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第55話 "緊急避難の魔素供給"
暗闇で、必死に呼ぶ声がする
ーーーマ
唇から、暖かいものが流れてくる
指先がピクリと動く。
身体に熱が戻ってくる。
ーーーエルマ
手を握られる。俺はこの手を知ってる。
大きくて、がっしりして、鍛錬の痕が刻まれてる手だ。
ーーーエルマ、おきろ
目を覚ますと、ギルバートが心配そうな顔で、俺を見下ろしていた。
「………え」
「エルマ!」
起き上がろうとするとギルバートに抱きしめられた。
力が強い。背骨が折れるくらいの勢いだった。
ぐえ、と零すととっさに力を緩められるが、俺を離してはくれなかった。
「え、なに……どしたの」
「……トラオム中央広場で倒れたんだ」
あ、そっか。
ぼーっとした頭で思い返す。
男の子が倒れたから、魔素不足かと思って、何も考えずに魔素を分け与えた。
自分の魔素がギリギリだったから、そのせいで俺も魔素不足になったって所だろうか。
ちらりと見渡す。俺たちの拠点に戻っていた。
俺は自分のベッドに寝かされていた。
時刻はもうすぐ夜。
倒れたのは昼すぎだったから、数時間ほど眠っていたのだろう。
「運んでくれたんだな、ありがと」
「………もう、あんな、無茶はしないでくれ」
ギルバートが俺の体を抱きしめる。強く、自分の感情をこらえるみたいに。
俺は掠れた声で「ごめん」と呟いた。
「あの子は?」
「無事だ。念のため病院に行くようだが、顔色は戻っていた。大事には至ってないだろう」
「そっか」
「あの子は魔素不足だったようだ。エルマの措置がなければどうなっていたかわからない」
「……よかった」
咄嗟の行動だったけど、あの子が助かったならよかった。
ぼーっと、自分の中に流れる暖かいものに意識を傾ける。心地よくて、安心して、頭がふわふわする感覚。
「ギルバートが俺に”緊急避難の魔素供給”、してくれたんだな」
暗くて寒くて、意識がない中。
ずっと声をかけて、魔素を分け与えてくれてたんだろう。久しぶりのキスだったのに、覚えてないのはもったいないな。
「……本当に緊急避難だったんだ」
「知ってるよ。ありがとう」
ギルバートはベッドに腰掛ける。ぎし、と歪む音がした。俺の額をそっと撫でる。髪がぱらりと落ちた。触れる指が優しかった。
「まだ、エルマの魔素不足は解消できてない」
ギルバートがぽつりと呟いた。
「あの子にかなりの魔素を分け与えたようだ。生命を維持できるギリギリの量だったんだろう。先ほど口移しで補給したが、それでもまだ完全回復には至ってないはずだ」
「まじか」
「……どうする。これ以上、口移しで補給するのは限界がある。病院に行くか。クヴァールなら……ある程度俺たちの事情を知ってるだろう」
ギルバートの声が、静かな部屋に響いた。その声は少し震えていた。多分、必死に冷静になろうとしてくれているんだろう。
俺は額を撫でる手を感じながら、口を開いた。
「他に方法は」
「ここでできることは……性行為による補給しかない」
「だよな」
ふふっと笑ってしまった。
ギルバートが俺を見下ろした。なんだか変なモノでも見たかのような顔で。
言いたくないことを言わせるなんて、俺も大分ひどいヤツだ。ギルバートに抵抗感があるのはわかってるけど。
でも、こんな状況じゃないと、もう。
俺たちが一緒にいられるのは、あと少しだけだから。
「ギルバート」
ゆるく口角を上げて、微笑んだ。
本当にごめんね。ワガママ言ってごめん。
俺の思い出作りに付き合わせてごめん。
でも、これが最後になるから。
「してくれないか、俺と」
ギルバートは、目を丸くした。
「………え」
「病院行きたくない。お前を頼りたい」
「いい、のか」
「いいってか、俺が頼んでるんだけど」
ギルバートは頭が働いていないのか、え、とばかり繰り返している。
俺は眉根を下げて「ごめんな」と呟いた。
「……わかった」
ギルバートが、額を撫でる手をそっと動かして、俺の頬に触れた。くすぐったくて、むずかゆくて、こんな時なのにドキドキした。
命がけの状況だってのに、呑気なモノだな。我ながら呆れてしまう。
起き上がろうとすると、ギルバートが止める。
それから、ぎし、とベッドが揺れて。
ギルバートが上に重なった。
ずっと一緒にいたのに、見上げるのは初めてだ。なんだかいつもより、男らしくて、かっこよく見える。
「嫌だったり、辛くなったら、すぐに言えよ」
「……うん」
「止めるように、するから」
「うん」
微笑むと、ギルバートがキスを落とした。
いつもの深いキスじゃなくて、唇が触れるだけの。ちゅ、ちゅ、と、角度を変えてついばむように。
ギルバートが、俺のシャツに手をかけた。
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