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第4話 子供の頃とは違うキス
唾を飲み込む。心臓が早鐘を打っている。
ランプに照らされた部屋でギルバートと見つめ合う。金色の瞳に射抜かれて、顔が熱くなった。
頬に添えられている手は立派な男のものだった。俺を見下ろすギルバートは、精悍なひとりの青年になっていた。
子供の頃、無邪気にキスをしていたときとは違う。
意識すると恥ずかしさが込み上げてくる。
自分は全然成長してない気がするし、そんなに背は伸びてないし、釣り合ってない。
やだ、って言おうとしたけど、ギルバートは顔を近づけてきて。
そっと唇が触れる。
無理やり口を開けさせられて、ぬるりと熱い舌が入ってくる。
ぴちゃ、ぴちゃ、と唾液が絡む音がする。触れるところから快楽に似た感覚が込み上げてくる。魔素が流れ込む。
恥ずかしいのと気持ちがいいのとで、頭が真っ白になった。
しばらくして体内の魔素が落ち着いた頃、ギルバートは唇を離した。
「……こんなにする必要あったのかよ」
「足りないよりは過剰なほうがいいだろ。エルマが頻繁にキスしたいなら別だが」
「しっ、したいわけないだろ!」
「だろうな。だから多めに与えたんだ」
やれやれとばかりに見下ろすギルバートをキッと睨んで、口元を拭う。唾液でべとべとだった。
触れた唇が脳裏によぎって、頬が熱くなる。
こんなキスは初めてだ。前はちゅっと唇が触れるだけだった。
子供の時はキスの後、ギルバートは嬉しそうに微笑んでいた、けれど。
ちらりとギルバートに目をやる。
真剣な表情で俺を見下ろしていた。
あのころの表情ではなかった。
……胸の奥がズキッと痛む。
なに私情を挟んでるんだよ、俺。ちゃんとしろ。
ギルバートは任務でしてくれてるだけなんだから。
ぐるぐると、胸の奥で黒いモヤがとぐろを巻いている。
「今日は早く寝よう。明日から任務だ」
「あ、うん……」
「どうした」
「あ、あのさ」
ぎゅっと手を握り締める。
「俺……この任務、降りたほうがいい、よな」
せっかくの出世のチャンスを逃すのは耐えがたいけど。魔法の使えない俺が、ここでできることはない。
……ギルバートにも迷惑をかけてしまう。
そんなことは、火を見るより明らかだった。
ギルバートは訝しげに俺を見遣った。
「なんで」
「だって……。魔法の使えない魔術師なんか使い物にならない。他のヤツとバディを組んだほうがずっと楽だ。……お前だって、そう思ってんだろ」
「は?」
「早く本部に報告して……」
「エルマ」
うだうだ話す俺を、きっぱりとした声で遮る。
視線を上げると、ギルバートはひどく機嫌が悪そうだった。
「本部には報告している」
「えっ、も、もう?」
「ああ。不測の事態だからな。だが、鳥を飛ばして本部に着くまで数日。代わりの魔術師が到着するのは早くて一ヶ月後だ」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
そうだ。俺たちがトラオムに来るのに馬車で一ヶ月かかった。
代わりがすぐに見つかるとも思えないし、上司は早く解決しろと言っていた任務だ。悠長にはしていられない。
「少なくとも、代わりの魔術師が来るまで。エルマには俺のバディでいてもらわなければならない」
ギルバートの声は真に迫っていた。
俺は目を伏せて、黙り込んでしまった。
不測の事態にすぐ対処して。柔軟に動けて、冷静に考えられる。
ギルバートが評価される理由が痛いほど分かった。
俺だって、出世したいとか、考えてたけど。
……この任務を軽く考えていたのは、俺のほうだ。
「うん」
「だから、体調不良も含めて全部俺に報告してくれ」
「……うん」
「……イヤに素直だな」
「…………べつに」
ぷい、と顔を背ける。
ギルバートが、はぁ、とため息を吐くのが聞こえた。俺が拗ねてるとか思ってるんだろう。
拗ねてるとかじゃない。自己嫌悪がひどいだけだ。任務がイヤなんじゃなくて、何もできない俺がイヤなだけで。
……へこむ。
こんなんでぎゃふんと言わせるとか、無理だろ。
唇を噛み締めていると、ギルバートが話を続けた。
「魔素は、明日までは保つだろう」
「……うん」
「明日の朝、魔素の量を確認する。足りなかったら明日もするぞ」
「えっ、あ、あしたも?」
勢いよく顔を上げると、ギルバートは何言ってんだ、とばかりの表情だった。
「当たり前だろ。エルマの魔素が落ち着くまで毎日だ」
ひぇっ、と情けない声が出てしまった。
原因だって分かってないのに。
魔素が安定するまで毎日。ギルバートとキスをする。
……まじか。何日続くんだ。色々大丈夫か、俺。
「わかったか」
「…………わ」
わかった、という小さい声が、薄暗い部屋に消えた。
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