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第8話 彼女
その後。
彼女から何度か電話を貰った。
電話が来るのはいつも瑆 さんがいる時。
というか、瑆さんがいつも俺の部屋のいるので、必然的にそうなるわけだが。
なんだか、後ろめたくて。
初めて電話がかかってきた時、表示される名前を見て、すぐに出ることができなかった。
部屋を出てとるのもおかしいし。
かと言って、瑆さんの前で話すのは…。
「電話、出ないの?」
電話を持ったまま固まる俺に、瑆さんが声を掛けた。
「あ、出ます」
慌てて出ようとしたら切れてしまった。
「あー…、切れちゃったね」
「…そう、ですね…」
掛け直すべきか。
いや、掛け直すべきだろうけども、ここで?
後ろめたいことなんか何もない。
悪いことをしているわけではないし。
まだ三上さんとは友達以前の関係で。
いやいや、例え、彼女であろうと、瑆さんに引け目を感じることなんて、俺にはないはずで。
スマホを持って固まる俺に、瑆さんの視線がちらりと向いた。
ますます、悪いことをしてる感が…。
瑆さんの視線が「なんで掛け直さないの?」と言ってるようで…。
変な汗が出てきた。
そうこうしてるうちに再びかかってきたので、今度はすぐに出た。
もちろん、後ろめたさも、居心地悪さもあったけども。
『津田くん?』
「あ、うん」
『良かった。番号間違えちゃったかと思った』
「あ、ごめん。出そびれて…」
なんだか、瑆さんの視線が突き刺さって来る、気がする。
怖くて、振り向けないが。
いや、怖い、ってなんだ?
『ごめんなさい、忙しかった?』
「あ、いや、そういうわけじゃない、よ」
ただ居心地悪いだけ。
今日何があったとか、俺はどうだったか、とか。
多分彼女も話題を探しているのだろう。
日常的なただの会話。
時々、瑆さんの様子を伺いながら、彼女の話題に言葉少な目に答える。
なぜか瑆さんの視線も時々向く。
いや、間違いなく俺が挙動不審なせいだ。
ただ知り合いと話してるだけなんだから、堂々としてればいい。
そもそも瑆さんに対して疚しいことなんかないはずだし、瑆さんも気にしないだろうに。
それでも俺は彼女からの電話に答えてる姿を見られたくなくて、瑆さんに背を向けた。
学校では話しかけにくいという彼女は、よく電話をしてくるようになった。
メールアプリも含めると頻繁に連絡が来る。
話題はいつも彼女が持っていて、俺はそれに答えるだけ。
翌々週は映画に誘われた。
俺の好みと彼女の好みが合う、アクション系だった。
本当は俺の方がリードして、行き先を決めたりしなきゃいけないのだろうが、いまいち勝手が掴めず彼女に任せっきりだ。
会話を重ねるに連れ、俺も少し話題を手に入れ、沈黙の回数も少し減った。
少しずつ彼女に慣れて来る。
「面白かったね」
映画を観終わってカフェに寄ると、目の前で楽しそうな三上さんが笑った。
例によって乃木兄弟のお誘いを「友達と出かける」と言って断って出てきた俺は、また罪悪感を抱えてる。
天くんには本当のことを言っても良かったのかもしれないが、仲が悪いと言っても兄弟、情報漏れしないとも限らない。
いや、隠す必要なんて本当にないのだけれど。
主に俺の罪悪感が理由で。
同様に彼女にも罪悪感を抱いてる。
なんだかすごく利用してる気分になるのだ。
そもそもなぜ罪悪感を瑆さんに抱かなきゃいけないのか、自分でも決着がついていない。
三上さんとはまだ友達未満で、お互いを、主に俺が三上さんを探ってる状態で、付き合うとかまだ全然考えてない。もちろん最終的な決断に交際有無が含まれているけれど。
瑆さんとの関係も幼馴染、という枠組みからは外れるかもしれないけれど、他に言い表せる言葉もない。
そんな二人に対して罪悪感を抱く理由は無いはずだ。
「津田くん?」
三上さんに呼ばれ、はっとして彼女を見る。
「あ、ごめん、なんだった?」
「…もしかして、つまらなかった?」
「いや、そんなことないよ。観たいと思ってた映画だしね」
「そう良かった」
嬉しそうに笑う彼女。
ふと、疑問を思い出す。
「三上さんと俺、会ったことあったかな」
ずっと思ってた。
俺はどうしても思い出せないのに、なんで彼女は知ってるんだろう。
俺は部活もしてないし、ずば抜けて成績がいいとか運動ができるとかではない。
至って平均的な人間だ。
誰かの目に留まるにはちゃんとした理由が必要で。
「会った、ことがあるわけじゃないの。直接話したこともないし」
「じゃ、なぜ」
彼女は少し顔を赤くして、俯いた。
「去年の体育祭の時、津田くんが小さな子供に接してるのを見たの」
「え、そんなことあった?」
「迷子だったみたい」
「ああ、そういえば、あったね、そんなこと」
体育祭を見にきていた天くんと歩いてたら、急に子供がしがみついてきて。
どうやら父親と間違えたらしく、名前聞いても泣くばかりで、困って運営本部に連れて行った。
その後、天くんに父親と間違われたと大笑いされた。
学校のジャージ上下を着ていたのに、大人と間違われて心外だった。
まあ、子供にはわからないだろうが。
ただ単に色が似ていたとかそう言う理由だろうけど。
同級生はみんなおんなじ色のジャージなのに、酷くないか?
俺としてはあまりいい体験じゃないんだが。
「その時、泣きじゃくってる子にすごく優しく接していて、それで…」
それは側から見たらそうかもしれないけど、実際はそうではなくて。
天くんと二人で困り果ててたんだ。
親を探してもらうから移動しようとしても、嫌だと泣きわめくし。
まさか放っていくわけにもいかないし。
それに運営本部に連れて行って呼び出して貰ったら?と言ったのは天くんだ。
俺じゃない。
俺一人で連れて行ったわけでもないし、天くんと二人で、子供の手を引いて行ったんだ。
彼女は恥ずかしそうに俯き加減で俺をちらちら見る。
そんな彼女に俺は小さく呟くように言った。
「それは、違うよ」
「謙遜しないで?私ちゃんと見てたし、絵里も居たから」
彼女は目を輝かせて、俺の美談を語り始める。
聴けば聴くほど、俺の話じゃない。
完全に彼女の中で俺と言う存在が美化されている。
俺は懸命に話す彼女の話をちょっと引いて聞いていた。
今ここで彼女に真実を話してみても、きっと聞いてくれないだろう。
美化されたのが本当の俺だと信じてる。
これは、なんだか近いうちに「想像してたのと違う」って言われるパターンじゃないか?
俺がどんなに本当の俺について説明しても、彼女自身が納得しないことにはきっと信じないだろう。
良くも悪くも、俺たちはまだ知り合ったばかり。
これから何度も会って、話して、本当の俺を知って、それでも俺と付き合いたいか決めてもらう必要がある。
俺だけが探ってる訳じゃないってことだ。
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