1 / 1

第1話

魅琴(ミコト)、おはよう。 魅琴、飯食いに行こうぜ。 魅琴、一緒に帰ろうぜ。 魅琴、勉強教えてやろうか? そうやって先輩はいつも俺に話しかけてくれた。 最初はただ嬉しかっただけだった。 学校に慣れなくて、友達も少なくて、どうしたらいいかわからなかった俺に先輩は何度も手を差し伸べてくれた。 昼飯に誘ってくれたり、一緒に帰ってくれたり、テスト前には勉強を教えてくれたり。 その優しさに触れるたび、俺の中で何かが積み重なっていく。 先輩の姿。 先輩の声。 先輩の匂い。 気づけばそれらを探すようになっていた。 好きだ。 先輩が好きだ。 でもそれを伝えるつもりはなかった。 男同士だし、迷惑だろうし、今の関係が壊れるのも嫌だった。 だから、この気持ちはずっと隠していようと思っていた。 あの日までは。 昼休み、購買へ向かう途中だった。 聞き慣れた声に足を止める。 先輩だ。 何となく声のする方へ視線を向けると、友人たちと話している姿が見えた。 「お前ってほんと誰にでも優しいよな」 「そうか?」 「困ってるやついると放っとけないもんな」 「まぁな」 「そういうとこだぞ、モテ男」 「ほんとだよ。また告られたらしいじゃん」 「そんなことないって」 「嘘つけ」 楽しそうな笑い声が聞こえる。 その瞬間だった。 胸の奥がすっと冷えた。 ああ、そうか。 俺だけじゃなかったんだ。 一緒に帰ってくれたことも。 話しかけてくれたことも。 気にかけてくれたことも。 全部。 全部、俺が特別だからじゃなかった。 先輩は誰にでも優しい人だった。 困っている人を見たら放っておけない。 ただそれだけ。 俺はその優しさを勘違いしただけだった。 勝手に期待して。 勝手に喜んで。 勝手に好きになっただけだった。 視界が少し滲む。 まるで今まで見ていたものが幻だったみたいに。 俺のこの気持ちは、本当に恋だったんだろうか。 それとも――ただの蜃気楼だったんだろうか

ともだちにシェアしよう!