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第1話 おかげさまで今日も元気です…

深い意識の底から、ゆっくりと浮上してくる。 靄のかかったような意識の中で、水音がかすかに基礎気正しく、でも時々不規則に聞こえる。 なんの音だろう? 意識が浮上してくるに従って、その音はやや鮮明になってくる。 ネコでもいるのかな? ぴちゃぴちゃ、と水でも舐めてるような音にそんな考えが浮かんだ。 でもうちには猫がいない。 揺蕩うような感覚の中、直前に見ていただろう夢が頭のすみを横切っていく。でもどんな夢だったかは思い出せない。 なんか、気持ちいいなあ。 水音を聞きながらはっきしりしてくる意識と感覚。 気持ちいい…下半身が…てか、股間が。 この水音の発生源と、自分の快感の出所が一致したことで、俺は一気に目が覚めて叫びながら体を起こした。 「(ひかる)さん!」 横たわる俺の足を跨ぐようにして、俺の股間に顔を埋めていた人物が顔を上げた。 大きなまるっとした瞳が俺を見上げてくる。 ぬらぬらと光る俺のペニスを口に頬張ったまま。 「ん~?」 喉の奥からそんな音を出す。 わ、ちょ、咥えたまんまでやめてくださいっ! 「瑆さんっ、なにしてんスか!?」 見れば解る、けども焦って俺はそんなことを言った。 ぬろぬろと口から俺の性器を出しながら、最後にちょぽん、とわざとらしい音を立てる。 わ、ざとだ、絶対。 「あ、(りょう)くん、おはよ」 光さんは俺ににっこり笑いかけると、俺の性器の茎にちゅ、っとキスをした。 「わー‼︎どこにあいさつしてんですか⁉︎」 俺が慌てて瑆さんの頭を引き剥がすと、きょとんとされる。 「ん?良くんのちんちん」 そう答えてから、もう一度キス。 「やめっ」 「今日も元気だねっ」 根元にキスをして、そこから舌先を這わせながら登ってくる。 「くっ」 窪みに舌先を尖らせながら舐め上げていたのが不意に先端を含まれた。 「ひ、瑆さん」 起き抜けにこの刺激は強い。 俺は髪を引っ張るようにして瑆さんを引き剥がした。 くそ、息が荒く跳ねる。 「い、いいかげん、ベランダから入ってくるのやめてくださいよ」 訴えて見ても迫力に欠けるのはわかっている。 一旦口を離したものの、手で性器を扱きながら、瑆さんは微笑んだ。 「んー、でも、良くん。いつもそういうけど、鍵かけないよね、ベランダの」 「そ、それは!秋口とはいえ肌寒い中瑆さんを野ざらしには…ってうわっ!」 再び瑆さんの口の中へ納められてしまう。 「良くん、優しい」 頬張ったまま言わないで、ください。 モゴモゴと口の中で動かされ、頬の裏側や上顎に擦り付けられ。 「や、め、出る、出ちゃいますから!」 髪を掴んで訴えると、またぬるっと口から吐き出される。 「いいよ、飲んであげるね」 手で扱きながらそう言うと、再び咥える。 「な⁉︎い、い、え、結構ですからっ」 瑆さんは俺の言うことなんか聞いてないらしく、激しく口の中へとピストンを始めた。 絡むように蠢く舌が更に快感を助長する。 絶頂近くなった俺は瑆さんの頭を掴んで、あえなく口の中へ射精した。 はあはあ喘ぐ俺に見せつけるかのように、瑆さんはごくん、と喉を鳴らして飲み干した。 かあぁと一気に頭に血がのぼる。 もう、何度も見ている光景なのに、慣れない。 見るたび体温が一度は上昇する気がする。 「うん、今日も元気だね」 …2度も言わないでください。 しかも、何で判断してるんスか… 「…気が済んだら、帰ってくださいよ…」 射精して冷静になった頭で、頭を抱えながら言う。 毎日毎日、何が楽しいんだこの人は。 美味くもないだろう精液飲みに来てんのか? 「ええー?