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第20話 関係が変わった、あの日
泣き疲れた頃、昼休憩が終わる時間になった。
このままじゃ仕事に戻れないから、医務室にある洗面所を貸してもらった。
鏡を見ると、瞳は真っ赤に腫れていた。
こんなに泣いたのって久しぶりだ。
”あの日”以来、俺は泣くことが苦手になった。
五年前。十五歳の時。
俺が、マナレギュレータをつけるきっかけの事故が起きた時。
進路を選ぶ時期だった。
俺は昔から騎士に憧れていた。騎士はこの国でも憧れの存在だ。
強いし、格好いいし、みんなを守る、ヒーローだから。
選抜試験に合格すれば、王都にある騎士になるための学校へ行ける。
試験は平民でも受けられる。数は少ないけど、ゼロじゃない。
俺とギルバートは選抜試験を受けた。
全国同日開催で、メーヴェ近郊にも試験会場があった。
試験は一週間ほどの期間をかけて行われる。
何十キロもの距離を走ったり、重い荷物を運んだり。魔法や筆記試験もあった。
最終日。
俺たちは障害物競走をしていた。
トンネルをくぐり、ハードルを越え、飛んでくるボールを避けて、走った。
俺の前にはギルバートが走っていた。一位だった。
ゴールまで一メートルくらいだから、頑張れば抜かせる距離だった。
他の競技でもギルバートが一位で、俺は二位で。せめてどれかひとつくらい、勝ちたかった。
ぐっと足に力を込めて、抜かそうとした。その瞬間、
後方から、魔法の弾が飛んできた。
何が起きたのか分からなかった。
胸元に弾ける衝撃がして、一気に全身の力が抜けて。足元から崩れた。
痛みは遅れてやってきた。
だらだらと、あたりに流れる赤いものが、自分の血だって信じられなくて。
俺は意識を失った。
気がついたら病院だった。母が、泣きはらした顔で俺の手を握っていた。
俺は魔素を循環させる臓器を損傷していた。
マナレギュレータをつけなければ、全身に魔素が行き渡らない身体になってしまった。
魔法の弾を撃ったのは、俺の同級生だった。
狙ったのはギルバートだった。
貴族で実力もあって、みんなから尊敬されるギルバートが、どうしても許せなかったらしい。ギルバートを排除して一番になりたかったようだ。
けど、ゴール付近で俺が加速したから、軌道に被ってしまった。
俺は選抜試験に落ちた。
騎士になるには強靱な肉体が必要だ。
マナレギュレータがないと生きていけない身体では、騎士にはなれなかった。
悔しいとか、悲しいとか、虚しいとか、そういうのは、よくわかんなくて。
ぽっかりと全身に穴が開いたみたいな感覚がずっとあって。
どうして生きてるんだろうとか、どうして俺だったんだろうとか。
そればっかり考えてしまった。
不幸な事故だな、なんて、呑気にはしていられなかった。
俺を怪我させたヤツは逮捕されたけれど、平民への補償はなかった。
マナレギュレータは高価な医療器具だ。平民に買えるものじゃない。
申し訳なさを感じたのか、マナレギュレータと諸々の治療費は、ルフトシュタット家が出してくれた。ギルバートが両親に頼み込んで資金を出してもらったらしい。
それがかえって、情けをかけられてるみたいで。施しを受けてるみたいで。
もう、俺はルフトシュタット家の支援がないと生きられない身体になってしまった。
ギルバートのせいじゃないことは、わかってる。
マヌケな俺と、バカな同級生のせいだって、わかってる、けど。
俺たちの関係は、あの日から大きく変わってしまった。
ギルバートは試験に合格し、王都の騎士学園に進学した。
俺は見送りに行かなかった。
それから、会うことはなかった。
あの日以来、ずっと、多分俺は、悲しかったんだと思う。
ギルバートともう、対等に走れないことも。
明確な上下関係が生まれてしまったことも。
そんな自分がふがいなくて。どこにもぶつけられなくて。
心の奥底でドロドロとした感情が燻っていた。
それを”怒り”として表出していたけど、
きっと、ずっと、泣きたかったんだと、思う。
一度涙を流せば気持ちはスッキリした。
瞳は赤いが、顔は晴れやかだった。
鏡を見ていると、奥からクヴァールが声をかけてきた。
「大丈夫? エルマ。まだ調子悪いなら、休んでってもいいんだよ」
「いえ、仕事しないと。気は楽になったんで平気です」
「……ほんとかな。心配だよ」
はあ、とため息を吐く様は、なんだかギルバートが世話を焼くときみたいで。
俺はつい笑ってしまった。
「……笑い事じゃないんだけど」
「あはは、すみません。でも、ほんとに大丈夫です」
俺は支度をして、医務室の扉に手をかける。
「あのさ」
クヴァールが声をかけた。
振り返ると、やや視線を泳がせながら立っていた。
「また、来てね。エルマが楽になるなら、僕は全然、かまわないし。……エルマのこと、もっと知りたい、から」
クヴァールにしては歯切れの悪い言い方だった。珍しいな、と思いつつ。
「ありがとうございます」と笑顔を向けると、クヴァールは照れたようにはにかんでいた。
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