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第7話 トラオム聖教会の盗難事件
七月六日。いまから約二ヶ月半前。
セオドア司祭は聖体が保管されている”白の間”へ向かった。
聖体は”神の御許”と呼ばれる、オルフェリア聖教の神具だ。
十五センチ程度のガラスでできた瓶で、聖なる光を放っている。
その光は抑えきれないほどに瞬き、うねり、暖かい波となって国を包み込むのだそうだ。
一般の国民はおろか、司祭でも一部しか存在を知らない。とても貴重なものだった。
「その”神の御許”が、盗まれていたのです」
セオドア司祭の手は震えていた。
こちらが気の毒になってくるくらい、憔悴している。
話は続いた。
”神の御許”は”白の間”の台座に掲げられていた。
そこで年に二回、夏至の日と冬至の日に祈りを捧げる儀式がある。
”白の間”の存在は上級司祭と一部の関係者しか知らない。この部屋のように、迷路のような通路を正しく通らなければたどり着けない。
だから普段は誰も行かないし、儀式の時以外は気にかけない。
けれど、その日はなんだか無性にイヤな予感がして、セオドア司祭は”白の間”へ足を運んだ。
すると、ピタリと隠されているはずの扉が開いていた。
「それで、盗難に気づいて……。いつ盗まれたのかも分かりません。でも、あれは、あれは……この国にとって、大事なものなんです」
セオドア司祭はぐっと拳を握り締める。
「お願いします、ルフトシュタット様、クライン様。次の儀式までに、”神の御許”を、取り戻していただけないでしょうか、どうか。お願いいたします」
テーブルに頭をこすりつけるようにして、セオドア司祭は頼み込む。
「わかりました。解決しましょう。事件について、もう少し伺ってもよろしいでしょうか」
ギルバートが微笑むと、セオドア司祭は泣きそうな顔を、ほっとしたようにほころばせた。
この日はセオドア司祭の話を聞いて終わった。
俺たちは拠点に戻り、状況を整理する。資料を前に向かい合った。
「夏至の儀式では存在が確認されている。盗まれたのは六月二十日から七月六日の間だ」
ギルバートが手帳に目を落として呟く。
夏至の日は六月二十日。
ペンを回しながら、俺も口を開いた。
「”白の間”の場所を知っているのは合計十七人。上級司祭三人と、中級司祭十四人。あとは、部屋の施行に入った業者……も候補になるけど、けっこう古いからもういないかもしれないな」
「ああ。とりあえずは内部犯を疑ったほうがいいだろう」
ギルバートと視線を合わせ、頷く。
手元の資料に目を落とした。
セオドア司祭にもらった、トラオム聖教会の関係者を簡単にまとめた資料だ。似顔絵と名前、階級が記されている。
”白の間”を知っている人間のうち、祈りを捧げるのが上級司祭で、掃除は中級司祭の仕事だ。
「……結構いるな、容疑者。でも、盗んでなんになるんだ。動機がわからない」
はあ、とため息とともに愚痴をこぼすと、ギルバートは手元のカップで紅茶を飲む。
俺は話を続けた。
「”神の御許”はただの小瓶じゃないのかな。セオドア司祭もおかしかったし。教会関係者にも内密にしてほしいとか。……それじゃ、聞き込みもできねぇじゃん」
「あの司祭も何か隠してるんだろ」
ギルバートはカップを置いた。カチャ、と小さな音が響く。
「……俺に打診が来たとき、上司が言っていた。”トラオムの人間は全員容疑者だと思え”と」
ちらりと視線を向けると、ギルバートは真剣な表情で続ける。
「トラオム聖教会とグラナード騎士団は昔から関係が深い。……それこそ、犯罪に協力してもおかしくないくらいには」
「騎士団にも共犯者がいるって?」
「可能性の話だ。だが、セオドア司祭はそれも視野に入れているはずだ。じゃなかったら新人の俺たちが極秘任務に選ばれるはずがない」
「……そっか」
「教会関係者をできるだけ省きたかったんだろう。その点、俺たちはまだ教会での任務をしていない。繋がりもないと考えられた」
俺は目を伏せてギルバートの声を聞いていた。
こんな大きな事件に、なんの実績もない俺が選ばれた理由が、ちょっとだけ分かった気がする。
「……そうだとしても、なんで俺が選ばれたんだろうな。こんな、雑用しかしてない魔術師なのに」
ぽつりと零すと、ギルバートがちらりと視線を向けた。
そして小さく「さあな」とだけ返してきた。
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