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第7話 ダブルデート
立て続けに絶叫マシンを乗り回すコース。
俺は別に平気だ。
でも特に楽しくもない。
ふいに浮かんでくる面影を消すにはいいみたいだが。
吉山は少し青いか?
三上さんもおとなしい。
テンション高いのは吉山の彼女だけ。
移動の合間に吉山の腕を捕まえてこっそり囁いた。
「もしかして遊園地指定はお前の彼女か?」
「好きなんだよ、あいつ」
ちょっと苦笑いの吉山に同情した。
付き合う、って大変なんだな。
俺が三上さんと付き合うとなると、やっぱりそういうのが出てくるのかな。
瑆 さんと出かける時はそういうのはない。
一々行く方向を確認する必要もない。
行きたい方向が大体一緒で。
…もしかしたら、俺が合わせてもらってるのかも…。
ちらりと少し前を歩く彼女の背中を見た。
大人しく見える彼女だが、何か振り回されるような事が…。
ん?
あれ?
「次、あれ乗ろう!」
先頭を跳ねるように歩いていた吉山の彼女が、指を指しながら振り向いた。
指し示されたのは絶叫マシンと言うよりは、三半規管を刺激してくるタイプの乗り物。
うんざりした顔をしながらも頷いた吉山の腕を俺は引いた。
「2人で行ってこいよ、俺と三上さんはちょっと休憩してる」
近くに見えた自動販売機とベンチを視線で示した。
「三上さん、いい?」
俺が声をかけると驚いた表情を見せ、それからこくん、と頷いてくれた。
ほっと息を吐いた俺の脇腹を吉山が小突きながらにやついた顔を見せた。
「2人になりたかったんならそう言えよ」
いや、違うし。
「お前の彼女が元気すぎるんだよ、付き合いきれねぇ」
平気なんだけど、そう言うことにしておく。
いい加減にしてくれ、って気持ちは確かにあるしな。
「…ま、あ、そうだよな…」
苦笑いしながらも、彼女に呼ばれて足早に駆け寄って行った。
それを見送って自動販売機の前に移動すると、三上さんは黙ってついてきた。
硬貨を入れて、彼女を振り向く。
「飲めそう?」
再び驚いた顔をした彼女に、笑いかける。
三上さんはミネラルウォーターを選んで、俺はそれを取り出して渡した。
「…ありがとう…」
最初の挨拶以来、やっと彼女の声を聴いた。
そんな三上さんに笑顔を見せて、俺もコーヒーを選び、ベンチを促す。
あ、ちょっと落ち着いた。
絶叫マシンは連続して乗るもんじゃないな。
休憩挟みながらの方が楽しめると思う。
そっと覗き見た三上さんもそんな感じだ。
ちょっとフラフラして顔色も悪いように見えたけど、気のせいだったかな。
「ごめんなさい、気を使わせて」
ふいに彼女が口を開く。
「え」
俺が渡したミネラルウォーターのペットボトルを握りしめて、彼女は必死の形相で俺に体を向けた。
「いつもは平気なの。だから絵里に遊園地にしようって言われた時も、うん、て。絵里、絶叫系好きだからこうなるのわかってたし」
手に持ったペットボトルを見下ろしつつ、時々俺を窺い見る。
「で、でも昨夜、緊張して眠れなくて…。それで、あの…」
俺の反応が気になるようで、言葉を切りながら、何度も俺を見上げる。
なんだか、くすぐったいというか、申し訳ないというか。
俺なんかにそんなに緊張しなくても。
「大丈夫、気にしてないよ。ただ俺もちょっと一息つきたかっただけだから」
俺がそう言うと彼女はちょっとだけ表情を和らげた。
俺もそれに笑いかけ、またコーヒーに口をつける。
土曜日とはいえ小さな遊園地は閑散としている。
時々小さな子供を連れた家族や、友達の集まりだろう集団が通り過ぎていく。
俺はそれを呆然と眺めながら、手の中の缶を弄んだ。
困った。
話題がない。
女の子となんてあまり話したことがないから、何を話題にしたらいいのかわからない。
