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第33話

「せ、先生っ⁉」 「えっ! 美濃⁉」 「お、お前たち―!」  目を瞠る俺たちを見て、美濃が絶句した。 「こんなところでいったいなにやってんだっ‼」  その怒鳴り声の大きさはさっきまでの俺の悲鳴と同等かいやそれ以上かといった具合で、当然遊具で遊んでいた子どもたちがこちらに興味を持ちはじめる。「なんだ、なんだ」「あっちの木が生えているほうだよ」と子どもらの高い声が近づいてきた。 「こらっ、藤守、ボケっとしてんなっ! はやく氏家から離れろっ!」 「そんなこと云ったってすんなりいくかっ。美濃のバカッ!」  美濃はあたふたしながら「氏家、どうにかしてやれ! ちゃんと服も着ろっ」と叫んで、駆け寄ってくる子どもたちに向かって踵を返した。 「おいこらっ、お前らこっちに来るなっ! お前らが見るもんじゃないっ、散れっ、あっちへ行きなさいっ!」  その間に俺たちはなんとか体を離そうとした。有難いことに俺のなかのスイカは、いつのまにかバナナサイズに戻っていた。痛いことは痛いんだけど、それでも哲也くんの存在感はしゅんとしぼんでしまっていて、むしろ体感的にはモンキーバナナって感じで。 「ほら、藤守。ゆっくりお尻をあげてみて?」 「うん」  促されて腰を上げると、今度はつるりんといとも簡単に哲也くんのものは抜けでていった。哲也くん、頼もしくってさらに好きになってしまうよ。 「ごめんね」  俺は申し訳なさいっぱいで、しょんぼりして見える哲也くんのバナナを心を込めてなでなでした。 「いいや、俺のほうこそ」  哲也くんに額にチュッてされふたりして照れ合っていると、帰ってきたのが不粋な美濃だ。バシッ! バシッ! と俺たちは容赦なく頭を叩かれた。 「そんなことはいいからお前たち、その卑猥なものをはやくしまわないかっ!」 「いってぇなっ! なにすんだ!」  哲也くんの膝から下りて、握り拳で抗議する。 「ふ、藤守っ⁉」 「なにすんだじゃないわっ! このハレンチ小僧がっ! 進展早いわっ! はやくズボンをあげろっ! ケツを隠せ!」 「美濃先生もっ! ふたりとも声が大きいって!」 「先生、勝手に俺のチ○コじろじろ見んなっ! 俺のお尻を見ていいのは哲也くんだけなんだからなっ」 「だったら藤守、頼むからさきにズボンを穿いてくれよっ」  そう叫んで、哲也くんは背後から俺の膝にひっかかったまんまだった下着とボトムをぐいっと上げてくれた。 「ありがとう、哲也くん!」  後ろを向くと、「あぁ、藤守」と、かっこいい哲也くんの眼差しがすぐ目のまえにあって―。俺たちはふたり見つめあうとチュッとキスを交わした。するとまた美濃の拳が容赦なく飛んできて、バシッ! バシッ! と叩かれた。  そのあと俺たちはふたりベンチに並んで座らされて、美濃にこれでもかってぐらいのなが~いなが~い説教を受ける羽目になったのだ。まぁでも、その間中、ずっとふたりで手を繋いでいたんだから、俺としては悪くはない時間になったんだけどね。  哲也くんとふたり仲良く家に帰ってくると、俺を心配していたのかお母さんが玄関まで迎えに出てきてくれた。そして、 「なんか、おいしそうなあま~い匂いがする」 と、彼女は上がり(かまち)のうえからクンと鼻を蠢かすだけで、俺が持っていたプリンの袋の存在に気がついたのだ。 「やだ、うれしい! 氏家くん、いつもありがとうね!」  喜色満面に紙袋に手を伸ばしてきた彼女には申し訳ないけども、この袋の中身はすでにゴミと化している。如何(いかが)わしいことに使ってしまったという罪悪感もあって、俺はそそくさと袋を背中に隠した。 「あ、いえ、それは」  口ごもる哲也くんの顔も引きつっている。 「ええっと、これは、その、そう! 外でひっくり返しちゃってダメになっちゃったんだ」 「えぇっ、そうなの⁉ それはもったいないことしたわね」  俺がごまかすとお母さんはあからさまに肩を落としたけども、それでも「お茶とお菓子を用意してくるから、ゆっくりしていってね」と、哲也くんに笑って云って、俺たちに二階に上がるように促した。それなのにまだ落ち着きなく視線をさ迷わせている哲也くんは、中にはいるどころか心持ち後退(あとずさ)っている。 「哲也くん、どうしたの?」 「い、いや」 「お母さんあんなんだったけど気にしないでね。俺がはじめて友だち連れてきたんだから、うれしいはずだよ? それよりもどうぞ上がって?」  哲也くんの気が変わってしまって、帰ると云いだされたらたいへんだ。