まだいいじゃん」 「よくないっ」 「大丈夫!僕、今日、一コマ目ないから。ね?」 首を少し傾けて、萎えた俺のをまた握って扱き始める。 何が、ね、だよ! 「俺は普通に学校がありますっ」 俺は体を起こして、ついでに瑆さんの小さな肩も押し上げた。 俺の膝辺りにちょこんと座り込んだ瑆さんが、上目遣いで頬を膨らませた。 …この人、どうすれば自分が可愛く映るかしってるよな、絶対。 ちっちゃな頭に黒目がちな丸くて大きな瞳、ちっちゃな鼻、ちっさいくせに俺のを深くまで飲み込んでしまう口、ちょっとふっくらした頬。 きっと誰が見ても美少年。 あ、これでも成人してるから美青年、か。 ともかく、黙って立ってれば可愛いんだ、この人は。 黙ってれば! 実際、今も昔もモテる。 主に男に。 そして顔に似合わず節操なしな身体を持つ、この人は何人に答えてきたのか。 俺ですらわからない。 一人や二人、3人や4人じゃ済まないだろうな、きっと。 「俺、支度しなきゃいけないんで」 瑆さんの身体を抱き起すようにして、ベッドから下ろし、俺は立ち上がった。 俺の様子をじっと見ている瑆さんをくるりとひっくり返してベランダに向ける。 そのまま押し出そうとして、ふと瑆さんの格好に気づいた。 タンクトップにボクサーパンツ。 …起きたままの格好だな、これ… 秋口とはいえ朝は冷えるのに、この格好でベランダ超えてきたのかよ。 ったく。 俺はその辺に脱ぎ捨ててあったトレーナーを拾って、瑆さんの頭に被せた。 「腕、通して」 俺が言うと瑆さんは素直に従い、もそもそと動いて袖を通した。 下も着せたいところだけれど、自分でしておきながらこの人にこの格好はやばい。 ぶかぶかのトレーナーの裾から伸びる白い、細い足。 …彼シャツ状態…? 目の毒。 「…寒くないですか?」 「うん。良くんの匂いがするね」 トレーナーの裾を引っ張って顔まで持ってくるとすんすん、匂いを嗅いだ。 嗅がないでください。 洗濯前で臭うだろうけど。 寒くないなら問題ない。 とっととお引き取り願おう。 俺が復活する前に。 「じゃ」 言いながら背をベランダの方へ押すと、肩口に振り返って口を尖らせた。 「もう!仕方ないなあ」 そうそう、仕方ない仕方ない。 「良くん、最近冷たくない?」 そんなことありませんよ。 毒にしかならないこの人を早く退場させたいだけです。 「気のせいですよ」 「そうかなあ」 「そうそう」 ぐいぐい押していくと、ベランダのサッシを瑆さんが開けた。 「じゃあ、また後でね」 俺は小さく溜息をついた。 瑆さんが言う「後」とは夜のこと。 瑆さんは毎日夕飯が終わった頃に俺の部屋に来て、本を読んだり、スマホのアプリゲームをしたり、俺の部屋の小さなTVを見たりして過ごす。その時々で俺の下半身にもちょっかいを出してくる。 くるな、って言ってもくるんでしょ? 俺が黙ってると、また頬を膨らませる。 「良くん?」 「はいはい、また後でね」 俺の返事ににっこり頷いて、ベランダの柵を一気に二つ跨いだ。 俺の部屋と瑆さんの部屋とのベランダの隙間はほんの10cmぐらいしかない。 子供の頃は俺もこれを乗り越えて、お隣へ遊びに行ったものだが。 乗り越えた柵の上に座ると、もう一方の足も柵を跨いで、そのまますとん、と向こう側のベランダへ降りる。 自分の部屋のサッシの前で俺を振り返ると、ひらひらと手を振った。 俺はそれに苦笑いで答えて手を振る。 瑆さんは満足げににっこり笑うとサッシの中へ入って行った。 それを確認して、俺はサッシを閉め、さらに瑆さんが全開にしてしまったカーテンを閉め、大きく深い溜息をついた。。

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