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第2話 お隣の美形兄弟

(ひかる)さんは物心ついた時からお隣「乃木家」に住んでる2つ上のお兄さんだ。 俺より1コ下の弟の天史(てんし)くんがいる。 天くんも瑆さんとよく似た顔立ちだが、天くんの目はもう少し小さくて横に大きい。 頬も少しシャープで、瑆さんを可愛いタイプとするなら、天くんは美人タイプ。 奔放な瑆さんと違って、人見知りで大人しい。基本は聞き分け良い子だが、時々わがままを言ったりする。それも他人に言うような子じゃなくて、身内か身内に近い俺だけ。まあ、要するに内弁慶、かな。わがままも本当に相手を困らせるものではなくて、ちょっと拗ねた程度。俺はその可愛いわがままについつい負けがちになる。 一方、瑆さんは、正直わからない。 奔放、と言う言葉はよく合うと思うのだが。 社交的で人当たりもいい。穏やかで、本気で怒ってるのを俺ですら見たことがない。泣き顔も、ない。 いつも穏やかな微笑みを浮かべていて、にっこり笑う。 大きな笑い声をあげるでもなく。 何を考えてるのか、相手に悟らせないようにしているようにさえ思う。 わかりやすい天くんとわかりにくい瑆さんは、外見同様対照的だ。 物心ついた時にはお隣にいたので、遊び相手はいつもこの兄弟だった。 ベランダの柵を飛び越えられなかった頃は玄関から、飛び越えられるようになってからは直接乗り込んで、瑆さんの部屋や俺の部屋に3人で泊まり込んだりしてた。年の近い子供を持つせいか、両親もお隣さんと仲良く、隣に遊びに行ったり泊まったりするのはいつでもOKで、それは乃木家も一緒。 一人っ子の俺にはお隣の兄弟が一番近い他人で、兄弟がわりだった。 幼稚園も小学校も、中学、高校、と一緒だからそれも当然。 小学校の頃は3人仲良く通学し、中学高校では2人ずつ。俺と瑆さん、一年後瑆さんが卒業して代わりに入って来た天くんと俺が一緒に通学してるから、近所でも3個いち、に見られてたな。 小中はともかく高校は、俺が瑆さんのいる高校を選んだ。 明確に行きたい高校を選べなかった俺は、瑆さんが通う高校の印象が強かったので安易に選び、そして天くんも似たような理由で追いかけて来た。 そして、今度俺が受験する大学は瑆さんのいる大学。 今度は俺が追いかけたわけじゃないぞ。 二年前。 瑆さんが大学受験のために、入学資料を俺の部屋に持ち込んで見てた。 俺も一緒になってその資料を見てて。 「(りょう)くん、良さそうな大学あった?」 先程からずっと同じ大学の資料を俺が見ているのに気付いた瑆さんが、俺の持つ資料を覗き込んで来た。 その瑆さんに俺は答えた。 「俺はこのK大学にします」 「へぇ、なんで?」 瑆さんは驚いて、俺からその資料を取り上げまじまじと眺めた。 「この学科がいいです」 俺は資料を眺める瑆さんに指差してみせた。 「建築?」 「そう!」 「良くん、お家とか好きだもんね」 俺はクラスメイトが車や新幹線、バイクに興味を持つ中、1人だけ建築の本を読んでた子供だった。 父さんの弟が建築関係の人で、絵本がわりに日本家屋の写真集をもらったのがきっかけだった。 大ハマりした俺は、つまんない、と天くんに拗ねられようと、呆れたような視線を投げつつも微笑んでくれる瑆さん相手に延々とその良さを語ったりしていた。 「設計も勉強したいけど、その素材とか構造とかもちゃんと勉強したいし。この学科ならそのどちらも教えてもらえそうだし」 俺はこの大学に入ったら、という過程の元、瑆さんの大学選びだということも忘れて妄想を膨らませ、微笑みを浮かべている瑆さんに語り続けた。 やっと、やっと俺の話が途切れたところで、瑆さんはにっこり笑った。 「じゃあ、僕が先に行って待ってるね」 は? 当然のように言われ、思わずクエッションマークが飛んだ。 きょとんとする俺に、瑆さんはにこにこ笑うばかり。 そしてあっけなく入学してしまったのだ。 「良くん。僕合格したからね」 いつも通り俺の部屋に遊びに来た瑆さんが言った。 「でも、瑆さんの専攻は理学でしょ?他にもっといい大学が」 その日、瑆さんから告げられる前に、居間で母と乃木のお母さんが話しているのを聞いた。 他の理学に強い大学に入れたことも。 勿体無いことをしたことも。 馬鹿っぽい言動の割に瑆さんは頭がいい。 馬鹿っぽい、は失礼だな。 ほわほわしてる? 深く考えてなさそう? …一緒か… とにかく。 瑆さんの成績ならもっと有名大学に入れたはずで。 K大学もレベル低いわけじゃないけど理学に力を入れてるところじゃない。むしろ力を入れてるのは俺の建築の方で。 