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第2話

 シールド付きのジェットヘルメットを及川から渡されたので被り、及川の愛車である黒のネイキッドのタンデムシートに座った。武田が及川のバイクに乗るのは初めてではないのだが、及川の腰へ腕を回すと、なぜかその腰の細さに動揺した。二人の間には妙な空気と沈黙が流れていた。海に着く頃には、海辺の景色は朝の世界へと生まれ変わろうとしていた。  砂浜の階段に並んで腰を下ろす。及川がバイクを停めているときに近くの自販機で買ったブラックコーヒーのペットボトルに口をつけた。及川は武田から渡されたペットボトルのカフェオレを宝物のように両手で持っていた。黒いシャツの襟元から覗く上下に動く喉仏を見つめながら、及川は目を細めていた。 「色気、やばいですね」 「そうか?」 「武田さん」 「どうした」 「……好きです」  照れた顔を隠すように、及川は武田の肩に顔を埋めた。肩から伝わる吐息がやけに熱い。逆に武田は驚きすぎて頭が真っ白になり、身体は氷のように冷えていた。けれど及川の熱だけが、その氷をじわじわと溶かしていく。 「及川くん男が好きなのか?」 「誰かを好きになったのは、武田さんが初めてです」 「どこがいいの? 俺なんかの」 「武田さんが思ってるより、俺はずっと武田さんを見てきました」 「…………」 「ずっとです」 「……結婚考えてた彼女がいたの、知ってるだろ」 「死ぬほど嫉妬してました。彼女さんに」 「お、及川くん若いしさ、これからいくらでも出会いあるだろ」 「俺には、武田さんしか考えられません」 「たまたま年上の男に憧れただけとかさ」 「違います! 俺は武田さんが思ってるより、ずっと、ずっと本気です!」  若い茶色の瞳の奥に揺るぎない情熱を感じて、なぜだか胸の奥がざわついた。間近で見て武田はあらためて思う。及川は可愛い顔をしている。及川なら相手に困らないだろう。実際男女問わずバーで客にナンパされているのを武田は何度か目撃したことがある。引く手数多の彼が、なぜ自分なのだろう。  武田が茫然としていると、及川はゆっくりと距離を詰めた。武田は避けることも受け入れることもできないまま、カフェオレ味の唇とブラックコーヒー味の唇が触れそうになるすんでのところで、及川の肩を掴んで引き離した。 「おい、なにして……」 「彼女さんみたいなこと、俺はしません」 「…………」 「俺は、浮気なんかしません。武田さんしか興味ありません。ずっと、武田さんのそばにいます」  いつもの花笑みはすっかり消えていた。白くて長い指が、愛おしそうに武田の髪を撫でる。 「髪、紫ですね。綺麗です」  その恍惚とした及川の目線が、髪から唇へ切り替わったのを武田は見逃さなかった。武田は及川を押し退けた。そんなに強く押したつもりはなかったのだが、武田の想像より及川は軽くて、尻もちをついてしまった。  及川の顔がくしゃりと歪んだ。泣いているのか笑っているのかわからない表情をしながら、武田を見上げていた。 「……悪い。どこか打ってないか?」 「は、ははは……引きましたよね?」  乾いた笑いとともに、自嘲を吐き捨てる及川の様相は、いつもの朗らかな青年とは別人のようで、武田はよくわからない感情の波に打たれて震えた。及川は無言で立ち上がり、尻をはたいて砂を払った。 「及川くん、あのさ……」 「送ります」  まるで嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った及川は、指示された機械のようにバイクの方向に歩いた。黒のネイキッドに跨った及川の背中に武田は腕を回す。及川の身体が小さく震えた。及川は咳払いをして何事もないようにバイクを発進させた。朝の爽やかな風が二人を撫でるように抜けていく。赤信号でバイクが停止する。ブレーキの反動で武田と及川が密着する。信号が青に変わる。及川はまた咳払いをしてアクセルを開いた。  武田をマンションの前まで送り届けると、「おやすみなさい」の言葉だけを置いて、及川は逃げるようにバイクを発進させた。刹那的に重なったシールド越しの茶色の瞳は、雨を待ち続ける花のように飢えていた。

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