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第75話 授与式

どういうこと、と尋ねる俺の声は、あたりの歓声にかき消された。 ギルバートは堂々とした佇まいで馬車を降りる。ダリウスとカイルに背中を押され、俺も続いて降りた。 初めて見る景色が広がっていた。 宮殿への一本道を囲むように、無数のひとだかりがあった。騎士団の旗をぱたぱたと振っているひと、弾けるような拍手を送るひと、顔を赤らめて「きゃー!」と叫ぶひと。 褒章授与式で称えられるひとは、英雄級の扱いだとは聞いていたけど。これほどの熱狂に包まれるとは想像していなかった。 綺麗な石畳を、背筋を伸ばしてギルバートは進んでいく。 真上に昇る太陽が眩しい。黒髪が輝いて、気品すら感じられた。憧れと尊敬と賛美と。 すべての期待を真っ直ぐに受け止める、立派な背中だった。 ダリウスとカイルもあとに続いた。背を伸ばして、凜として。俺は小走りで着いていった。 俺、ここにいていいのかな。すごく場違いな気がする。今すぐ捌けて、人だかりの中に混じったほうがいいんじゃないかって不安になった。 手をぎゅっと握って、歓声の中を歩く。 宮殿前の広場に着く。中心には大きなステージがある。偉い人たちがきちんとした格好で待っていて、その奥では王都の民たちが様子をそわそわと見守っている。厳かでありながら、期待に溢れた様子が伝わってきた。 壇上にはグラナード騎士団の団長が立っている。名前しか聞いたことないくらい、俺には遠いひとだ。胸元に光る勲章が威圧感を感じさせる。 ステージに向かって、赤い絨毯が敷かれていた。ここを歩いてステージに上がるんだろう。 俺たちはギルバートを先頭にして、絨毯の端に立っていた。 騎士団長が軽く咳払いをすると、騒がしかった歓声はぴたりと止んだ。 褒章授与式が始まる。 司会の軽い挨拶が述べられ、今回の任務の概要が観衆に伝えられる。 大きな拍手が起こった。感動がびりびりと肌に伝わってくる。 司会が名前を呼んで、ギルバートはみなの視線を背に受けながら、壇上に上がった。 「ギルバート・ルフトシュタット。此度の任務の功労を称え、第一級聖騎士に任命する」 騎士団長が厳かな声で告げ、任命状を渡した。 ギルバートは凜とした姿で受け取る。大きな拍手が沸き起こった。 俺も手のひらが痛くなるくらい拍手をした。 壇上のギルバートは、かっこよくて、すごい人に見えた。 第一級聖騎士なんて、貴族でもめったになれない。いくつか階級をすっ飛ばして昇級している。入って二年の新人がなれるもんじゃない。技術も功績も、かなり高く評価されたんだろう。 よかった。俺の愛した人が、みんなに認められて。 自慢したくなるような、苦しくなるような、不思議な気持ちだった。 俺の相棒すごいだろって、胸を張っていたいのに。 包み込む歓声が俺たちを隔てる。 さっきまで隣にいたのに、やっぱり、遠くて、手が届かないくらいの存在になってしまった。 あんまり壇上を見れなかった。 うつむいて、ただ、ギルバートを称える声に、歯を食いしばっていた。 「エルマ・クライン」 騎士団長が、はっきりと告げる。 俺はハッと顔を上げた。 ……いま。俺の名前、よばれた? 呆然と壇上を見上げる。聞き間違いかもしれない。 騎士団長は厳しそうな顔で俺を見る。観衆の視線が突き刺さる。 隣に立っていたダリウスが「呼ばれてんやで」と小さく声をかけて、やっと現実味が帯びてきた。 「壇上へ上がれ」 「は、はい!」 意味が分からないまま赤い絨毯の上を歩いた。 ふわふわとしていて、雲の上を歩いてるみたいで。 一歩ずつ階段を上がる。 ギルバートは壇上の隅に移動していた。 とりあえず壇上にきたものの、何で呼ばれたのかは、全然分かってない。 「エルマ・クライン」 騎士団長が改めて俺の名前を呼んだ。 「此度の任務の功労を称え、第三級正魔術師に任命する」 俺は、口をぽかんと開けた。 ……第三級、”正魔術師”? 「受け取れ」 騎士団長が低い声で続ける。 俺は働かない頭で、おずおずと任命状を受け取った。 確かに書いてある。『エルマ・クラインを第三級正魔術師に任命する』と。 ……”正魔術師”は、平民は、まずなれない、俺にとっては雲の上の階級で。 第三級ってのは、貴族でもかなりの功績を残さないと認められない。 雑用ばっかりだった、”補佐魔術師”から。 騎士と同等の、”正魔術師”に。 ………嘘だろ。 信じられないまま、俺はぎこちない動きでおじぎをする。 途端に、弾けるような、割れんばかりの拍手が巻き起こった。エルマ、おめでとう、という声も聞こえる。 下に目を向けるとダリウスとカイルが嬉しそうに拍手をしていた。ほかにも、俺にこの仕事を振ってくれた上司とか、先輩魔術師とか、知り合いも、俺に祝いの言葉を投げかけてくれていた。 …………圧倒されるような歓声に、頭が真っ白になっていた。 「エルマ」 隣から声がした。 ギルバートが微笑んでいた。 優しく、包み込むような、瞳で。 「エルマが頑張ったからだ。もっと胸を張っていい」 とん、と軽く背中を叩かれる。 俺は無意識に丸めていた背中を伸ばして、拍手をくれる観衆たちを、見下ろした。 信じられない。 ずっと、感じていた、ギルバートとの差。 隣に立ちたくて、諦めそうになって、悔しくて、泣きたくて、泣いて。 もがいてきた、日々が。 それらが、全部、報われた気がして。 涙を必死でこらえて、ぐっと拳を握り締めた。 ギルバートとふたり、舞台に立って。 輝かしい光を、胸を張って、浴びていた。

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