「でも。良くんと一緒の方が楽しいじゃない?」 …こういうこと言うから馬鹿っぽいんだ… 「でも学部が違うから…」 大学であったりとかはないんじゃ…。 俺が言い終わらないうちに、瑆さんはパンフを広げて指し示した。 「よく見て、良くん。工学と理学はお隣さんだよ」 「そんな理由で…」 「重要な理由だよ、僕にはね」 そう言ってにっこり笑った。 かくして。 俺は今更他の大学行きます、などと言えるわけもなく、K大学を受験することとなった。 それを聞いた天くんも。 「兄さんと良さんが一緒の大学なんてずるいっ。僕も行く」 と言いだし。 俺はまだぎりぎりセーフだが、今の天くんの成績ではかなり厳しいと言うことで、天くんは猛勉強を始めた。 これで俺も天くんも合格すれば、再び3個いち、だ。 仲がいいにもほどがある。 けれども、乃木兄弟自体は仲がいいとは言えない。 昔は瑆さんも天くんを可愛がっていたし、天くんも瑆さんを慕ってた。 時々、俺は本当の兄弟じゃないんだ、と見せつけられているようで寂しかったこともある。 いつ頃からか、天くんが瑆さんと距離を置くようになった。 そうだ、高校に入ってくるちょっと前だ。 俺が高校に入った頃、すでに瑆さんは有名だった。 容姿もそうだが、主に下半身で。 瑆さんが俺に構うので、すぐに知り合いだと知れ渡り、瑆さんの噂を聞きつけたクラスメイトから何度も確認された。 教師のほとんどと寝てる、とか。 売りやってる、とか。 クラスの男子全部食った、とか。 体育用具室で先輩とやってたら教師に見つかってそのまま3P、とか。 「そんなの噂だろ」 と笑ってみせたものの、内心瑆さんならやりかねない、と思ったのが正直なところだ。 実際、俺も何度か見かけたことはある。 毎日のように俺の部屋に侵入してくる瑆さんが、珍しくやって来ない日。 その日はどうやら男と会ってるらしく。 瑆さんが来ないので、1人で買い物に出かけると、偶然知らない車に乗る瑆さんを見かけた。 運転席にも知らない男で。 抱き寄せられるままにキスしてた。 瑆さんが同性愛者という性的マイノリティーだった事実よりも、その俺の知らない、見たこともない顔で微笑む瑆さんがショックだった。 天くんの次に、瑆さんのことを知っているつもりでいたから。 俺は結局何も知らなくて。 ただのお隣の幼なじみでしかなかった事にショックを受けて。 そのくせそこから動くことも、目を逸らすこともできなかった。 幸い、瑆さんは俺には気づかずに、和やかな、大人な雰囲気を漂わせながら男と話していた。 家からずいぶん離れたところだったのに、瑆さんは車を降りて家に向かって歩きだした。 俺はちょうど帰るところだったので、声もかけ辛く、そのまま後ろを歩いて帰ったが。 目撃する度、相手はいつも違ってた。 誰にも言わず、誰にも言えず。 けれど目撃の現場に天くんがいたこともある。 俺は、俺的にショックだった部分を除いて、まあ瑆さんだもんな、と言う諦め、と言うか達観と言うか、そんな感じだけれど、天くんはあからさまに嫌悪をみせた。 節操なし。 淫乱。 売女。 憤慨する天くんをそのまま帰すわけにはいかず、近くのコンビニで落ち着くのを待とうと立ち寄ると、どこで知ったんだ、そんな言葉、と突っ込みたくなるような悪態をつけた。 「なんで良さん平気なの⁈」 「平気ってわけでもないし、初めて見たときはショックだったけど。でもさ、瑆さんの自由だし、さ」 俺が宥めても効果なし。 その夜、お隣から天くんの大きな怒鳴り声が聞こえてきた。 不思議と瑆さんの声は聞こえなかったけれど、あれから天くんはあからさまに瑆さんと距離を置くようになった。 瑆さんが卒業しても噂だけは残っていたので、きっと天くんの耳に入ったに違いない。 「僕は兄さんとは違うんだから!」 天くんの口癖になった。 俺の部屋にもあまり来なくなった。 理由は一つ。 「兄さんがいるならいかない」 お隣に住んでいながらメールを貰って、来ればいいのに、そう返した俺に天くんが返した言葉だった。 そこまで嫌わなくても。 そう思うのだが、兄弟だし、ましてや天くんも美形だし、そういったお誘いもあるのだろう。 その時に瑆さんを引き合いに出されるのかもしれない。 瑆さんと正反対の天くんには苦痛だろうな。 元々は大好きな兄だから余計かもしれない。 瑆さんの方は、あまり気にしてないみたいだ。 ただ、天くんに目撃されるのを避けるためか、男に送ってもらうのはやめたらしく、偶然見かけることもなくなった。

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