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第34話
体育館を出た卒業生たちは、後輩たちに囲まれていた。みんな花束やプレゼントをもらい、写真を撮ったり抱き合ったりして別れを惜しんでいる。なかには号泣している生徒もいたけど、それでも俺にはみんな楽しそうに見えた。
哲也くんにも「せんぱーい」「氏家く~ん」と、すぐにひとが集まってきて、泣きつかれたり抱きつかれたりと大変なことになっていた。
「ごめんっ、俺ちょっと急いでいて」と、哲也くんは待っている俺に気を使って断ろうとしてくれてるんだけど、彼女たちのパワーは半端ない。身動きが取れなくなった彼の両手には、あれよあれよという間に花やプレゼントが積み上げられていった。記念撮影もいったい何人と一緒に撮らされているんだって。
それでもなんとか早い段階で彼女たちを振り切った彼は「待たせてごめん!」って足取り軽く嬉しそうに俺のもとへ帰ってきてくれた。
「就一? どうした? もしかして嫌な気持ちになったりした?」
「ううん。平気だよ? それよりも、これ半分持つよ」
「あぁ、ありがと」
哲也くんの腕から零れ落ちそうな荷物をいくつか取ってあげる。そして教室でカバンをピックアップしたあとは、さっさと校舎をあとにすることにした。
今日は竹中も猶本も来ていなかった。でもこのあとはどうかわからない。悠長にしていてうっかり彼らに鉢合わせなんてしたら最悪だからな、さっさと学校を出ないと。それに俺、ここにいても誰にも声をかけられないし……。
俺は卒業証書の入った黒い筒をぎゅっと抱きしめた。
外はまだたくさんの生徒や保護者たちで混雑していた。本当なら哲也くんももっとここに留まっているべきなんだよな、と後ろ髪を引かれつつもその前を通り過ぎていく。
「哲也くん、ごめんね。最後の日なのに俺につき合わせちゃって」
「ううん、気にすんなよ。それよりも急ごう」
しゅんと項垂 れとぼとぼ歩く俺の背中を、おくびにも不満を見せないで哲也くんは押してくれる。
「ほんとにごめん」ともういちど謝ったとき、名まえを呼ばれて俺は後ろを振り返った。
それは稲葉で、彼女は手を振りながらこちらに向かって走ってくる。
いつもどおりの眼鏡の彼女も、卒業式の今日は特別仕様だ。後ろ髪が下りていて肩のあたりで可愛らしくクルンとなっていた。ただしその形相は、眉がきりっきりに吊り上がり怖ろしくなっていたけども。
(なっ、なんだっ?)
訝 しむ俺のまえで足を止めると、腰に手を当てた彼女は、けんけんと捲し立てはじめた。
「アンタ大学決まってしばらくしたら、ぜんぜん学校に来なくなったでしょ。最後のほうの委員の仕事、あたしが全部ひとりでやったんだからね? 卒業式の段取りとかホントたいへんだった! マジあり得ないんだけど⁉」
「ご、ごめん?」
いきなりのことだ。だから俺はうっかり謝ってしまったんだけども、ちょっとまて。今更そんなことを云いに、わざわざ俺を呼びとめたのか? そう思えば、腹が立ってきた。それなら俺にだって云いたいことは山ほどあるぞ!
「いやっ、大変だったじゃないだろうっ⁉」
と、俺も負けじと彼女に対して眉を吊りあげた。
「ちがうじゃないかっ! だって、それまでの仕事のほとんどは俺がずっとひとりでやってきてたよな⁉ お前、どの口が云ってんだよっ」
ずっと甘んじていたけども、本来の俺は気が強い。最後なんだから好きなだけ云い返してやる! とぐっと拳を握ったが、けれども続けようとしたセリフは「わかってるわよ!」の彼女の一言で、ぴしゃりと封じられてしまった。
「……だから、最後に『ごめん』って云いに来たのっ! はい、コレ、お詫びとお礼の気持ち受け取って! 藤守くん、いままでありがとうね!」
彼女はちいさな紙袋を俺に押しつけると、呆気にとられていた俺に「じゃぁ、またね!」とバイバイと手を振ってもと来たほうへ走って帰っていた。そっちでも、俺にくれたのと同じ包みを配って回っている。
「藤守くん、氏家くん、またね~っ」
眺めていたら彼女といっしょにいた数人が、こちらに向かって手を振ってきたのでぎょっとした。戸惑う俺の片手を掴んだ哲也くんが、彼女たちに向かって強引にバイバイさせると、あちらでドッと笑いが起こった。
「就一って稲葉さんと仲良かったっけ? なにを貰ったの?」
可愛くラッピングされた包みに困惑していると、俺の腰に哲也くんの腕がまわってくる。
「え? あ、うん。いや。てっきりあいつも俺のこと嫌ってんのかと思ってたんだけど……」
