31 / 65
第31話 一曲だけ、どうか俺にください
「ごめんね、疲れたでしょ。セリーヌたち、話が長いからさ」
「いえ、興味深い話が聞けてよかったです」
セリーヌたちの輪を抜けた途端、クヴァールはやや眉を下げながら話しかけてきた。
「悪い人たちじゃないんだけど。こうしたパーティーも久しぶりみたいでさ。つい内輪で盛り上がっちゃうんだ」
でしょうね、というイヤミを飲み込んで、俺は上辺の笑顔を向ける。
まあ、必要な情報は手に入ったし、貴重な時間だった。
クヴァールに連れられて壁沿いのケーキバイキングへ足を向けた。
ショートケーキ、チョコレートケーキ。一口サイズの美味しそうなケーキが輝いている。
おいしそうだ。見つめているだけで唾液が溢れそうなくらい。
勢いで手を伸ばしそうになるのを必死でこらえて、クヴァールにちらりと視線を向ける。こういう場は偉い人が先だ。
「エルマ、苦手なものとかある?」
「え、いや。なんでも食べます」
「そっか」
クヴァールが笑って、あらゆるケーキを皿にのせた。結構食うな、と意外に思っていると、「はい」と俺に手渡してきた。
「食べたそうに見てたからさ」
「え、あ、……ありがとうございます、でも」
自分でとるのに…、と言いそうになると、クヴァールは優しく微笑んだ。
「パートナーの分をとってあげるのが”いい男”なんだって」
その瞳の奥には、甘いような柔らかいような、特別な何かが見えた。
パートナーの分、というのは。
冗談以上の何かが隠れている気がして、言葉を飲み込んだ。
むず痒い空気をかき消すように「ありがとうございます」とお皿を受け取る。
ひとくちケーキを頬張って、目を輝かせた。
「! おいしい! イチゴの甘さがすごいです」
「そう、よかった」
「スポンジも柔らかくていいですね。こんなケーキ初めて食べました」
お世辞でなく美味しい。
いつも庶民が食べていたスイーツが、ただのパンだったと感じるくらいに。
色々忘れて次々にケーキを頬張ると、クヴァールは嬉しそうに目を細めた。
「本当に美味しそうに食べるね、エルマは」
「あ、す、すみません……つ、つい」
「いいんだ。僕しか見てないから。エルマが美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
緑の瞳がばちりとあって、不意に心臓が跳ねた。
クヴァールは俺の頬に手を伸ばす。
その手つきは、まるで、キスするみたいで……
「……え」
「ケーキ、ついてた」
「……ありがとうございます」
俺は顔を赤くしてしまった。
どんだけ勢いよく食べてたんだよ。
しかも変な勘違いまでしちゃって。
クヴァールはなぜか俺の髪をさらりと撫でた。
俺は両手が塞がって、為すがままだった。
何してるんですか、と聞くのも憚られるくらい、クヴァールは楽しそうにしている。
「今度、ふたりでケーキ食べようよ。僕の家でさ。とびきり大きくて甘いケーキ、用意するから」
「あ、はい。………え?」
「約束だよ」
クヴァールは「ね?」と念押ししてきた。
勢いでつい「はい」と言ってしまった。
いつの間にかクヴァールの家に行くことになっていた。
「皆様、本日はご列席いただき誠にありがとうございます」
会場に司会の声が響いた。
広間の中央に視線を向けると、セリーヌと、燕尾服を着た男性が立っていた。
スポットライトの中で上品に微笑んでいる。
「ただいまより第一の舞をもって今宵の舞踏会を開宴いたします。第一の舞を、ロアシー夫妻にお願い申し上げます」
途端に、バイオリンの音が鳴り響く。会場全体が音楽に包まれた。
ロアシー夫妻が踊り出す。セリーヌのドレスがひらひらと舞った。息がぴったりで、美しい。踊り慣れているのが感じられる。格式高いダンスだ。
え、どうしよう。すごすぎる。
音楽も一流だし、踊りも一流。
前に「ダンスなら大丈夫です」とか言っちゃったけど、こんなすごいとは思わなかった。
セリーヌたちはダンスを踊り終え、参加者にお辞儀をした。
「どうぞ皆様もご遠慮なく、舞踏の輪へとお加わりくださいませ」というアナウンスが響く。
途端にまわりの参加者たちが手を取り合い、広間の中心へ向かった。
……これは貴族のパーティーなのだと、改めて気づいた。
みんな楽しそうにダンスを踊る。ステップも上手だし、慣れや気品を感じる。
やばい、これ、俺も行かないと浮くよな。
足が床に張り付いたみたいに動けない。怖じ気づきながら突っ立ってしまった。
クヴァールの顔にも泥を塗るかもしれない。怖い。申し訳ない。
それ以上に、場違いさが浮き彫りになって、いたたまれなかった。
やっぱり俺なんかが貴族のパーティーに参加しちゃいけなかったんだ。
「エルマ、僕たちも」
と、クヴァールが手を差し伸べる。
どうしよう、今更断れない、けど乗り切れる気もしない。
俺は震える手を差し出した。
「すみません、そちらの銀髪のお方」
声をかけられた方に視線を向けると、ギルバートが立っていた。
いつもの無愛想な表情じゃなくて、どことなく上辺の笑みを浮かべていた。
「銀の髪が月光に揺れて……まるで精霊かと思いました」
は???
俺は口をぽかんと開ける。
いつもなら言わねーだろ、そんな歯の浮いたセリフ。
クヴァールが眉根を寄せていたものの、ギルバートは気にせず俺の手を取った。
ぎゅっと握られて、伝わる体温がむず痒かった。
「初対面で申し訳ありませんが、どうしても貴方と踊りたいのです。
この一曲だけでいい。どうか、俺にください」
優しく微笑まれる。
キザで、甘ったるくて、真剣な熱を持った視線に、心臓がうるさく鳴った。
ギルバートなのに。わかってるのに。
一気に体温が上がって、顔が熱くなってしまって。
震える声で「はい」と返すしか、できなかった。
ともだちにシェアしよう!