男友達や乃木兄弟とはわざわ探さなくても何かしら出てくるし、話題に困った、と思うこともないんだけど。
ちらりと見た彼女も困ってるのか、ペットボトルをくるくる回してる。
元気な騒ぎ声と共に吉山達が現れたのは救いだった。
恐らく吉山が彼女に何か進言したのだろう。
その後絶叫マシンを避けるように、軽食を取ったり、ゆるい乗り物に乗ったり、立ち話したり、急にペースが変わった。
友人を挟んで話すことで、俺も彼女も少し打ち解けてきた。
と言っても、2人にされると話題がもたないが。
向こうはともかく俺は初対面だし。
顔を見てもいつどこで会ったのかすらわからない。
「じゃあ」
帰りも俺は吉山と帰ることになった。
別れ際、吉山の彼女に押されるように近付いてきた三上さんに袖を引かれ、真っ赤な顔で連絡先を聞かれた。
一瞬、迷ったけども、交換することにした。
嬉しそうな彼女を見ると胸が痛む。
可愛いと思う。
いい子だとも思う。
大人しい印象ではあるけれど、緊張していただけかもしれないし。
まあ、吉山の彼女よりは、俺に合うと思うけども。
「どうだった?気に入ったか?」
興味津々、からかい半分に聞いてくる吉山には適当に返す。
車窓を眺めながら、吉山に気付かれないように溜息を吐いた。
自分でも気付かないうちに気を使っていたのだろう、妙に疲れた。
四半日近い時間を三上さんと過ごしていて、時々頭を過っていく面影。
吉山の彼女を見るたびなぜか思い出す人物。
自分が思っていたよりもずっと意識していることに気付かされた。
このまま、三上さんと過ごしていれば、いつか不意に浮かんでくることも、本人に対面した時に変に意識しないで済むようになるのだろうか。
帰宅すると、どこからか見ていたのだろう瑆さんがベランダからやってきた。
「おかえり」
笑顔でやっていた瑆さんをなぜだか直視できなくて、思わず視線を逸らしてしまった。
「ただいま」
平然を装って、上着と着慣れない服を脱ぎ、部屋着に着替えた。
瑆さんはそれを横目にベッドにぽすんと座る。
「その服…あんまり着てるの見たことないね」
「え⁉︎」
い、いつも鈍いくせに、なんでそういう変なことには敏感なんですか。
じっと伺うような視線に耐え切れず、背を向ける。
「あ、んまり着ないのもどうかと思って」
脱いだ服を畳むふりをしてみたが、普段しないから余計に挙動不審に思えて、途中で放り出した。
「ふうん」
そう言いながら、ベッドに横になったのを見て少しほっとする。
いや、ほっとする、ってなんだ。
「楽しかった?」
「え?…ええ」
「どこに行ってたきたの?」
「え?遊園地、ですよ」
「へえ…、友達と?」
「え、ええ。中学の時の友達と」
「ふうん」
な、なんだろ。
この、尋問されてるような…。
悪いことなんかしてないし、嘘だってついてない。
ちょっと、事実を省いて話してるだけなのに、この罪悪感。
多分、そのせいで、勝手に空気が重く感じる。
別に、瑆さんは、普通だ。
うん、いつも通り、うん。
俺だけ。
ずん、と沈んだ気持ちに襲われる。
もう、なんなんだよ、一体。
その日、擦り寄って来た瑆さんに股間に手を伸ばされても、何の反応も出来なかった。
それこそ瑆さんに意味ありげに見上げられるだけで、準備万端だった俺の象徴が。
手でスボン越しにさすられて、何の反応得られないと瑆さんが顔色を変えた。
放心して見つめ、無言になる。
「す、すいません、疲れてるみたいで」
罪悪感ごときで不能になるとは、意外に繊細だったらしい。
「そっか、じゃあ、仕方ないね」
引きつった笑いを見せる瑆さんに、ますます罪悪感が広がった。
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