心配になった俺は、上目遣いで彼の腕を揺さぶった。 「あ、あぁ、うん。じゃぁ、お邪魔します……」  ところが、階段をあがるにつれその表情をどんどん曇らせていった哲也くんは、俺が部屋の扉をあけるとぴたりと立ち止まってしまった。 「あの、哲也くん?」 「あ、あぁ、うん」 「ねぇ、プリンのことならホントに気にしないでよ? それにさ、今日は美濃が焼いたカップケーキもあるんだよ? そうだ、今からいっしょにそれ食べよっか? 俺、取ってくるね。哲也くんは座って待ってて!」 「あ、いや、待って、藤守! やっぱりまた今度にするよ」 「は? えっ?」  云うが早いか、俺の腕を掴んで止めた哲也くんは、バタバタと階段を駆け下りていき、玄関で靴を履いてしまった。 「必ず夜に電話するから!」  そしてそれだけ云い残すとさっさと扉を閉めて帰ってしまったのだ。  あとを追いかけてきた俺は、ぽつんとひとり玄関に取り残されてしまい、しばらくのあいだそこで呆け、それから、 「ええええええええっ⁉ なんで、なんで⁉ なんで~っ⁉ っていうか、哲也くん俺の番号知らないよねっ!」  叫んでその場で大きく地団駄を踏んだ。  *** 「冬の寒さも和らぎ、校庭の桜も芽吹きはじめました。晴れやかな天候に恵まれた今日この日に、私たち五十六期生のためにこのような心のこもった式典を挙行してくださり、誠にありがとうございます―」  まさかこんな日が来るなんて。体育館に整然と並んだ椅子に座って、俺は檀上で朗々と答辞を読み上げている哲也くんを見つめていた。  哲也くんのこの晴れの姿がどうしても見たくって、一度は一緒に制服姿で肩を並べてみたくって、いっしょに写った写真が欲しくって、ひとつぐらい学校での素敵な思い出が欲しくって、結局俺は卒業式に参加していた。  学校に来るなんて些細なことなのに、でもやっぱり俺には難しかったようで、今朝、制服の袖に腕を通そうとした俺の指先は震えてしまってた。でも家まで迎えに来てくれた哲也くんに「おはよう」って挨拶されて、「今日はずっといっしょにいるからな」って云ってもらうと、俺の胸のあたりで(もた)げかけていた淀んだなにかはすっと消えていったんだ。  あの日、俺の家から逃げるようにして帰っていった哲也くんは、夜になるとちゃんと電話をかけてきてくれた。美濃に教えてもらったという家の番号に。翌日からは俺のスマートフォンに毎日、哲也くんは空いている時間を使ってこまめに俺に連絡をくれていた。お陰さまで俺は夢見てたラブラブライフを手に入れることができている。それもひと足早い進学まえだから、ラブラブキャンパスライフではなくラブラブスクールライフだ。  体育館のなかをざっと周囲を見渡してみても、哲也くんほどかっこいいやつなんていない。ここにいる八百人以上の中から哲也くんは選ばれているんだ。そんな顔も頭も運動神経もいい、入学以来ずっと憧れていた哲也くんが、卒業するときには俺の彼氏になっているなんて奇跡だな。  それで、だ。  昨日になって、哲也くんは「俺は就一といっしょに卒業したいな」って電話口で俺を誘ってきた。「明日は絶対にひとりにはしないから」「ずっと就一のそばにいるって約束するから」ってね。  前日っていうぎりぎりで云ってきたのは、ひょっとしたら美濃に相談して決めたのかもしれない。だってさっき教室で俺に気づいた美濃は、ぜんぜん驚きもせず満足そうに微笑(わら)っていたのだから。 (それにしてもね、はぁぁ)  あの日のことを思いだすと、いまだかならず惜しかったという気持ちが沸いてくる。  公園で一線を越えそこねた俺たちは、甘いムードで俺の家まで歩いたんだよ? これから絶対俺の部屋でエッチだ! って期待していたのにな。なのになんで、哲也くんあのタイミングで帰っちゃうかな? こればっかりは彼に理由を訊いてもいまだはぐらかされてばかりだ。 がっくりと首を落とした俺は、あぁいけない、ちゃんと今日のこの哲也くんの姿を目に焼き付けておかないとって壇上の哲也くんに集中した。 (あぁ、本当にかっこいいな)  きれいなお辞儀をし、優雅に壇上を下りていく哲也くんの姿にうっとりした。  席に戻っていく彼に感嘆の声があがり、シャッターが切られる。この人気者の誰も知らない一面を知っているのは恋人である俺だけなんだよなってニマニマし、彼の甘い声や胸の温もり、あまつさえあれやこれやで不埒な妄想を描いているうちに、卒業式は終わっていた。

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