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第3話 キスしなきゃいけないなんて
「今なんて?」
「キス。聞こえなかったか?」
「いや、そうじゃなくて……理由、的なのが知りたいんだけど」
ギルバートは小首を傾げる。何を聞いているんだ?と言いたげな表情で。
いやいや待て待て。
当然のように言い放ったけど、全然当然じゃないから。
「おそらく魔素のバランスが崩れ、うまく循環しなくなったことが原因だろう」
「お、おう」
「だったら魔素を補給すればいい。違うか?」
淡々と言い放たれると、なんだか俺が間違ってる気がしてくる。
「違くないです」と、返事は不思議と敬語になってしまった。
途端にギルバートの意図が伝わって、血の気がサアッと引いた。
魔素の補給は、粘膜接触にて行われる。
ギルバートが俺に魔素を与えるということは。
……つまり
「キスしよう。もしくは、セックスでもかまわないが」
この究極の二択しかないのだ。
キスによる魔素の供給自体は珍しい行為ではない。
魔素が安定しない小さい子どもは、母親から口移しで魔素を与えられることもある。けど。
「びょ、びょういんに……」
「極秘任務だと聞いてるだろう。事件の概要が掴めていない段階では、外部機関はあまり頼るべきではない」
「……ほ、ほかのひとで……」
「却下だ。そいつが犯人だったらどうする」
「ぐっ……!!!」
ぐう正!!!!(ぐうの音も出ないほどの正論)
俺は歯を食いしばった。
今回は極秘任務だ。
俺たちの身元は外部にバレるわけにいかない。病院なんて行ったら身分証で一発でバレる。
トラオムの地に、他に知り合いはいない。身元が知れてるのはギルバートだけなのだ。
「分かってると思うが、魔素不足を放置したら最悪死に至るぞ」
「…………っ」
魔素不足は最悪の場合、体中の血液の循環が止まり、死亡する可能性がある。
マナレギュレータを使用している俺はその恐怖をしっかりと理解している。
……けど。
「お、お前はいいのか? 俺と……その……」
「いい。これも任務のうちだ」
「あっ、そ、そ……っすか」
ぴしゃり、とギルバートは言い切る。
くだらないことで喚いている自分がバカバカしく思えてくる。
じろりと睨まれる。早くしろよって声が聞こえてきそうだ。
「別に、キスなんか昔よくしていたじゃないか」
うっ、と俺は小さく呻いてしまった。
……そう。俺が、コイツとだけはキスしたくない理由。
この大っ嫌いな幼馴染は、俺の初恋のひとでもあるのだ。
物心ついたときから俺とギルバートは一緒に遊んでいた。
平民ながら、近所の子供とケンカばかりしていた俺と。
公爵家で、みんなの尊敬の的だったギルバート。
小さい頃はあまり体格差もなくて。
かけっこも剣術もカードゲームも、勝ったり負けたりを繰り返していた。
負けず嫌いな俺と戦ってくれるのはギルバートだけだった。
だから、ギルバートが、すっごく特別に思えて。
『ギルと結婚して、ずっと一緒にいる!』とかバカなことを言っていたんだ。
まわりの大人は微笑ましく見守っていただけだし。ギルバートは『わかった。式はどうする?』って感じだったし。
そんなこんなで、一時期俺たちの間で結婚式ごっこがブームになった。
ギルバートが家にあるベールをくすねてきて、俺にかぶせる。
誓いの言葉を言って、キスをする。
母親のものを借りてきたのか、豪華な指輪を俺の薬指にはめたりして、遊んでいた。
……今では完全に黒歴史だ。
「早く口を出せ」
ギルバートはくい、と俺の顎を上げる。
金色の瞳がまっすぐに俺を見つめている。
薄暗いワンルームは、あの日のギルバートの家とは全然違うけど。
……ずっと昔にしまい込んだはずの小さな恋心が、無理やり引きずり出されるみたいだった。
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