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第8話
「あんっ、ああん、あああんっ」
しかし揺らめく腰をそのままに、ふと我に返る。
(え? どういうことだ?)
顔が青ざめていくのが自分でもよくわかった。
ニュクニュクとこ気味よくペニスを擦りあげているは自分の左手で。じゃあ、この先端をくるくるしてるのは、いったい誰の手だ?
「……あ? やっ……、えっ? いあんっ⁉」
やっと抜きだせた指が俺の右手で、じゃあ俺の尻の穴を擽っているのは、いったい誰の指なんだ⁉
恐るおそる眇 めた目で股間をみれば、なんとそこにはうっすらと透けた得体の知れない誰かの左手があった。
「ぎゃっ、ぎゃっ―、」
(でたぁぁぁっ、幽霊っっ⁉)
「ぎゃぁぁぁーっ!」
叫んだとともに、なんとも表現できない異物感が、ぐいぃぃっとお尻の穴から体内を突き抜けた。
(うっそ~っ)
それがめちゃくちゃ気持ちがよかったんだ。
「ああああんっ! やっ、イっちゃうっ!」と、叫んだ拍子にビュクンと俺の精液が床に飛び散った。
「ああんっ、ああんっ、やめてぇっ、やめてっ」
ぐいぃぃっと挿ってきたソレは、そのままズンズン俺の中を突いてくる。
(そ、そこっ、今朝グイグイされてたところぉぉっ)
「ああんっ だめっ。だめぇ~っ」
(めっちゃ気持ちいいよぉっ)
「ちょっとストップっ、(気持ちいいけどっ)、痛い痛いっ、床っ!」
どれだけお尻とお腹が気持ちよくても、硬い床に擦れる膝が痛いし、ぬるぬる滑ってとても危険だ。
(ってか、これってどういう状態なの⁉)
「いいけど、ダメっ! ちょっと待ってっ! ストップストップ、やぁっ、ああああんっ」
(き、気持ちよすぎるぅぅっ。これって、これって、俺のお尻 に挿 ってきているのって、もしかして幽霊のお×ん×ん?)
ズンズンとどこなんだかわからない臍の下あたりのいいところを突かれて、中腰でお尻を突きだしていた身体がどんどん前に倒れていく。さっきいちど出した俺のペニス が、また元気を取り戻していた。しかも幽霊の動きに合わせて、同じリズムでトポッ、トポッと鈴口から粘液を溢れてさせている。
「やだっ、はげっ、……はげしっ、す、ぎるうぅぅっ。俺、初心者だよぉっ」
(もっと労わってぇ~っ)
じきに俺は床に両手を床について、尻をつきだす形で四つん這いになっていた。
「だめっ、ユーレイ、イッ やめろぉっ、ああん、ああんっ」
「あっ、こらっ、いやんっ、まえは触んないでぇぇっ! いまは触っちゃだめぇぇっ」
「やんっ、しきじょ― あんっ、……霊のっ、ばかあぁ! あんっ、そこっ そこぉっ」
「やっ、いいっ、いいっ、いいーっ」
結局俺はすべての精液を出し尽くし袋の中が空っぽになるまで、風呂でエッチな幽霊にお尻を攻めつづけられたのだ。最後には、洗い場の床にお尻だけつきだした格好でぺしゃんとなっていた。
はくちゅん。
***
クシュン。
くしゃみをすると、後ろの席のやつにガツンと椅子を蹴られた。俺は周囲に小声で「すみません」と謝った。それでも「お前出ていけよっ」と誰かに云われ、肩には消しゴムが飛んできた。悔しくて悲しかったけど、俺は絶対泣くもんかと唇をぎゅっと噛んで耐えた。
それに実際に俺が悪い。
いまこの教室では受験のための小論文対策の補講が行われていた。みんなはこれからまだ、試験や面接が残っている。きっと毎日勉強だけじゃなくて体調管理にも気をつかって生活しているはずだ。そこに風邪を引いている人間がやってきてくしゃみなんてしていたら、腹も立つだろう。しかもそいつがすでに大学が決まっていて、ここにいる必要はないっていうなら憎む気持ちだって倍増だ。
そこまでわかっていても、それでも俺は二日前に申し込んでいたこの補講は受けておきたかったのだ。
俺はマスクの上からさらにハンカチを当てて、くしゃみが出ないように呼吸をできるだけちいさくした。あと十分もすればこの授業はおわる。それまでなんとかくしゃみがでないようにしなければ。授業が終わったら、哲也くんのところにいって、さっそくふたりでこの補講のおさらいだ。
おばさんはもう哲也くんに受験は要らないと云っていたけども、そんなのわかんないじゃないか。彼が目が覚めたとき気持ちが変わっていて、公立大学に行きたいって云いだすかもしれない。
行かないのなら行かないでいいんだけど、でもいざというときのために、俺は眠っている彼との勉強をつづけるつもりでいた。
哲也くんは一年の頃から成績が優秀で、なにをやってもピカイチだった。きっとどこに行ってもきらきら光った素敵な人生を送れるんだろうけど、その選択枝はたくさんあればいいと思うし、そこがすこしでも彼にとっていい環境であればいいなと思うのだ。
彼が目覚めたら俺はきっともう彼の顔を見ることなんてできないんだろうけど、でも俺はどこかで彼がきらきらしているところを想像していられると思う。そしてそんな彼の人生のなかの一瞬に俺が関わることができたのならば、うれしいじゃないか。たとえ哲也くんの記憶のなかにこれっぽっちも俺のことが残っていなかったとしても。
へへへへ。
俺はマスクのなかでこっそり笑った。授業はあと五分。あと少しで今日も彼に会いに行くことができる。
