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第17話 ひとは壊れやすいですから【SIDE ギルバート・ルフトシュタット】
「あら。今日はきみが僕の護衛なんですね」
アインホルン司祭は飄々とした笑顔で話しかけた。
俺は「はい」とだけ告げて、彼のそばに立つ。
「今日の僕の予定は」
「九時からトラオム市民連帯協会代表アルド・グラーフ様との打ち合わせ、十時からアリュール教育学会理事フィリップ・ルクス様と打ち合わせ、十一時からーー」
「ああ、知ってたんですね。よかった」
アインホルン司祭は口元に手を当てて上品に笑う。びっしりとスケジュールが詰まっていることに、俺は内心おののいているのだが。
アインホルン司祭は多忙だ。教会外部の関係者との打ち合わせも多い。数多くの打ち合わせの合間を縫って、一般信徒や下級修道士たちにも声をかけているようだ。
「ギルバートくんとお呼びしても?」
「かまいません」
「よろしく、ギルバートくん。きっとこれから先もお世話になるから」
「……はい」
単なる護衛の話をしているのか、それとも”これから先”、彼と間で何かが起こるのか。
どちらの意図かは掴めなかったが、相づちを打つ。
普通の人相手なら前者と捉えられるが、アインホルン司祭だから、単なる挨拶とも思えなかった。
打ち合わせに向かうべく、長い廊下を歩く。
コツコツコツ、と静かな音が響いた。
「ギルバートくんはさ、人間って好き?」
「は?」
「僕は、実はどっちでもないんです」
なんの話をしているんだ。
心の中でたじろぐも、アインホルン司祭は気にせず話を続ける。
「でも人間が紡ぐ物語は好き。彼らって、僕が思いもしないことを考えて、行動するでしょう? それを見ているのはとっても面白いのですよ」
「……あなたも人間では」
「ああ。そうでしたね」
アインホルン司祭が振り返った。
白いカソックが優雅に揺れる。エメラルドグリーンの髪に太陽光が反射した。
藍色の瞳が俺をとらえて、にぃ、と細められる。
「僕はきみたちのこと、大好きですよ」
俺は唾を飲み込んだ。
”きみたち”とは。
今この場にいるのは、俺しかいないのに。
言葉を紡げずにいると、アインホルン司祭は「急がないとですね」と、歩き始める。
忙しそうな下級修道士たちとすれ違うと、アインホルン司祭は全員に笑顔を向けた。
しばらく無言で廊下を進んだ。
先ほど切り上げられた会話を蒸し返す空気でもなく、沈黙が続く。
「最近、変な感じがするんですよ」
「え?」
沈黙を破ったのはアインホルン司祭だった。
「数十人、いえ、数百人、かな。知らない人が浮いているような気がするんです。……いえ、浮いてる、というよりは、”混ざってる”。切り取られて搾られて、ぐちゃぐちゃにされてるような。ギルバートくんは感じません?」
俺は「いえ」とだけ返した。
何を言っているのか、またもや全然分からない。
セオドア司祭が警戒する理由が分かった気がする。この男、底が見えないのだ。
「幽霊のような話ですか」
「あはは。ギルバートくんは面白いですね」
「……」
「ちょっと違います。幽霊は死んでるでしょう。でもこれは……生きてる、のかな。いや、違うかな? どっちだろう」
「俺に聞かれましても」
空中に浮いている何か、とは、幽霊しか思いつかなかったのだが。
口をつぐむ。
会話のテンポが掴めない。やりづらい。
そうこうしているうちに会議室へ到着し、小難しい会議が続いた。
「お疲れ様です、ギルバートくん。ちょっと遅いけどお昼にしましょうか」
打ち合わせが思ったより長引き、俺たちは遅い昼食をとることにした。司祭専用のカフェテリアに向かっていたところ。
ーーーエルマだ。
医務室から出てくるのが見えた。
体調を崩したのか。魔素が足らなかったのだろうか。
エルマは小走りで廊下を駆ける。
見た目では元気そうだ。
拳を握って、襲い来る心配に蓋をする。
「あれはきみの恋人ですね」
アインホルン司祭が話しかけた。
「はい」と答えるものの、声は思ったよりも掠れた。
「体調でも崩したんでしょうか」
「さあ」
「大事にしてあげるといいですよ」
アインホルン司祭が俺に向き直る。
そして、とん、と俺の胸元に指を指して。
「ひとは、壊れやすいですから」
それだけ言うと、藍色の瞳を細めて、意味深に笑った。
声は優しかったのに、どこか氷のような冷たさを含んでいる。
その不気味さに、俺は、息を吸うのを忘れていた。
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