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第44話 いつもの食卓
祟り神事件から一月が過ぎた。
当初、懸念していた雲類鷲瑞貴からのコンタクトはなかった。しかし、雲類鷲才貴と楽々浦鈴音の生死は確認されないままだった。
そのせいで、呪具ドラックの製造販売元の特定には至らず、証拠不十分で不起訴という、煮え切らない幕引きとなった。
「特殊係も手を引いた。呪具ドラック事件は終了だね」
味噌汁を啜りながら、宇緑が皆に報告した。
「今回ばかりは、お茶を濁して正解ですね」
終夜が茶を飲みながらしみじみとした。
あまり詳しく捜査されると、螢緋の祟り神が公になる。そうなれば、典薬寮に特殊係の捜査が入りかねない。
「引き続き注意はしつつだけど、とりあえず解決でいいよね」
粧が煮付けを、ぱくりとした。
「今日の関東煮、美味しくできた」
「うん、美味しい」
桂伽がいつになく煮付けに箸を伸ばす。パクパクと食べ続けている。
「久し振りに、ゆっくりできそうかな」
食事を終えて、遊馬が大きく伸びをした。
「今回は長丁場だったし、特別休暇を設けようか。一週間くらい、自由でいいよ」
宇緑の休暇発言に、皆の目が輝いた。
「ただし、遠くには行かないように。雲類鷲瑞貴の動きが読めないからね」
皆の目の輝きが半減した。
「長い休暇は久しぶりですから。羽を伸ばしましょう」
終夜が皆をとりなす。
「俺はしばらく地下でオンラインゲームしたい」
桂伽が関東煮を食べながら目をキラキラさせた。
アナログゲームが好きな桂伽だが、普通にパソコンのゲームもプレイする。仕事が入るとできなくなるから協力型のゲームは控えているのだそうだ。
(ゲームを始めたら、一週間、地下から上がってこなそう)
食事と風呂は必ず声を掛けようと螢緋は心に誓った。
「俺は、普段はできない筋トレするかな」
遊馬が嬉しそうに話す。
「普段できない筋トレなんかあるの?」
粧が訝しげに問う。
「いくらでもあるぞ。じっくり筋肉を育てるプランを試せるだろ」
「へぇ……」
粧が聞いた割に興味なさそうに返事した。
「私は溜まっていた雑務を片付けておきたいですね。こういう機会がないと、中々手が伸びませんから」
「終夜、手伝う」
「ありがとうございます、螢緋」
終夜の仕事は手伝わないと終わらないレベルで溜まっていくから、聞き逃せない。
「僕はスイーツ作りしようかな。螢緋、一緒に作ろ」
粧が手を上げた。螢緋はその手にハイタッチした。
「作ろう。スイーツ、楽しみだ」
スイーツなら皆も好きだ。特に桂伽と宇緑が喜ぶ。
螢緋は、ニコリと笑んだ。
「螢緋が、笑った」
粧が意外そうに言った。
「俺だって、笑う時くらい、あるよ」
螢緋は、ちょっとだけ頬を膨らました。
「記憶を戻してから、螢緋は感情豊かになったよ」
宇緑が螢緋の頭を撫でた。
「そうかな」
「そうだよ。俺の前だけにしてくれると、可愛いんだけどな」
宇緑に耳元で囁かれた。吐息がかかってくすぐったいし、恥ずかしい。
「意識していないから、わからないよ」
宇緑といる時は、明らかに感情豊かだろうと思う。
(そういうこと、しているときとか、もっと……)
顔が熱くなったので、それ以上考えるのをやめた。
「はいはーい。イチャイチャは二人きりでしてくださーい」
パンパンと粧が手を叩く。
「一週間もあるから、イチャつき放題だな」
遊馬が揶揄うように笑う。
「俺の部屋にも、遊びに来てね、螢緋」
桂伽が螢緋の腕を引っ張った。
「うん、行く。ご飯とかお風呂とか、呼びに行く」
「それ以外も」
「うん? うん、わかった」
螢緋は首を傾げながら、桂伽に頷いた。
パソコンのゲームはよくわからないから一緒にできない。
アナログゲームがしたいのだろうか。
「桂伽、大概にしてください。宇緑さんが怒り出さない程度にね」
終夜がビクビクしながら宇緑を窺う。
「今のところはまだ、許せる範囲だけど。これ以上は厳しいかな」
宇緑がニコニコしている。迫力がある笑顔だ。
桂伽が、すぃと目を逸らした。
「皆、食べ終わった? もう片付けていい?」
粧が皆を見回す。
「腹いっぱいだな」
遊馬が満足そうに腹を叩いた。
「関東煮、部屋に持っていきたい」
桂伽が名残押しそうに煮付けの皿を眺める。余程に気に入ったらしい。
「ダメですよ、お行儀の悪い」
終夜が呆れている。
「夜食に取りに来たら?」
宇緑が粧を振り向く。
「鍋に残しておいてあげるから、勝手に温めてね」
「だってさ、桂伽」
桂伽が、コクリと頷いた。
宇緑が手を併せる。皆が倣った。
「ごちそうさまでした」
皆で声を揃える。
いつもの典薬寮の食卓の、いつもの風景だ。
「じゃ、片付けるよ。螢緋、手伝って」
「わかった」
食器を持って立ち上がる。
「俺は風呂でも洗ってくるかな」
「遊馬はキッチンを手伝って。風呂掃除の当番、今日は桂伽だから」
逃げようとしていた桂伽を粧が掴まえた。
「宇緑さん、お茶はいかがです」
「欲しいな。終夜、今度のラーメン、いつ行く?」
「夕食の後にラーメンの話って。強いですね、宇緑さん」
「そこは別腹だよ」
リビングで終夜と宇緑が話し始めた。
螢緋は皆の様子を、ぐるりと見回した。
(この場所で、ご飯を食べて、寝て、仕事して、生きていく)
穢れを纏った狐神でも受け入れてくれる人がいて、場所がある。
典薬寮が螢緋の帰る場所だ。
そう思ったら胸が温かくなって、螢緋はクスリと微笑んだ。
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