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第67話 呼吸している
全員、黙り込んでしまった。
セオドア司祭やアインホルン司祭も蒼白だ。
「……だとしたら、かなりまずい状況なのでは」
ギルバートがぽつりと呟いた。
「クヴァールがその特性を認識していなければ、”神の御許”の保管方法が適切でない可能性がある。割ろうとはしないだろうが、光や音などの刺激は軽視しているかもしれない」
「……その通りだ。俺が最も恐れているのは”海外に持っていく”というところだ」
ベルトラム司祭がしゃがれた声で相槌を打つ。
道中、割れる危険性は国内移動より高い。海や山を越えるのにかなりの衝撃が加えられる。
それに、とベルトラム司祭は続けた。
「そいつが単なる瓶だと考えていれば、布やらでぐるぐる巻きにするだろう。”神の御許”は呼吸できなくなる」
「……呼吸ができなくなったら、どうなるんですか」
震える声で尋ねると、ベルトラム司祭はしばし思案した。
「……わからない。だが、”呼吸できず亡くなった”とすれば、魔素の循環は止まる。密閉した空間で、止まった魔素は熱を持つ。次第にガラスが溶けて、割れる」
ーーー大爆発だ
と、続く声は小さかった。
俺はギルバートと視線を合わせた。心なしか、手が震えるのを感じる。
割れてはいけない。布で包んでもいけない。光や音も極力避ける。
そんな危険物を取り戻さなければならない。
俺たちにできるのだろうか。もし間に合わなかったら。
最悪の想像が脳裏をよぎって、冷や汗が額を伝う。
「エルマ、とりあえず。”神の御許”が、どこに保管されているのかを突き止めよう」
俺は頷いた。
口の中がひりひりと渇いて、仕方がなかった。
張り詰めた緊張の中、沈黙を破るようにベルトラム司祭が動き出した。
台座近くの壁に指を一本つけて、つつつ、と引く。文字を書いているようだ。引いたところから赤い光が発せられ、家紋のような模様が浮かび上がる。
途端に壁の一部が、がこん、と外れ、ベルトラム司祭は白い箱を取り出した。
「これを使え」
「これは?」
「”神の御許”を持ち運ぶための箱だ。”白の間”と似た造りになっている。材質は音を吸収し、柔らかい綿も敷き詰めている」
五十センチ四方の正方形の箱が手渡される。
持ってみるとずしりと重い。”白の間”の壁と同じ材質なのか、冷たいような無機質な感触だった。
「”神の御許”を取り戻したら、すぐこの箱に入れて、俺のところに持ってこい」
ベルトラム司祭が力強く俺たちを見つめた。
背筋が伸びる感覚がする。手にしている箱を、ぎゅっと抱えた。
「必ず、俺たちで取り戻します」
「って、まじヤバい物体じゃないッスか、”神の御許”」
拠点に戻り、ダリウスたちに”神の御許”の情報を共有した。
しばしの沈黙の後、カイルがひきつった表情で呟く。ダリウスはぽかんとしていたが、険しい表情で手元のカップに手を伸ばした。
「せやな。なんや”心臓”て」
「えげつない事実ッスね。そんな、誰かの死体のおかげで僕たち、生きてたんッスから」
「……まあ、人間とは限らんやろ。不明なものは不明にしとこ」
ダリウスがコーヒーを口に含んで、飲み込む。苦い事実を飲み下すように。カイルは顔をしかめながらも、「そッスね」とぼそりと同意した。
「んで、うちらの報告な。まず、うちらはクヴァールの研究所に行ってきたんや。働き口探してるってテイで」
「ほう」
「これはほぼ成功。研究所は人手不足らしい。クヴァールが海外に行くのに伴って、人材も何割か向こうに移動するんやて。けど、トラオムの研究所も残しておきたいってので、医者と技術者は大歓迎だと」
確かに、数日後に海外に行くというわりには、研究所や家の中の荷物は残ったままだった。別荘という形で残すのだろう。
「技術的な面でも収穫があったッス。あの薄いシートなんスけど、魔素の行き来をサポートする作用があるっス。触れたひとの魔素を別の場所に移動できる」
「……女神像にシートを貼ると、観光客の魔素を奪えるということか」
ギルバートの問いに、カイルが険しい表情で頷く。技術的な根拠も明示された今、クヴァールが”神の御許”を盗んだと考えていいだろう。
「”神の御許”の所在はどうですか」
「んー、わからん。そりゃ、ごっつ重要なモンやからな。どっかに隠してるんやろとは思うけど……。すまんな、エルマくんみたいにスッと入り込めてないわ」
「いや、俺はそんなやってないですって」
「まあ、そんなすぐわかるもんやないな。研究書類は重要度によってランク付けされてるし。うちらみたいな新参者は、さわりのとこしか教えてもらえんかったわ」
いつになるんやろね、とダリウスは自嘲気味に笑った。その声はどこか上滑りするようで、この緊急時に、と焦る気持ちが表れていた。
「では、引き続きダリウスとカイルには”神の御許”の在処を突き止めてほしい」
「了解ッス」
「俺たちは?」
「俺とエルマはクヴァールから離れて捜査しよう。今はヤツに勘付かれて逃亡されるほうが恐ろしい。荷物の輸送ルートや海外の裏ルートを探ろう」
わかった、と相槌を打つ。
「焦る気持ちも分かるが、まだ事態は”最悪”じゃない。各々最善を尽くそう」
ギルバートの声に、一同は頷いた。
力強い声に不安が和らいだ。
まだ”最悪”じゃない。まだ間に合う。
テーブルの下で、ぎゅっと拳を握り締めた。
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