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第32話 任務のダンスなのに

「おい、なんだよさっきの!」 「なんだってなんだ」 ギルバートに手を取られ、広間の中央に向かう。俺は小声で問い詰めた。 「月光が~とか、なんとか。お前、そんなキャラじゃねーだろ」 「あの場でエルマと踊るにはあれくらい言わないととインパクトがないからな」 「………あっそう」 ギルバートはしれっとした顔で足を進める。 先ほどのキザな男はどこに行ったんだってくらいに。 俺はチラリとクヴァールに目を向ける。 勢いとはいえ、ダンスを断ってしまって申し訳ない。 「ダンス、俺とじゃなくてもよかっただろ。他にもご令嬢はたくさんいるんだ。ギルバートならもっと……」 「追々説明する。この場はエルマが適任だ」 やっぱり任務の一環ですか。俺はやや眉根を寄せる。 さっきのドキドキを返してくれよ。勘違いしそうになったじゃんよ。 はぁ、と気づかれないようにため息を吐く。 ずきりと胸が痛むのは、ただの気のせいだ。 「それで? 何すればいいんだ」 「とりあえず俺に任せておけ。踊るぞ」 「は?」 マジで言ってんの。 引きつった笑みを浮かべると、ギルバートはまた上辺の笑みを俺に向けた。 ……ダンスが免除されるかと思ったのに。 まあ、顔に泥を塗らせるのがギルバートに変わったってだけだ。クヴァールを巻き込むくらいならこっちの方がいいか。 ギルバートと中央で向かい合う。近くでは招待客たちがくるくると踊っていた。 ギルバートがステップを踏み出す。 途端に身体が自然と動いた。 ワンツーのステップ、肩に触れる手の位置。右足をくるりと円を描くように、とか。 大分昔のことだけど、身体は覚えているらしい。 いや、ギルバートだからか。こんなに自然と踊れるのは。 子どもの頃から一緒に踊ってきて。ステップの歩幅もタイミングも。次にどう動くかも、覚えてる。 懐かしい。不思議と笑みがこぼれた。 恥ずかしさは一気に消えて、流れるバイオリンの音色にうっとりする余裕すら出てきた。 ちらり、とギルバートの顔を見上げる。 ギルバートは、優しい瞳で俺を見つめていた。 ……その瞳が、どろどろに甘いような、じわじわと熱いような、光を帯びていて。 一瞬、息ができなかった。 頬が熱くなるのがわかる。咄嗟に目をそらす。 ーーーこれは任務だ。 勘違いするな。任務の都合上、俺と踊るしかないってだけで。 これは演技だ。さっきの口説きと一緒で、ただの演技。 わかってる、のに。 きゅう、と唇を噛み締める。心臓がうるさい。 期待してしまう自分が、どこかにいる。 バイオリンの音色が小さくなり、ダンスが終わる頃になった。 少しだけ名残惜しい。触れる手に不思議と力が入った。 バイオリンが止まって、ダンスが終わる。拍手が鳴る。 ギルバートに一礼をする。 無事に終わってよかった。 そう思った矢先、ギルバートがそばのテーブルに手を伸ばした。カチャ、とグラスが揺れ、シャンパンが青いドレスにかかる。 「あっ」 「すみません、レディ」 「あ、い、いえ」 グラスが倒れた先にいたのは、グレースだった。ロゼッタの親友の。 ギルバートが上品な手つきで彼女のドレスを拭く。けれど、高そうなドレスにはシャンパンが染みこんでしまった。 「大変申し訳ありません」 「いえ、洗えば落ちますよ」 「そんな。俺の不注意です。あとで弁償させていただけないでしょうか」 ああ、なるほど。 これで連絡先を聞き、直接話を聞く機会を作るということか。「大丈夫です」と笑うグレースに、俺も眉根を下げて加わった。 「俺もあたりを見てなかったせいです。このままだと申し訳なくて心残りになります。どうか後日、謝罪をさせていただけないでしょうか」 ここで俺がいないと、後日グレースの家に行ったときに俺がついていくと不自然になる。 それを見越して俺とダンスを踊ったらしいな。 グレースの瞳を、泣きそうな顔で見つめる。 こうしたときに断りづらくさせる方法だ。公衆の目がある場からさっさと逃げたいと思わせること。 「そうですね……では、後日」 グレースは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、俺たちに連絡先を渡した。 「よくやったな、エルマ」 グレースの連絡先をもらったあと、ギルバートが小声で呟いた。 俺は、はぁ、とため息を吐く。 「まあな」 「俺だけだったら聞き出せてなかった」 「そんなことねーと思うけど……。うまくいってよかった。ていうか、零すなら先に言ってくれよ。どうすんだか分かんなくてハラハラしちゃったじゃん」 「すまないな。わざとらしさをなくしたかったんだ。言うと身構えるだろ」 まあ、たしかに。 俺は唇を尖らせて呟いた。 「じゃあ、エルマ。帰ろう」 「え、もう?」 「ロゼッタに一番近いのはグレースだ。それがあれば充分だろう」 「で、でも」 まだ情報収集できるんじゃ、という言葉をつい飲み込んだ。招待客がなぜか、こぞって俺たちを見つめていたから。 こそこそと話される会話に耳をそばだてると「お似合いね」「ふたりとも美しかったわ」と聞こえてくる。 「……え」 「わかったか? 俺たちは今、みなの注目の的だ。これ以上はボロを出すだけだ」 え、ちょっと待ってくれよ。 色々と頭が追いつかない状況でいると、ギルバートは俺の手をとる。 上辺の笑みを浮かべて、あたりに聞こえるように、キザったらしい声で言った。 「月光のきみ、今宵はあなたを返せそうにありません」 そうしてかしずいて、手の甲にキスをした。 呆然としている俺の手を引く。 「え、ちょっと」と、聞きたくても、ギルバートの足は止まらない。 状況が掴めないまま、パーティー会場をあとにした。

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