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第74話 帰還

”神の御許”を取り戻してから、三ヶ月ほどが経った。クヴァールは裁判にかけられ、横領と窃盗で有罪判決となった。 クヴァールは、誰の魔素を奪っていたのか知らなかったらしい。 そのせいでロゼッタが亡くなったことも、俺の魔素を奪っていたことも知らなかった。 殺人罪で裁くのは難しいが、未必の故意にあたる可能性が高い。続く裁判でなんらかの罪に問われるだろう。 研究所は閉鎖となった。 けれど魔素研究は画期的で、闇に葬るのはもったいないとの結論になった。アリュール教育学会のメンバーが研究内容を共有し、魔素不足に悩む人々への解決策を探している。 オープンな場で、身分も関係なく議論や研究ができるように。 トラオムは変わりつつある。 ”神の御許”は、今日もトラオム聖教会で、穏やかに眠っている。 「久しぶりだな、王都」 揺れる馬車には、俺、ギルバート、ダリウス、カイルが乗っている。 狭い馬車はぎゅうぎゅうで、俺はギルバートと肩をぴたりと触れあうくらい。 正面に座るダリウスとカイルも窮屈そうだ。 トラオムから王都までの長い道のりを、俺たちは帰っていた。 窓の外の景色は、山や森から次第に家々に変わっていく。馬車道が舗装され、揺れも少なくなる。 遠くに厳かな宮殿が見えると、帰ってきたなって感じがした。到着まであと数時間ってところだろうか。 王都アインス。 この国の政治、経済の中枢。 宮殿の近くにはグラナード騎士団の本部がある。 カタカタと、馬車の車輪が回る。 穏やかな音に胸が切なくなった。 もう少しで、本当にこの任務が終わる。 「戻ったら書類地獄や。帰りたくなーい」 「ほんとそれッスね。上司の顔も見たくないッス」 「うわ、思い出させんといて、カイル。今から憂鬱や」 ダリウスとカイルがそれぞれ愚痴る。眉根を寄せて、うげ、とうめく。 ダリウスは軍医で、騎士だ。それなりに偉い階級だった。 カイルは”正魔術師”だった。騎士と同等の権限を持つ、魔術師のなかでもごく一部の存在。侯爵家出身というのもあるけど、高い技能も考慮されているだろう。 今回は緊急事態だから派遣されてきたけど、本当は俺みたいな下っ端の”補佐魔術師”が一緒に働けるような階級の人たちじゃない。 ふたりと任務をすることは、もうないかもしれない。 ……さみしいな。 トラオムでは階級なんか気にしないで、みんなで話し合っていられたから。 ちらりと、気づかれないように隣に座るギルバートに目を向ける。 ギルバートは背筋を伸ばして、ふたりの声に耳を傾けていた。 ギルバートと一緒に任務をすることも、もうないだろう。 やっぱり俺は平民で、補佐魔術師だから。 平民がのし上がるには、この国は高いハードルがある。 ーーー身体を張った任務をして、どうなるかな ーーー成功したって、ちゃんとエルマのこと認めてくれるかな 今になってクヴァールの言葉が、ズキズキと突き刺さった。あのときは無我夢中で、怒りに我を忘れていたけど。 ……でも。俺はトラオムを救った。 ギルバートと、ダリウスと、カイルと、一緒に。 階級は低いかもしれないけど、俺だって。俺だって任務の一員だった。 そうは思っても、やっぱり王都が近づくにつれ、黒い気持ちがじわじわ浸食してきて。 うつむいて、どうしようもなく、胸が苦しくなった。 「エルマ。今回の任務、お疲れ様」 ギルバートが口を開いた。 俺はハッとして顔を上げる。 「ギルバートこそ。お前がいてくれたから助かった。ありがとう」 「礼を言うのは俺のほうだ」 ギルバートの声は、低くて、小さくて。 カタカタ動く馬車の中では聞き取りづらかった。 「他の誰かがバディだったら、この任務は失敗していたと思う」 「まさか。買いかぶりすぎだよ」 「エルマの機転の働かせ方と情報収集能力。俺にはないものだ。俺だったらクヴァールを逃していた」 「急に褒めるじゃん」 むず痒くなって、自嘲気味に笑った。そんなに褒められても。 ギルバートが一緒に考えてくれたからだし、俺を守ってくれたからだし、決断してくれたからだし。俺一人じゃ、絶対無理だった。 「俺、そんな役立ってないよ。魔法も使えない魔術師だったしさ」 ははっ、と乾いた笑いを出すと、ギルバートが眉根を寄せて、唇を噛む。 「なんや、一番の功労者はエルマくんやろ」 「そうッス。クヴァールへのハニトラとか、鞭で捕まえたりとか。えげつないことばっかしてるじゃないッスか」 ダリウスとカイルがすごい勢いで口を挟んできた。 「えげつないって……しょうがないでしょ。他にできることなかったんだから」 「それでもやったんや、偉いやん。現にうちら、クヴァールから”神の御許”の場所、聞き出せんかったし」 「それは……偶然っていうか」 「それも実力やん」 ダリウスが眉を下げて、からからと笑う。 「ギルバートくんとエルマくん、ふたりがいたから解決したんや。 ギルバートくんだけじゃ逃してた情報を、エルマくんがキャッチして。エルマくんに届かない情報をギルバートくんが持ってくる。んで、支え合って進んでく。ええバディやんけ」 カイルも横で、うんうんと頷く。 俺は、胸がぽっと熱くなった。 ”ええバディやんけ” 最初は上手くやっていける気がしなかった。 魔素も加護も、与えられるだけで、頼りっきりみたいで、悔しくて、申し訳なくて、苦しかったけど。 俺は、ギルバートの”いいバディ”って言われるくらいの存在に、なれた。 「………うん」 小さく頷くのを、ダリウスとカイルは微笑んで見つめていた。 馬車の揺れが緩やかになる。 もうすぐ王都に到着する頃だ。 待ち望む人々の歓声も、馬車の外から聞こえてくる。 「エルマ」 ギルバートが俺を呼んだ。 「王都に着いたら褒章授与式がある」 「ああ、そうだな。リーダーはギルバートだろ。俺も後ろでちゃんと見てるからさ」 褒章授与式。 大きな任務が終わった後、騎士団や王都の民の前で、功労者が表彰される式。昇級や報酬を言い渡される。騎士や貴族にはなじみ深いが、平民が壇上に立つことはない。 今回のリーダーはギルバートだ。 俺はあくまで”補佐魔術師”。下で、民たちと一緒に拍手を送ることになるだろう。 「式典が終わったら、返事を聞かせてほしいんだが」 「返事? なんの?」 「今から言う」 馬車が止まった。待ち受ける民の歓声がわっと盛り上がる。 黄色い歓声ってこういうこと言うんだろうな、とどこか他人事だった。 降りる準備をする。 従者が馬車の扉を、ぎい、と開けた、瞬間。 ギルバートが俺を振り返る。 「俺と結婚してくれ、エルマ」 俺は、馬車から降りる足を踏み外しそうになった。

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