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第65話 臨時の上級司祭会議

「あら、珍しいですね。おふたりでいらっしゃるなんて」 「御託はいい。司祭会議を急に休んで、お前は何をやってるんだ」 「急ぎで確認したいことがありまして。司祭会議は別日にするようお願いしたはずですけど」 ベルトラム司祭が怒りを含んだ表情でアインホルン司祭に詰め寄る。 アインホルン司祭は飄々と受け流しているが、ふたりの間には不穏な空気が立ちこめた。 「ルフトシュタット様、クライン様。もしかして、何か手がかりでもあったのですか」 セオドア司祭が緊張した面持ちで話しかける。 ”神の御許”の盗難について調べていると感づいたのだろう。 ギルバートが小さく頷き、ベルトラム司祭たちに気づかれないよう、そっと声を落とした。 「アインホルン司祭は犯人ではありません。ただいま、捜査の協力をしてもらっているところです」 「本当、ですか」 「はい。これからアインホルン司祭と”白の間”へ伺うところでした」 「……犯人は」 「目星はついています。ですが、まだ証拠がない」 それでもいい、と、セオドア司祭が小声で懇願すると、ギルバートは誰にも聞こえない声で耳打ちした。 セオドア司祭は目を見開く。しばらく口元をおさえる手が震えていた。そして、深く呼吸をして、胸元の服をぎゅっと掴む。 呼吸を整えて、セオドア司祭はベルトラム司祭に話しかけた。 「まあ、司祭会議はいつでもできますから。そこまでにしましょう」 「セオドア、お前まで」 「それより。私たちも急いで向かう必要があります。ベルトラム司祭、アインホルン司祭。一緒に来てください」 セオドア司祭がはっきりとした声で告げ、白いカソックを翻して颯爽と歩き出した。 ベルトラム司祭は困惑した様子で「おい!」と呼びかけるが、セオドア司祭の足は止まらない。 俺たちもセオドア司祭のあとについて歩いた。 ベルトラム司祭も、躊躇いながら、俺たちについてきた。 長い廊下を歩く。 関係者専用の扉を抜け、人通りがなくなって、まだ先へ。 白くて無機質な景色が続く。五人分の足音がコツコツと響いていた。 不思議と、誰ひとり口を開かなかった。 あれほど苛立っていたベルトラム司祭も口をつぐんで、険しい表情をしている。 セオドア司祭が先頭を歩く。次いでベルトラム司祭、アインホルン司祭が続く。俺とギルバートは最後に並んでいた。 「セオドア司祭。これはギルバートくんたちが言っていた”事件”と関係があるのですか」 アインホルン司祭の問いにもかかわらず、セオドア司祭は振り返らない。一定の早いスピードで歩く。ベルトラム司祭は”事件”と聞いて、眉をひそめる。 「ベルトラム司祭、アインホルン司祭。今から臨時の上級司祭会議を行います」 「……急ですねえ」 「議題は”神の御許”情報の公開について」 セオドア司祭の言葉に、ベルトラム司祭は目を見開いた。 「待て、どういうことだ。”神の御許”の情報だと?」 「私たちはこれから”白の間”へ向かいます。その間に軽く情報を共有します。まず、私は七月六日に”神の御許”の盗難を発見しました」 ベルトラム司祭とアインホルン司祭は、驚きに声を失った。歩く速度が乱れる。 セオドア司祭はペースを変えず、流れるように説明を続ける。 「それを受け、グラナード騎士団に捜査を依頼しました。その結果、容疑者がひとり、浮上しています」 「盗難って、どういうことだ。いま、”神の御許”はどこにある」 「わかりません」 ベルトラム司祭は食ってかかるように詰め寄ったが、セオドア司祭は見向きもせず歩く。 「七月に発覚していたなら、もう少し早く僕たちに教えてくれてもよかったのではないですか」 「申し訳ありません。私の独断です。私は、犯人が教会内部にいると思っていたので。秘密裏に行動するよう捜査員に頼んでいました」 「……なるほど。僕たちも疑われていたんですね。ひどいなぁ」 アインホルン司祭が自嘲するように返すと、セオドア司祭は口をつぐんだ。 コツコツコツ、足音が響く。 もう三十分以上歩いているが、まだつかない。 迷路のように入り組んだ廊下は、もう今どこを歩いているのかも分からないくらいだ。 しばしの沈黙の後、アインホルン司祭が口を開いた。 「それで。”神の御許”の情報って、どういうことです? 捜査員にも共有したいってことですか?」 「端的に言えばそうですね」 セオドア司祭のしれっとした声に、ベルトラム司祭が「なんだと!」と声を荒げる。 けれど、セオドア司祭にじろりと視線を向けられ、ばつが悪そうに視線を下げた。 「……いや、わかっている。緊急事態だってことは」 「ご理解いただきありがとうございます。まず、公開範囲。これはいったん捜査員に限りましょう。けれど、今後の状況によってはそれ以上になる可能性があります」 「犯人の目星がついたから俺たちにも明かしたんじゃないのか」 「容疑者の名前を聞いて、悠長にはしていられないかと思いまして。最悪、国際的な問題になる」 どういうことだ、と俺たちは眉をひそめる。 セオドア司祭は声を落とし、続けた。 「容疑者はオーランド・クヴァール。彼はヴァルトラ共和国の裏組織と繋がりがあるかもしれません」 「……は? ヴァルトラだと!?」 「”神の御許”がヴァルトラ共和国に売り飛ばされ、我が国への攻撃に使われる可能性がある」 ベルトラム司祭は真っ青になった。口元を震わせ、瞳がぐらぐらと揺れる。 セオドア司祭は足を止め、ベルトラム司祭に振り返った。 「彼は数日後にトラオムを去ります。先日、退職届をいただきました」 「なにっ!?」 「それまでに”神の御許”を取り戻さなければなりません」 だから、とセオドア司祭は続けた。 「捜査員には、”神の御許”の”本来の姿”を伝えた方がよいでしょう。今はどの情報が役に立つか分からない。私が与えた情報が不足したせいで、捜査員には苦労をおかけしました。ベルトラム司祭、かまいませんね」 ベルトラム司祭の額には冷や汗が浮かんでいた。けれど、ゆっくりと首を縦に振った。 「……アインホルン司祭は」 「僕はもともと賛成派ですからね。かまいませんけど」 しれっとアインホルン司祭が返すと、セオドア司祭は「では決定です」と再び歩き出した。 ベルトラム司祭は背を丸めて、顔を強ばらせている。 しばらく歩いて、セオドア司祭は、やっと足を止めた。 壁には何もない。ただの白い廊下が続いているだけだけれど。 「では、”白の間”を開けましょう」 セオドア司祭の声に、上級司祭ふたりが並ぶ。 何もない壁に三人が手のひらを向ける。 すると、ぼこっと三つの石版が浮かび上がってきた。 石版に刻まれた紋章が光る。 赤、青、緑、ピンク、黄色、あらゆる光が液体のように通っていく。 白い壁に光が走り、大きく縁取った。 ごごごご、と、重い音が響いて、壁が左右に開く。 開いた先には、真っ白い空間が広がっていた。

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