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第2話 魔術師なのに魔法が使えない!?

九月一日。 一ヶ月近くの馬車の旅を続け、俺たちはトラオムへ降り立った。 森と山に囲まれている、ザ・辺境の街。まさしく陸の孤島だ。 「想像より賑やかだな」 ギルバートはあたりを見渡して呟いた。 巨大な教会を囲むように、商店街や学校が並ぶ。 王都から離れてるわりに活気に溢れ、まあまあ人は多い。人口数万人規模の街だ。 俺はぶすっと口を閉じていたが、なんだか大人げない気がしたので「そうだな」とだけ返した。 ギルバートの半歩後ろを維持しながら、街を歩く。 中心部の広場には女神像が立っていた。 この国の宗教、オルフェリア聖教の象徴だ。 女神像に触れると願いが叶うとかなんとかーーー、そんな看板が立っている。 ブロンズの女神像はところどころ変色し、鈍い光を放っていた。 (……願い、ねえ) ギルバートをぎゃふんと言わせられますように、とか。 ギルバートより大きな手柄を立てられますように、とか。 そんなことを思い浮かべて、そっとブロンズ像に触れる。途端に静電気がばちっと光って「うわ」と小声を上げてしまった。 見られてないよな。ちょっと恥ずかしくなる。 あたりをキョロキョロすると、ギルバートは数歩先をスタスタ歩いていた。 ……おいてくなよ、ばーか。 ギルバートの背中を睨み付けて、小走りで追いつく。レンガ造りの街路はぼこぼこしていて、歩きづらかった。 俺たちは街の北部にある、そびえ立つ教会を見上げた。 ーーートラオム聖教会。 国内最大規模の宗教施設。今回の事件現場だ。 『トラオム聖教会で聖体が盗まれた。速やかに聖体を確保して犯人を捕まえろ』 それが任務の内容。 極秘・最小限で、最速の結果を。 そう言い含める上司の顔は強ばっていた。おそらく厄介な事件なんだろう。 気は重いが、結果を出せばその分見返りもあるはずだ。新人の俺にこんな大きな案件が降ってくることはない。何が何でも結果を残さないと。 ……ギルバートより大きな手柄を。 「とりあえず荷物を置こう。本格的な稼働は明日からでいい。エルマ、地図を」 「わーってるよ」 俺はすっと右手を出して軽く呪文を唱えた。 空間生成の魔法で地図を出す。 ……ハズだったんだけど。 「あ、あれ?」 ……地図が開かない。 というより、魔法が使えてる気がしない。 いつもなら魔法を使うとき、手のひらに魔素が集まってくる感覚がするんだけど。 何度も呪文を唱えて、ぐっと目をつぶって集中して、ーーーー それでも、魔法は使えなかった。 「……エルマ、どうした?」 「ま、魔法が、使えない」 なんで、どうして。 焦りながらまた呪文を口にしても、空振りするばかりで。 ギルバートは驚いた顔をして、それから自分で呪文を唱える。 すると、スッと地図が目の前に浮かび上がった。 「……使えるぞ」 「お、俺だけ……?」 ギルバートの訝しむ視線が痛い。 焦りで心臓が勢いよく脈打っている。口の中が急速に渇いていく。 ……魔術師なのに、魔法が使えなくなってしまった。 「状況を整理しよう、エルマ」 荷物を置いてすぐに、ギルバートは険しい表情で口を開いた。 今、俺たちは騎士団が用意した宿舎にいる。 ベッドが二つ。中央にはダイニングテーブル。 トイレや風呂、キッチンが備えられている、小さなワンルームだ。 「魔法が使えなくなったのはいつからだ」 「……今朝までは問題なく使えていた。だから、多分、トラオムに到着してからだ」 「原因に心当たりは」 「ねーよ」 はあ、と深いため息を吐く。 人体には”魔素”といわれる物質が流れている。魔素に働きかけて魔法を使う。 それなのに、手のひらを広げて意識を集中しても、体中の魔素が反応しない。 ……こんなこと初めてだ。 「エルマ、脱げ」 「は?」 勢いよく顔を上げると、ギルバートはしれっとした顔で俺のシャツに手をかけた。 「まっ、ちょっ! なんだよ、いきなり!」 「動くな。マナレギュレータを見る」 「はっ!?」 「壊れてるかもしれないだろ」 ぐいっと服の裾をまくられる。 「自分で脱げるって!」と叫ぶと、ギルバートはじろりと俺の顔を睨んだ。早くしろという声が聞こえてきそうだ。 ……しぶしぶシャツを脱ぐ。 俺の身体には、マナレギュレータという、体内の魔素を循環させる機械が埋め込まれている。心臓の脈拍を一定にするペースメーカーと同じような物だ。 ギルバートは俺の左胸に埋め込まれているマナレギュレータを調べた。 「故障ではないな」 「……そ」 俺はギルバートの手を払って、急いでシャツを着た。 十五歳の時、俺はちょっとした事故で体内の魔素を循環させる臓器を損傷してしまった。 それ以来、マナレギュレータがないと魔法が使えなくなった。 このマナレギュレータはルフトシュタット家に借金して購入したものだ。 ……ギルバートが両親に必死に頼み込んだと聞いている。 これを見る度に、申し訳なさと惨めさが込み上げてくるから、あんまり脱ぎたくない。 自分は助けてもらう存在でしかないと痛感するから。 「ほかに体調に変化は?」 「特にない。魔法が使えないだけだ」 そうか、と呟くギルバートの顔は、いまだ険しいままだった。 いたたまれない。 ギルバートからすれば、俺の価値なんか”魔術師”ってことくらいなのに。 このまま任務も下ろされるんだろうか。 体調不良でせっかくのチャンスを逃すなんて、悔しくてたまらない。 何より、ギルバートに『使えない』とか『見損なった』って思われるのが、しんどい。 ずっとギルバートを見返したくて、がんばってきたのに。 「じゃあ、エルマ。キスするか」 「は?」 しれっとした顔で言われるものだから、今までのシリアスなノリを全部忘れるくらい、頭が真っ白になった。

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