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新しい仲間達
道場は静まり返っていた。誰も声を出さない。
東が畳へ倒れたまま天井を見上げている。
陽彩はゆっくりと息を吐いた。試合時間は一分もかかっていない。けれどそんなことはどうでもよかった。
陽彩は東の方へ歩いて行くと、手を差し伸べた。
東は驚いたような顔で、小さく笑うと手を取る。
「俺もまだまだだな」
「そんなことないよ」
陽彩は東を引き起こす。実際、強かった。
少しでもタイミングがズレていたら、一分じゃ到底倒せなかったと思う。悔しそうではあったけれど、先程までの険しい表情は消えていた。
「次は負けねえ」
「うん」
陽彩が頷いた、その時だった。パンと手を叩く音が響く。視線が一斉にそちらへ向いた。
「確認おーわり」
詩はそう言うと、口元を緩めながら陽彩の方へと近付いてくる。そして見下ろすように、鼻を鳴らした。
「次は俺だな」
余裕そうな顔に思わず眉を寄せる。道場はまた、ざわつき始めていた。そんなことは気にも留めずに、詩は帯を締め直す。こちらもそれに応えるように、乱れた襟を整えた。その瞬間だった。
「お前らバカか」
顧問の声が飛んだ。
詩は目を瞬かせる。
「なんで?」
「説明会だろ、お前ら退部になりたいのか」
その言葉に、焦りながら「それだけは勘弁して!」と必死に訴えていた。あまりの勢いに道場中に笑いが飛んだ。ついさっきまでの余裕はどこに置いてきたのだろうか。張り詰めていた空気は何事もなかったみたいだった。
「――という訳だ。ここでいい結果を出せばプロから声が掛かる。みんな気合い入れていけよ」
「はいっ!!!!」
顧問の言葉に、新入部員達の表情が引き締まる。
全国常連校。それだけではない。
この高校には毎年のように有名企業や、実業団の関係者が視察へ来る。柔道を続ける人間にとっては大きな舞台だった。周囲からも小さなざわめきが聞こえる。
けれど、陽彩の視線は詩の方へと向いていた。
さっきまで退部をチラつかされて、慌てていた男は今は退屈そうに頬杖をついている。
その時だった。不意に詩がこちらを見る。目が合うと、詩は口元を緩めた。
そして誰にも聞こえないように口だけ動かした。
«待ってろ»
陽彩は思わず眉を寄せた。
「じゃ、明日から新入部員達と仲良くな。あと一年生たちも来月には試合あるからな〜」
「え!?もう?」
一年生達から悲鳴にも似た声が上がる。
最初の試合ならここのメンバーで十分勝ち残ってはいけるだろう。試合だと言われても、そこまで焦りはなかった。むしろ周囲も同じことを考えているのか、悲鳴を上げながらもどこか余裕がある。そう思った瞬間だった。
「あ、そういえば」
顧問が思い出したように口を開く。
「最初の試合だからと言って気抜くなよ〜。強豪校しかいないから。じゃ、明日からよろしく〜」
すると今度は本当に悲鳴が上がった。顧問はそれだけ言って手を振る。
道場の空気は一気に騒がしくなった。
「いやいや、強豪校しかいないだって?」
「はいもう俺の柔道人生、初めの試合で終わった〜」
あちこちから声が飛び交う。さっきまで張り詰めていたはずの空気はもうすっかり消えていた。
陽彩もそれを聞きながら、荷物をまとめて立ち上がった。寮に向かうため、一斉に部員たちは立ち上がる。
「部屋、誰となんだろ」
「頼むからいびきうるさい奴はやめてくれ!!」
「お前とか?」
部員達の笑い声が上がる。陽彩は小さく息を吐いた。知り合いがいないわけではないけれど、それでも新しい環境というのは少し緊張する。できれば同室の相手は、必要以上に干渉してこなくて。静かで。落ち着いてて。常識のある人。
「陽彩」
後ろから肩を組まれる。
「同じ部屋だといいな」
少なくとも、こんな人間とは一緒にはなりたくない。
陽彩は無言で肩から腕を払い落とした。
「絶対に嫌」
即答だった。
「なんで」
「うるさいから絶対嫌」
すると詩は大袈裟に肩を落とした。
「またまた〜、照れちゃって〜♡」
全く傷ついた様子はなく、むしろ面白がっているみたいだった。
その様子を見て、陽彩は深くため息をつく。再会してまだ数時間だというのに、すでに数日分は振り回されている気がする。
周囲から笑い声が上がった。
東ですら呆れたように肩を竦めている。
そんな中、顧問が廊下側へ向かいながら声を上げた。
「貼るの忘れてたわ。部屋割りな〜」
一瞬で、一年生たちが動き出す。陽彩も荷物を持ち直した。頼むから静かな相手であってほしい。本気でそう思った。
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