チャイムから遅れて三分後、担当してくれた教師が教室を出ていく。待ちきれずにとっくに荷物を鞄にしまい終えていた俺は、彼のあとにつづいた。
「ホモ守くーん!」
ゲラゲラ笑うおなじクラスの連中を無視してドアをくぐろうとしたとき、誰かにコートの襟首をぐいと掴まれた。
「おい、お前呼ばれてんぞ!」
「やっ、なにするんだよ。はなせっ」
そいつの腕をはらうと、また違うヤツが俺の腕を掴んでひっぱりあげた。
「手ぇ離せよ! 俺急いでるんだからっ」
ツカツカと教室の後ろのほうから歩いてきた竹中が、バシッと俺の頭を叩いた。
「呼んでんだろ? 返事しろやっ」
「呼ばれていない!」
「呼んだわ! ちゃんとホモ守くんって」
「俺はそんな名前じゃない!」
云い返したとたんに、今度は頬を殴られる。
身体が傾いだタイミングで俺の鞄をとりあげた猶本 が、中のものを取りだしていく。
「なんでお前学校来てんの? 受験おわってんだろ? 嫌味かよ?」
なにを云っても納得しないこいつらのことなんて、極力無視だ。俺はつんと顎を反らした。
「勉強する意味あんの? ないでしょ? 教科書いらないでしょ? 筆箱も、ノートも」
云いながら教室の隅まで歩いて行くと、猶本はつぎつぎにそれらをゴミ箱のなかに放り込んでいった。
「あっ、だめだ! やめろっ!」
今受けた授業の内容をまとめたノートがビリビリに破かれて、それも捨てられる。ふたりの男にそれぞれの腕を掴まれていた俺は、なんの抵抗もできずにそれを見ているしかできなかった。
猶本が乱暴に俺のマスクを引きはがすと、すぐに竹中が「はーい。ホモ守くんの泣きべそショット」と云って、構えていたスマホのシャッターを押した。そのままいくつかの操作をした彼は「ほい、みんなに送っておいたよ」とゲラゲラ笑う。
俺の周りのやつらのポケットから、電子音がする。みんながそれに気を反らした隙をついて、俺は鞄を取り返すと走りだした。
(もーっ、こいつら最低だっ、みんな消えろっ、どっかに飛んでいけっ。警察に捕まってしまえっ、刑務所に入って一生出てくんなっ!)
廊下を歩いている生徒をかきわけて、どんどん走っていく。
「おいっ、廊下を走るなっ!」
階段を下りきったところで俺の腕を掴んで止めたのは、クッソ、またお前かっ、美濃のバカっ!
「おい、藤守、お前を呼びに行こうと思っていたんだ。ちょっと話を―」
「話なんてない! 役立たず! どけよっ!」
腹の底から叫んで、美濃を思いきり睨みつける。するとこいつはまたおんなじ手にひっかかった。美濃は俺がちょっと涙声だしたらすぐに怯むんだ。そんな先生を突きとばすと、俺は一瞥もしないで学校の外に駆けだした。
ベッドで眠りつづける哲也くんの、一日のスケジュールはだいたい把握できてきた。
医者 に診てもらったり一度目のおむつ交換や点滴は午前中にあって、午後一時からが面会時間だ。哲也くんのお母さんは毎日昼過ぎに通ってきているらしい。三時過ぎたらまたおむつ交換があって、点滴。おむつ交換のときには俺は介護士に追い払われてしまうが、看護師が点滴をつけたりはずしたりするときは見ていてもいい。
看護師が点滴を片付けて部屋をでていったら、二十時まではなにもないので、やっともう誰もこないと落ち着ける。俺が哲也くんにゆっくり話ができるのはこの時間だ。
それにしても昨日はさんざんだった。
俺は垂れてきた洟をすすると、ちいさくちぎったティッシュを丸めて鼻につめた。この風邪だって、風呂場ですっぽんぽんでへたっていて引いたのだ。
風呂から上がればお父さんに手招きされて、膝つめ説教をくらった。「ソロ活動をするときはもっと声を抑えなさい」だって。俺が風呂場であげた声は家じゅうに筒抜けだったらしい。だったらさ、様子を見に来てくれたらよかったのに。だって俺、幽霊に襲われていたんだから。説教されながら「お父さん助けてよっ」て思ったよ。
そのあとは今度はお母さんに捕まって、「私のリンス使ったでしょ、あれ高かったんだからっ」って怒られて。使ったっていってもスプーン一杯くらいだったんだ。でもそのスプーン一杯分が高いんだって、頭バチコンッて叩かれちゃったよ。……それにしてもなんでリンス使ったことバレちゃったんだろ?
でさ、ふたりの話がおわってから髪の毛を乾かしたんだけど、そんときにはもう鼻水がズルズルでてきてさ。最悪だよ?
(でも、今日の授業中のことは内緒にしとかなきゃ。哲也くんが気にしちゃいけないし……。それに破かれて捨てられてしまったノートのことは絶対に秘密だ)
あとは、なにかあったかな? まぁ話し忘れたことがあったら、明日また話せばいいか。
鼻に詰めたティッシュが鼻水ででろでろになってきたので、俺は抱えたティッシュボックスから一枚を引き抜いて新しく詰めなおすことにした。ついでにさきにチンと洟をかんでおく。
哲也くんに風邪がうつらないかちょっと心配だけど、まぁ、菌が彼の口や鼻の粘膜に侵入しなければ大丈夫なんだっけ?
「もしもうつったら、ごめんな。……そのときはちゃんと看病するからな。よし……ちゃんと約束しておこう?」
力ない哲也くんの右手をグーにして、それから小指をいっぽん立たせる。ゆびきり、ゆびきり、と俺の小指を絡めようとしたときに、バサッといきなり布団をはがされた。
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