67 / 76

第67話 呼吸している 

全員、黙り込んでしまった。 セオドア司祭やアインホルン司祭も蒼白だ。 「……だとしたら、かなりまずい状況なのでは」 ギルバートがぽつりと呟いた。 「クヴァールがその特性を認識していなければ、”神の御許”の保管方法が適切でない可能性がある。割ろうとはしないだろうが、光や音などの刺激は軽視しているかもしれない」 「……その通りだ。俺が最も恐れているのは”海外に持っていく”というところだ」 ベルトラム司祭がしゃがれた声で相槌を打つ。 道中、割れる危険性は国内移動より高い。海や山を越えるのにかなりの衝撃が加えられる。 それに、とベルトラム司祭は続けた。 「そいつが単なる瓶だと考えていれば、布やらでぐるぐる巻きにするだろう。”神の御許”は呼吸できなくなる」 「……呼吸ができなくなったら、どうなるんですか」 震える声で尋ねると、ベルトラム司祭はしばし思案した。 「……わからない。だが、”呼吸できず亡くなった”とすれば、魔素の循環は止まる。密閉した空間で、止まった魔素は熱を持つ。次第にガラスが溶けて、割れる」 ーーー大爆発だ と、続く声は小さかった。 俺はギルバートと視線を合わせた。心なしか、手が震えるのを感じる。 割れてはいけない。布で包んでもいけない。光や音も極力避ける。 そんな危険物を取り戻さなければならない。 俺たちにできるのだろうか。もし間に合わなかったら。 最悪の想像が脳裏をよぎって、冷や汗が額を伝う。 「エルマ、とりあえず。”神の御許”が、どこに保管されているのかを突き止めよう」 俺は頷いた。 口の中がひりひりと渇いて、仕方がなかった。 張り詰めた緊張の中、沈黙を破るようにベルトラム司祭が動き出した。 台座近くの壁に指を一本つけて、つつつ、と引く。文字を書いているようだ。引いたところから赤い光が発せられ、家紋のような模様が浮かび上がる。 途端に壁の一部が、がこん、と外れ、ベルトラム司祭は白い箱を取り出した。 「これを使え」 「これは?」 「”神の御許”を持ち運ぶための箱だ。”白の間”と似た造りになっている。材質は音を吸収し、柔らかい綿も敷き詰めている」 五十センチ四方の正方形の箱が手渡される。 持ってみるとずしりと重い。”白の間”の壁と同じ材質なのか、冷たいような無機質な感触だった。 「”神の御許”を取り戻したら、すぐこの箱に入れて、俺のところに持ってこい」 ベルトラム司祭が力強く俺たちを見つめた。 背筋が伸びる感覚がする。手にしている箱を、ぎゅっと抱えた。 「必ず、俺たちで取り戻します」 「って、まじヤバい物体じゃないッスか、”神の御許”」 拠点に戻り、ダリウスたちに”神の御許”の情報を共有した。 しばしの沈黙の後、カイルがひきつった表情で呟く。ダリウスはぽかんとしていたが、険しい表情で手元のカップに手を伸ばした。 「せやな。なんや”心臓”て」 「えげつない事実ッスね。そんな、誰かの死体のおかげで僕たち、生きてたんッスから」 「……まあ、人間とは限らんやろ。不明なものは不明にしとこ」 ダリウスがコーヒーを口に含んで、飲み込む。苦い事実を飲み下すように。カイルは顔をしかめながらも、「そッスね」とぼそりと同意した。 「んで、うちらの報告な。まず、うちらはクヴァールの研究所に行ってきたんや。働き口探してるってテイで」 「ほう」 「これはほぼ成功。研究所は人手不足らしい。クヴァールが海外に行くのに伴って、人材も何割か向こうに移動するんやて。けど、トラオムの研究所も残しておきたいってので、医者と技術者は大歓迎だと」 確かに、数日後に海外に行くというわりには、研究所や家の中の荷物は残ったままだった。別荘という形で残すのだろう。 「技術的な面でも収穫があったッス。あの薄いシートなんスけど、魔素の行き来をサポートする作用があるっス。触れたひとの魔素を別の場所に移動できる」 「……女神像にシートを貼ると、観光客の魔素を奪えるということか」 ギルバートの問いに、カイルが険しい表情で頷く。技術的な根拠も明示された今、クヴァールが”神の御許”を盗んだと考えていいだろう。 「”神の御許”の所在はどうですか」 「んー、わからん。そりゃ、ごっつ重要なモンやからな。どっかに隠してるんやろとは思うけど……。すまんな、エルマくんみたいにスッと入り込めてないわ」 「いや、俺はそんなやってないですって」 「まあ、そんなすぐわかるもんやないな。研究書類は重要度によってランク付けされてるし。うちらみたいな新参者は、さわりのとこしか教えてもらえんかったわ」 いつになるんやろね、とダリウスは自嘲気味に笑った。その声はどこか上滑りするようで、この緊急時に、と焦る気持ちが表れていた。 「では、引き続きダリウスとカイルには”神の御許”の在処を突き止めてほしい」 「了解ッス」 「俺たちは?」 「俺とエルマはクヴァールから離れて捜査しよう。今はヤツに勘付かれて逃亡されるほうが恐ろしい。荷物の輸送ルートや海外の裏ルートを探ろう」 わかった、と相槌を打つ。 「焦る気持ちも分かるが、まだ事態は”最悪”じゃない。各々最善を尽くそう」 ギルバートの声に、一同は頷いた。 力強い声に不安が和らいだ。 まだ”最悪”じゃない。まだ間に合う。 テーブルの下で、ぎゅっと拳を握り締めた。

ともだちにシェアしよう!