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第11話 Side 佐伯 2
佐伯はカレーが好きだった。というよりも、カレーを好きな男に本気で恋をした。
大学の講義でたまたま隣に座った彼。その後二人は友達として付き合い、彼の家で一緒にカレーを作って食べたりした。そしてお決まりのセリフ“男とか女とか関係なく洋人が好きだ”。すでに彼に惹かれていた佐伯は彼のカレシになった。
彼は誠実だった。そして佐伯の好きな長身に引き締まった体。さらに“就職したら一緒に暮らそう”、“生涯の伴侶になろう”と言ってくれた。それを信じた佐伯は路頭に迷うことのない公務員になり、伴侶が同性であること以外、平坦で平凡な人生を生きようと誓った。
区役所に就職が決まり、これで彼と一緒に暮らせる。これで一生安泰だ。そう思った佐伯は思い切って彼を両親に紹介した。厳格な父は絶対に反対すると思っていたけど、世間知らずな母は気楽に受け入れてくれると思っていた。
ところが予想に反して母は佐伯と彼の前で大泣きし、予想通り父は激怒した。そして…勘当されてしまった。
父にとって、息子が同性愛者になるなんて人生唯一の汚点なんだろう。母にとっては青天の霹靂、平穏な日常を揺るがす大事件だったに違いない。でも自分は女性を愛せない。だから佐伯は、”彼と二人で乗り越えよう。二人なら何があっても大丈夫”と思い、彼の家に転がり込んだ。
それなのに…佐伯が勘当されたのを見てビビッたのか、夕食の野菜カレーを食べている時、彼が話を切り出した。
「職場に近い家を探せ」
「両方の中間地点がいいよね」
「いや、おまえの好きな場所でいい」
「でも…通勤大変じゃない?」
彼の就職先は横浜だった。
「いや…あのさ…俺たち、別れよう」
佐伯にとっては青天の霹靂どころか、青天の隕石。意味がわからないと問いつめる佐伯に彼は言った。
「やっぱ俺…普通に暮らすわ」
「普通って何?」
「だから…彼女作って、結婚して…とにかく、俺、ホモ続けんの無理」
両親に紹介するまでは毎日のように愛し合っていた。それが勘当された佐伯が転がり込んだ途端、彼は一度も佐伯に手を出していなかった。何かおかしいとは思っていたけど…嫌な予感はしていたけど…
必死ですがりつく佐伯を彼は蹴飛ばした。そして言った。
「おまえに引きずり込まれたんだ。おまえに出会いさえしなければ、今ごろ、堂々と親に紹介できる恋人がいたはずだ」
彼の瞳はもう自分を想っていなかった。だから、そのまま彼の家を出て友達の家に厄介になることにした。
***
あの人…無事に着けたかな。
東京タワーを大江戸線まで送り届け、通常通り仕事をしながら佐伯は呆然と立ち尽くす男の顔を思い出した。
男らしくてなかなかのイケメンだった。無駄な肉はなさそうだし…背も高かった。これまでのカレシと違い、純朴な感じで…僕が誘ったら真っ赤になってアワアワしそうなタイプ。
フフっと笑ってしまい、慌てて口元を押さえる。名前も連絡先も訊かなかった。もう会うこともないだろう。だからちょっと想像を楽しむくらいいいよな。佐伯は漂流した東京タワーのおかげで、その日一日楽しく過ごした。
***
彼と別れてから、佐伯はすぐに家を探した。勘当されたけど、いや勘当後の手切れ金?なのか、とにかく実家から学生時代の小遣いx12ヶ月分の振込みがあった。それを資金に引越しし、新しい生活が始まった。
佐伯は彼のことを考えないように、平日は仕事に集中した。それでも週末は切なくなって…近くのハッテン場に行こうとして…そこが職場からそれほど離れていないことを思い出し、途中できびすを返していた。
僕は名前も知らない誰かとヤルほど落ちぶれてない。そんな気持ちも佐伯の中にあった。
新しい恋を探そう。それしかない。そう思いながらも、何度かカッターで手首を切ったりしてみた。頭痛薬を大量に飲んで嘔吐したりもした。だって…彼が恋しかったから。彼に捨てられた自分には生きる価値がないと、時々思ってしまったから。
それでも月曜日はやってくる。また1週間の始まりか…と、憂鬱になる人も多い月曜日。だけど佐伯にとって月曜日は真っ暗な海に浮かぶ満月だった。
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