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第31話 一曲だけ、どうか俺にください

「ごめんね、疲れたでしょ。セリーヌたち、話が長いからさ」 「いえ、興味深い話が聞けてよかったです」 セリーヌたちの輪を抜けた途端、クヴァールはやや眉を下げながら話しかけてきた。 「悪い人たちじゃないんだけど。こうしたパーティーも久しぶりみたいでさ。つい内輪で盛り上がっちゃうんだ」 でしょうね、というイヤミを飲み込んで、俺は上辺の笑顔を向ける。 まあ、必要な情報は手に入ったし、貴重な時間だった。 クヴァールに連れられて壁沿いのケーキバイキングへ足を向けた。 ショートケーキ、チョコレートケーキ。一口サイズの美味しそうなケーキが輝いている。 おいしそうだ。見つめているだけで唾液が溢れそうなくらい。 勢いで手を伸ばしそうになるのを必死でこらえて、クヴァールにちらりと視線を向ける。こういう場は偉い人が先だ。 「エルマ、苦手なものとかある?」 「え、いや。なんでも食べます」 「そっか」 クヴァールが笑って、あらゆるケーキを皿にのせた。結構食うな、と意外に思っていると、「はい」と俺に手渡してきた。 「食べたそうに見てたからさ」 「え、あ、……ありがとうございます、でも」 自分でとるのに…、と言いそうになると、クヴァールは優しく微笑んだ。 「パートナーの分をとってあげるのが”いい男”なんだって」 その瞳の奥には、甘いような柔らかいような、特別な何かが見えた。 パートナーの分、というのは。 冗談以上の何かが隠れている気がして、言葉を飲み込んだ。 むず痒い空気をかき消すように「ありがとうございます」とお皿を受け取る。 ひとくちケーキを頬張って、目を輝かせた。 「! おいしい! イチゴの甘さがすごいです」 「そう、よかった」 「スポンジも柔らかくていいですね。こんなケーキ初めて食べました」 お世辞でなく美味しい。 いつも庶民が食べていたスイーツが、ただのパンだったと感じるくらいに。 色々忘れて次々にケーキを頬張ると、クヴァールは嬉しそうに目を細めた。 「本当に美味しそうに食べるね、エルマは」 「あ、す、すみません……つ、つい」 「いいんだ。僕しか見てないから。エルマが美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」 緑の瞳がばちりとあって、不意に心臓が跳ねた。 クヴァールは俺の頬に手を伸ばす。 その手つきは、まるで、キスするみたいで…… 「……え」 「ケーキ、ついてた」 「……ありがとうございます」 俺は顔を赤くしてしまった。 どんだけ勢いよく食べてたんだよ。 しかも変な勘違いまでしちゃって。 クヴァールはなぜか俺の髪をさらりと撫でた。 俺は両手が塞がって、為すがままだった。 何してるんですか、と聞くのも憚られるくらい、クヴァールは楽しそうにしている。 「今度、ふたりでケーキ食べようよ。僕の家でさ。とびきり大きくて甘いケーキ、用意するから」 「あ、はい。………え?」 「約束だよ」 クヴァールは「ね?」と念押ししてきた。 勢いでつい「はい」と言ってしまった。 いつの間にかクヴァールの家に行くことになっていた。 「皆様、本日はご列席いただき誠にありがとうございます」 会場に司会の声が響いた。 広間の中央に視線を向けると、セリーヌと、燕尾服を着た男性が立っていた。 スポットライトの中で上品に微笑んでいる。 「ただいまより第一の舞をもって今宵の舞踏会を開宴いたします。第一の舞を、ロアシー夫妻にお願い申し上げます」 途端に、バイオリンの音が鳴り響く。会場全体が音楽に包まれた。 ロアシー夫妻が踊り出す。セリーヌのドレスがひらひらと舞った。息がぴったりで、美しい。踊り慣れているのが感じられる。格式高いダンスだ。 え、どうしよう。すごすぎる。 音楽も一流だし、踊りも一流。 前に「ダンスなら大丈夫です」とか言っちゃったけど、こんなすごいとは思わなかった。 セリーヌたちはダンスを踊り終え、参加者にお辞儀をした。 「どうぞ皆様もご遠慮なく、舞踏の輪へとお加わりくださいませ」というアナウンスが響く。 途端にまわりの参加者たちが手を取り合い、広間の中心へ向かった。 ……これは貴族のパーティーなのだと、改めて気づいた。 みんな楽しそうにダンスを踊る。ステップも上手だし、慣れや気品を感じる。 やばい、これ、俺も行かないと浮くよな。 足が床に張り付いたみたいに動けない。怖じ気づきながら突っ立ってしまった。 クヴァールの顔にも泥を塗るかもしれない。怖い。申し訳ない。 それ以上に、場違いさが浮き彫りになって、いたたまれなかった。 やっぱり俺なんかが貴族のパーティーに参加しちゃいけなかったんだ。 「エルマ、僕たちも」 と、クヴァールが手を差し伸べる。 どうしよう、今更断れない、けど乗り切れる気もしない。 俺は震える手を差し出した。 「すみません、そちらの銀髪のお方」 声をかけられた方に視線を向けると、ギルバートが立っていた。 いつもの無愛想な表情じゃなくて、どことなく上辺の笑みを浮かべていた。 「銀の髪が月光に揺れて……まるで精霊かと思いました」 は??? 俺は口をぽかんと開ける。 いつもなら言わねーだろ、そんな歯の浮いたセリフ。 クヴァールが眉根を寄せていたものの、ギルバートは気にせず俺の手を取った。 ぎゅっと握られて、伝わる体温がむず痒かった。 「初対面で申し訳ありませんが、どうしても貴方と踊りたいのです。 この一曲だけでいい。どうか、俺にください」 優しく微笑まれる。 キザで、甘ったるくて、真剣な熱を持った視線に、心臓がうるさく鳴った。 ギルバートなのに。わかってるのに。 一気に体温が上がって、顔が熱くなってしまって。 震える声で「はい」と返すしか、できなかった。

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