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第72話 ふたりで

雷鳴、轟音。 木々が、突風でがさがさと音を立てる。 大地が衝撃で揺れた。 真っ白い閃光が一瞬あたりを包んで、激しい雷が俺の手のひらに落ちた。 《ラグナ・イルミナ》 小規模の雷属性の魔法。 ーーーああ、帰ってきた。俺の魔法。 ダリウスたちが研究所を差し押さえてくれたからだろう。今までクヴァールに奪われていた魔素が、次第に戻ってくるのを感じる。 慣れ親しんだ、自分の、”力”。 クヴァールは突然の雷に身を引いて、俺を勢いよく突き飛ばした。視界の端でナイフが宙を飛ぶ。 俺は大地に転がるも、咄嗟に受け身をとった。あたりに土埃が舞う。 クヴァールは愕然とした表情で、俺を見つめていた。 「なん、で」 掠れた声で呟く。そして、ハッとしたようにナイフを拾おうとした。 俺は両手をクロスして、魔素を溜める。影を一本の塊にする。 「《ノクターン・バインド》」 うごめく闇を手のひらに集めて、しなやかな鞭にする。手綱を引くように強く握って、クヴァールに向かって打った。ばしっ、と鈍い音がする。 クヴァールが大地に転がる。 俺はそのまま黒い鞭で、伏せているクヴァールの身体を拘束した。 ぎりぎりと、きつく、全身を縛る。 「……エルマ、」 信じられないといった表情で、俺を見上げる。 怒りか、困惑か、衝撃か。瞳孔は開き、全身が震えている。 「残念だったな。俺は魔術師なんだよ」 影の鞭をしっかりと掴みながら、俺はクヴァールに吐き捨てた。今まで魔法を使えなかった苛立ちを、力を封じられていたもどかしさを、ぶつける。 クヴァールは俺を”魔力がほとんどない平民”だと見下していた。 愛してあげるだの、幸せにしてあげるだの。無力で可哀想な生き物だと思っていたようだが。 反吐が出る。ぎりっと奥歯を食いしばって、込み上げてくる嫌悪感をあらわにした。 「くだらねえ劣等感に俺を巻き込むな。俺は、与えられて満足するだけの、小さな人間じゃねえんだよ」 ぎゅっと拳に力を込める。途端に、影の鞭がクヴァールの首に巻き付いた。 クヴァールはもがくようにうごめいたが、がくりと意識を落とす。殺しはしない。 だが、抵抗すると面倒だから気絶させておいた。それだけだ。 「エルマ」 ギルバートが俺に声をかけた。 手には先ほどクヴァールが投げた救急箱がある。しっかりキャッチしたらしい。 よかった。俺はギルバートの顔を見て胸をなで下ろした。 「クヴァールは」 「ちょっと気絶してもらってる。死んではないよ」 「そうか、よくやった」 「そっちこそ。よくキャッチしたな」 「まあな」 俺はくすくすと笑う。 けれど、途端に足の力ががくりと抜けて、その場に膝から崩れ落ちてしまった。 ……動けない。 ギルバートが「エルマ!」と叫んで、駆け寄ってくる。 「大丈夫か」 「大丈夫、なはず。多分、久しぶりに魔法使ったから。身体がびっくりしてるんだ」 「無茶はするな。……怪我は」 「んー、首だけかな」 ギルバートは俺の首を見て、顔をしかめる。 やっぱり結構切れてるかな。さらさらした液体で首元が濡れてる感覚がずっとしてるし。 ギルバートは救急箱を開けて、俺の首を治療する。消毒液で消毒して、真っ白いガーゼを貼った。 「俺の傷、どうなってる?」 「深くはないが広い。血は多分、エルマが思ってるより出てる」 「まじ? 救急箱あって助かったな」 はは、と乾いた笑いを零すと、ギルバートは苦しそうに唇を噛んだ。俺より辛そうな表情をしながら、傷の手当てをする。壊れ物を扱うような手つきで。 「もう無茶はしないでくれ」 「しないって。ただ、魔力が戻ってきた感覚がしたから。いけるかなって思っただけ」 治療してもらったばかりのガーゼに手を当てる。絶対傷より大きいガーゼが貼られてるに違いない。ごわごわして、むず痒かった。 過保護だな。心配性だ。 いつもと変わらないギルバートの一面が伺えて、胸の奥が温かくなる。 ギルバートは俺の手を強く握った。 ……その手は、震えていた。 「どうした、ギルバート」 「……いや。すまない」 「なにが」 「……俺は、……俺は、エルマを傷つけてしまった」 懺悔するように呟く声が、静かな山に響いた。 「お前のせいじゃねえだろ。自分を責めるな」 「ああ。……わかってる。けど、俺も、近くにいたのに。……守るって、決めた、のに」 「でも、お前は俺を信じてくれたじゃん」 震える手をそっと握る。 ギルバートはおずおずと顔を上げた。 「俺の魔力が戻ってきたことに気づいただろ。それで、クヴァールの制圧を任せてくれたんだろ」 「……ああ」 「それってさ、単に守られるより、俺は嬉しいんだけど」 バディとして信頼されたみたいで。 柔らかく微笑むと、ギルバートはきゅっと唇を噛んだ。 「俺だって、ギルバートならキャッチしてくれるって信じたから”箱”を任せられた。ふたりで背中を預け合ったから、いま俺たちは生きてるんじゃん」 ーーー残念だったね、エルマ。きみは選ばれなかったよ クヴァールが吐き捨てた言葉が脳裏によぎる。 が、鼻で笑った。 国か俺か、どっちかしか選べない男なんか、俺は要らない。 ふたりで、全部を救える。そう信じられる男が欲しいんだよ。 ギルバートの手を強く握る。 俺は”選んだ”。すべてを救う手を。

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