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第19話 僕が全部聞いてあげる
「こんにちは、クヴァールさん。また来ちゃいました」
捜査の進展はあまりないまま、一週間が経った。
お昼休みになると、俺は医務室に顔を出している。もう常連だった。クヴァールが楽しそうに受け入れてくれるから、言葉に甘えていた。
俺たちは仕事や身の上のことなど、いろいろなことを話した。クヴァールは男爵家出身だが、実家は没落寸前。一生懸命勉強して手に職をつけたらしい。
「僕の父なんか、僕の魔力量を見た瞬間に”もうクヴァール家はダメだ、自分の力で生きられるようにしなさい”って言ったんだよ」
「えー! それはひどいですね」
「そうでしょ。しかもそれ、七歳の時だったんだよ。子供に言うことじゃないよね」
クヴァールはぷんぷんと怒りながらお昼ご飯を食べる。
相当苦労してきたようだ。見た目ではもっとチャラついた感じの医師かと思ったのに。
魔力が高いほうが偉いとか、家の格が高い方が偉いとか。クヴァールもこの国にモヤモヤを感じているようで、不思議と意気投合した。
「エルマはどうして修道士に?」
「うちは平民なんですけど。正直、地元には他に仕事がなくて。修道士なら寮もあるし、給料もいいし」
ホントは修道士じゃないけど。まあ、魔術師を選んだのも近い理由だ。
魔術師や修道士は国家公務員で、他の仕事より給料がマシなのだ。
「エルマの地元ってどこ?」
「メーヴェです。南西の、遠いところ」
「ああ。行ったことないけど聞いたことある。山が綺麗らしいね」
「はい。すっごく田舎ですよ」
これは事実だ。
トラオムほどではないが、メーヴェもかなり田舎だ。王都まで馬車で三週間ほど。
トラオムと違って観光地でもないし、珍しい特産品もない。人は減るばかりで、みな王都に出稼ぎに行きたがる。そんな田舎だ。
「ご両親はメーヴェに?」
俺は「あー」と若干濁した。
「子どもの頃に父は亡くなって。母とふたりで暮らしてきたんです。母はメーヴェにいますよ」
クヴァールは息を呑んだ。
「ごめん、立ち入ったこと聞いて」
「いえ、かまいません。平民じゃよくある話ですよ」
「……そう、なんだ」
それから、ぽつぽつとメーヴェの話をした。
マジでつまらない田舎だから面白くはなかっただろうけど。クヴァールが大げさに相槌を打ってくれるから、話は盛り上がった。
「もし、言いたくなかったら、いいんだけど」
「なんでしょう」
やや眉を下げてクヴァールが切り出す。
「マナレギュレータ、つけてるよね。身体、悪いの?」
俺は一瞬、言葉を失った。
外から見ても分からないと思ったけれど。医師ならわかるのだろうか。
別に、隠していることじゃない。引け目を感じる必要も無い。
と、わかってるけど。
胸元をぎゅっと掴んだ。
あのときの記憶を思い出すと、いまだに胸がざわつく。
「……昔、ちょっとした事故で」
それだけぼかして笑うと、クヴァールは切なそうに眉を下げた。
「苦労したんだね」
「いえ、そんな。クヴァールさんほどじゃないですよ」
「ううん……。比べるものじゃないよ。きみの辛さは、確かにあったんだ」
「……ありがとうございます」
その声がなんだか優しかった。擦り切れた心を、そっと包み込んでくれるようだった。
平民はみんな、同じくらい辛い思いをしてるとか、自分に言い聞かせてきたけど。
……自分の感じた”大変さ”は、当時の自分には、重くて、辛くて、苦しかった。
ふと、なぜだか、涙がぽろぽろと流れてきた。
声もなく泣き出した俺を見て、クヴァールは息を呑む。
俺は「ごめんなさい」と、焦って涙を止めようとする。クヴァールはそっと背中をさすった。
「どうしたの」
「ちが、ちがうんです。すみません。おれ、ずっと……つらかった、んだ、って、きづいて」
「うん」
ぐすぐすと鼻水をすする。
こんな弱ってる姿、誰にも知られたくなかったのに。
クヴァールは俺を、優しく抱きしめた。
「いいよ。僕が全部聞いてあげる」
温かい体温に安心した。
昔、母親に抱きしめられた時を思い出した。
俺は子供みたいに顔を真っ赤にして、泣いた。
クヴァールはずっと抱きしめてくれた。
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