「思ってたけど?」
「稲葉はただ、性格が悪かっただけなんだなぁって。いてっ!」
すかさず背後からコツンとげんこつが降ってきて、俺は悲鳴を上げた。美濃のお出ましだ。
「こーらっ、藤守! なんてこと云ってんだ」
「なにするんですか、先生。藤守にひどいことしないでください!」
「ひどいって、そんなたいそうな……」
哲也くんにブツブツ文句を云っている美濃は、今日は卒業式らしくダークスーツにシルバーのネクタイ姿だった。馬子にも衣装だ。ちょっとはかっこよく見えないでもないな。頭を撫でさすりながら見上げた俺に、美濃は笑って頷いた。
「来てくれたんだな、藤守。うれしいよ」
「あれだけ『行かない』って云ってたからさ、ちょっと格好悪くって恥ずかしいけどな」
「なに云ってんだ。すこしはいい思い出ができたようだし?」
見透かされてしまい照れ隠しにそっぽを向くと、ちょうど俺たちがいる校門の付近には人気 がない。いい機会だと思って俺は竹中たちのことを彼に訊いてみることにした。
「なぁ、先生。あいつらなんで今日来てないの?」
「あぁ」
彼もさっと首を巡らし、辺りに誰もいないことを確かめて口をひらいた。
「これな、ほかの生徒には絶対に云うなよ? まだいろいろあってはっきりしない状態なんだからな」
「わかった、云わない。けど先生、哲也くんは聞いていてもいいだろ?」
俺は腰にまわっている哲也くんの腕に、そっと手を添わした。それに一瞬だけ目線をやった美濃は「あぁ、氏家は構わないよ」と首を縦に振る。
「現段階では、今日まではあいつらは謹慎中なんだよ。それが停学扱いですむか、退学処分になるかってところだ。何人かは藤守次第のところもあるんだけどな。ただ、今後の調べで今まで以上の余罪がでてきたら―」
「へぇ。何人かじゃないやつは、すでに余罪があったんだ?」
「まぁな」
美濃の表情が曇った。
「そっか、俺が知らないうちになんか大事 になってたんだな。でもどうせならアイツらにはぎゃふんという目にあって欲しいな。俺の青春返せって云ってももう無理なんだから」
卒業式だっていうのに美濃にはそんな顔しないで欲しかった。だからいつもみたいに『バカなこと云ってんじゃないっ、こらっ!』って怒ってくれるぐらいがいいかなって、そう気を利かせて俺が軽い調子で云ってやったのに、美濃はさらにどよ~んとなって首を垂らしてしまった。クッソ、こりゃ失敗だ。
「ほんとだよなぁ。俺が不甲斐ないばっかりに。ごめんな、藤守」
「先生っ、ごめんってば。こんなめでたい日にそんな顔しないでよっ」
うっとうしいな! 情けないったらありゃしない。やっぱり美濃は美濃だった。
「それにしても、なんで藤守だったんだろうな」
ハァと、美濃はまたがっくりと肩を落とした。
「それは、だってほら……」
俺が悪かったよ。
「だって俺がホモだったからで……」
ごにょごにょと言葉を濁し、
「先生、いまさらこんなこと俺の口から云わせないでよ、ひどいよ」
って、ジト目で彼を見上げた。すると、
「なんでって―、そんなことがわからないのか?」
と、意外そうに口を挟んできたのは哲也くんだった。
「そんなの、就一がかわいいからじゃないか」
哲也くんのその衝撃発言に、俺も美濃も「へっ?」と目を瞠る。
当の本人はやべっといった感じで手の甲で口もとを隠したが、その顔は真っ赤で、つられて俺もかぁっと頬を熱くした。
「な、な、な、なに云ってるんだよっ! そんな、哲也くん、俺がかわいいだとかそんなこと~~~」
そんなはっきり美濃のまえで云わなくてもいいじゃないか。嬉しいけど恥ずかしいぞっ。ないよ、ない、ない! と俺は手をパタパタと左右に振った。
「竹中は、藤守のことが好きだったんだよ」
美濃に向かって不愉快そうに哲也くんは続けた。
「まさか、そんな理由で?」
怪訝な顔をした美濃も、
「あぁ、まぁそういうこともあり得るか」
顎に手を当て「う~ん」と唸る。
「いや、先生までなに納得しかけてるんだよ、そんなことあるはずないだろっ」
好きだから虐めてやるとか、あるわけないじゃないか! そんな理由で俺の高校生活が台無しにされただなんて! こっちは傷だらけにされたうえに、死にかけたりもしてるんだからな。絶対ないし、そんなのは許さない。
「まぁ、この件については追々に解決させていくから、また藤守のご両親とは話をさせてもらうよ」
美濃はそう締めくくって話を終わらせた。
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