1 / 11
同窓会
グラスのぶつかる音と笑い声が、居酒屋の個室に満ちていた。
高校卒業から五年。担任だった教師の定年をきっかけに開かれた同窓会には、思っていたより多くの顔が集まっていた。
懐かしい名前。懐かしい声。
けれど、水瀬凪 は、それらよりも一人の男に意識を奪われていた。
「よっす」
店の入口から、軽く手を上げる男。少し長めの黒髪に、笑うとくしゃっとなる顔。昔と何も変わらない笑顔で近づいてくる。
――西園怜央 。
「久しぶり、俺のハニー」
開口一番それか。そう思う間もなく、勢いよく肩を組まれ、結月は深いため息をついた。
「離せ」
「んー? やだ」
この男は昔からそうだった。誰に対しても人懐っこく、初対面だろうが臆することなく距離を詰める。相手が凪となれば、その距離感は尚更だった。
「近い」
「俺らの仲じゃーん」
「勘違いされる」
「え? 俺は別にいいけど」
悪びれる様子もなく言ってのける。昔からそういう男だった。思ったことをそのまま口にして、相手がどう受け取るかなんて深く考えていない。
本人に下心はまるでない。だからこそ、たちが悪い。
「はいはい、二人とも席着こっか」
近くいた泉が笑いながら声を掛ける。
高校時代、凪と怜央といつも一緒にいた五人組の一人だ。世話焼きな性格で、昔から二人のやり取りを近くで見てきた。
「相変わらずだね、君たち」
呆れ半分、面白がるように肩をすくめる泉に、怜央は悪びれもなく笑う。
「俺の片思いはいつ実ると思う?」
「一生無理なんじゃない?」
怜央の問いに、泉は即答する。そんな二人の様子を見ながら、凪は小さくため息をついた。
高校時代から何も変わっていないやり取りに、安心するような、呆れるような。そんなことを思いながら、凪は静かに席へと着いた。
席へ着くと、隣には怜央が座ってくる。他に空いている席なんていくつもあるのに、わざわざ隣へくる辺り、そこも昔と変わらない。
「なんで俺の隣」
「なんでって? 隣がいいから?」
怜央は小さく口角を上げながら、そう答える。
(……狭いって)
それを口にしたところで「別にいいじゃん」と返されるのが目に見えていた。半ば諦めるようにメニューをそっと開くと、怜央は頬杖をつきながら、凪をじっと見つめていた。
「なに」
「かわいいなーって」
――また始まった。こういう歯の浮くようなセリフをよく平気で言えるなと思う。真面目に受け取るだけ損だと分かっているのに、毎回律儀に反応してしまう自分も、自分だ。
「はい。俺はかわいいので、さっさと飲み物決めてもらっていいですか」
「やっと認めた」
怜央はクスッと笑いながら、メニューへ視線を落とした。その横顔を見て、凪は思わず小さく息を吐く。
冗談を言って笑って、相手を振り回して、それでいて本人は楽しそうだ。
「凪くんはオレンジジュース?」
「……なんで?」
「なんで俺の許可なしで酒飲もうとしてんの?」
「この世の中、お前中心で回ってない」
「この世の中、まだ俺について来れてない感じ?」
こういう冗談にも、もう慣れた。軽口なのか、本気なのか。昔からその境界線だけは一度も分かったことがないけれど。
「とりあえず決まった人から俺に伝達してー!」
幹事の声が個室に響き、あちこちでメニューを閉じる音が重なる。凪も怜央とのやり取りを切り上げ、メニューを閉じた。
周囲では、それぞれが注文を伝え始めている。久しぶりに顔を合わせた同級生たちは、近況報告や仕事の話で盛り上がっていた。こうして全員が同じ場所に集まることなんて、もう滅多にない。
それなのに、隣の男は周囲の話に耳もくれず、頬杖をついたまま凪を眺めていた。
「だから、なに?」
「気にすんな」
「……は?」
この視線にも慣れたようで慣れない。何度目か分からないため息をついたところで、店員が人数分の飲み物を運んできた。
「じゃあ、とりあえず先生! 定年おめでとうってことで! せーの!」
「「乾杯〜!」」
あちこちでグラスが軽やかな音を立てる。凪もビールを一口飲み、ようやく肩の力を抜いた。
久しぶりに集まった同級生たちの笑い声が、個室いっぱいに広がっていく。
今夜くらいは昔話に花を咲かせるだけの穏やかな時間になるように。
――今夜くらいはこの男に振り回されないように。
ともだちにシェアしよう!

