……!」  断る!と奏が力の限り叫んだ一言は、周りで固唾を飲んで様子を窺っていた声楽科女性陣の、美しく短調な悲鳴に掻き消されてしまった。  悲鳴に驚いたのは奏だけではない。いつの間にか我に返り口を挟むべきか否か観察していた晃と瑛二の肩がビクッと跳ねていたし、奏を口説いていた──そうとしか見えない仁の目が、僅かに見開かれた。 (冗談……じゃない、のか? からかってるわけじゃない? そんなキラキラした〝かたち〟をしているくせに……)  奏は妙に居心地の悪い思いでじとり、と下から仁を睨め付ける。 「あ、その顔も可愛い」  「〜〜〜ッばか! 変態! もう俺は行くからな! ついてくるな!」  奏の耳の先にぶわ、と熱が孕む。  鞄と楽譜を掴んで駆け出す奏の後ろを、慌てた晃と瑛二が追いかけてきた。  今度こそ、仁がついてくることはなかった。残されたまま、ただ笑っていた。  それは揶揄でも嘲りでもなく──どこか、苦しげな笑みだった。

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