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うわの空

 川辺(かわべ)さんは過去三回全て自分でネクタイをほどいたんだけれど、今夜、ホテルの部屋に入って二人とも少し呼吸をしたあと、させてほしいと俺が言うと、あっさり首元を差し出した。眼鏡はしていてもらったまま、上を全部脱がせて、というかそうさせてもらって、自分もジャケットとシャツを脱いで、それから二人でベッドに入った。  川辺さんの喉仏は割に目立つ。目立つのでそこに吸い付くのを全然やめられない。なんならもうその喉から出てくる低い声にこの三回でしっかりやられていて、やられているので喉にも顎にも頬にも唇を滑らせる。しっかりやられていますと言えない代わりに。  そう、問題は、四回目を数えているところなのに、あなたのことを格別に思っていますと全然伝えられないことにある。  ベッドに投げ出されていた両腕が、俺の背中に回る。右手で左の肩甲骨を、左手で背骨をなぞる。腰のところから頭まで、体の中をざわめきが上る。このざわざわを川辺さんも感じているだろうか。胸元に手を這わせながらキスをする。ちゃんと開いた唇の向こうに舌を入れる。中をかき回す。ざわざわしているといいと思う。だって俺、そんな悲観するほど下手じゃないと思うし。  一度唇を離して、角度を変えてもう一度する。今度は川辺さんが先に舌を出してくる。一回目は二人で夜の繁華街、別に酔っ払ってなんかまったくいなくて、川辺さんも俺と同じ種類の人間だなというのはもう概ねわかっていて、なんだかもうこの流れでいかないのありえないだろ、と思って言い、わかりましたそうしましょう、とまっすぐ返ってきた。そういう人なんだから、仮に下手だったら下手だと言ってくれる気がする。  川辺さんがなんだって五十も過ぎて地方支社に来たんだか俺はよく知らない。俺だって同等の年でここで重ねてきた地盤もあって、要するにそのくらいのこと知ろうと思えば簡単に知れるのだけれど思わない。音を立てて舌を吸って離す。唇と唇の間から、川辺さんの浅い息とぬるい声がこぼれる。  首の線を唇で確かめながら、這わせていた手で胸元をまさぐる。もう一つの手で、硬い下腹を押す。川辺さんは笑わずにふうふう言っているのだけれど、そもそも普段からにこにこしている人ではないので。そういう人が四回受け入れてくれるんだからこれはもうそう思ってもいいのかなあとか、単にこのことが好きな人だという可能性もあるよなとか。川辺さんのベルトを外す。腰を浮かせて手伝ってくれる。裸にしてしまう。  三回目は川辺さんの方から、じゃあしますか、と言ったのだ。当然だ、みたいな顔で俺と一緒に会社を出て、ごく自然に夕食を一緒に食べて。あの晩川辺さんから始まったキスは深くて、ちょうど今仕掛けてきたのと同じような感じで、とてもよかった。背骨をいじられて震える。俺は川辺さんと親しくなりたいのだ。こんなことを四回しておいてなんだと思われるかもしれないけれど、事実として、俺は川辺さんと全然親しくないので。  川辺さんの勃ち上がった性器に手をかける。膨らみっぷりで言うと俺のと大差ない。それは嬉しい。最初からとても率直な体だ。擦ってみると川辺さんの息が深くなる。しましょう、わかりました、していいですか、いいですよ。そういえば何かを拒否されたことは一度もない。飯この店でいいですか、も含めて。拒まない、誘ってくれる。このことがいいんだか俺がいいんだかどうにかはっきりさせてもらえないだろうか。はっきりさせてくれるだろう。俺が一言尋ねさえすれば。  本当にそうだろうか。拒まないのは最低限このことがいいから、という想定自体が間違いで、実は拒めないタイプの人だったりしないだろうか。きっぱりしているのは社会的な努力だったりとかして。今もちっともざわざわしていなかったりして。下手だなあと思いながら黙っていたりして。でもじゃあこの体の率直さは、当然だの顔は。 「上山(かみやま)さん」  川辺さんの顔を見る。すぐそこにあったそれを見ていなかったことに気づく。 「上山さん、何考えてるんですかいつも、人のこと触りながら」 「え」  握った手に力を入れてしまった。川辺さんは眉を寄せて声を漏らす。慌てて手を離す。自分の股のところが少し萎んだ気がする。 「何か違うこと考えてるでしょ」 「そんなこと」  ないですよ、と言っていいんだろうか。 「最初は気のせいかと思いましたが、二回目でよくわかりました。集中してない」 「なんでわかるって言えるんですか?」 「触ってるものでいっぱいになってないなって、触ってみてわかります」 「いっぱいになってないこと」  ないのかもしれない。目の前の川辺さんでいっぱいには。 「このままするの、私別にちっとも嫌ではないんですが」  それはよかった。 「でも寂しいです、嫌ではないので」  萎んだところがまた膨らんだのがわかる。今しないといけないことがあるのもわかる。手を伸ばして、川辺さんの頬を撫でて、そのまま手をそこに置く。 「川辺さんのこと考えてました」  眼鏡の奥の目が細くなる。 「どうやって川辺さんと親しくなろうかと」 「これは親しくないですか?」  川辺さんの手が俺の手に重なる。熱い。こんなに熱いのに、この人はまだまともに喋る。 「だって僕川辺さんに、言うこと言えてないです」 「ああそれは、私もちゃんと口に出していなくてすみません」  というと? 「私はずっと上山さんが好きでしています」 「うわ」  うわ。 「うわ?」 「あっさり言いすぎじゃないですか。きっぱりもはっきりも言えなくてこっちは悩んでたのに」 「悩んでたんですか?」 「だから集中してなかったんじゃないですか」  川辺さんが俺の手を取る。手のひらに唇を寄せて、押し付ける。 「本当は嫌です。集中してくれないと」  空の手で川辺さんの頭をすくう。唇から俺の手を剥がす。代わりに唇を押し付ける。キスの隙間で目を開けて川辺さんを見る。笑っている。笑うんだ。  穿いているものを脱ぎ捨てる。川辺さんにのしかかって、抱き締めて、そのまま強引にベッドを転がって横並びになる。手じゃない、熱いところと熱いところがぶつかる。川辺さんはまだ笑っていて言う。 「びっくりした」  喉にも顎にも頬にも、もう一度唇を滑らせる。川辺さんは俺の頭を片手に抱えて撫でる。俺は川辺さんの臍と腰をいじる。ん、ん、ん、と漏れる声を聞く。腰骨の尖ったところに指を引っかける。そこを擦る。太腿に指を下ろす。唇は鎖骨に下りる。叩いたり吸ったりする。川辺さんは頭を抱える手はそのまま、もう一方の手で俺の胸をくすぐる。 「くすぐったいです」 「ですよね」  胸から手が離れて、代わりにペニスを握られる。さっき俺が川辺さんにしたのとは全然違うやり方で刺激されて、息を吐かされる。俺は俺のやり方で返す。川辺さんが耳元に口を寄せてきて囁く。 「それいい、です」 「僕も」  小さいキスをいくつもしながら触り合う。面白くなってくる。川辺さんが言う。 「笑うんですね」 「だめですか」 「いつも笑わなかった、うわの空」 「ごめんなさい」  散々して、それでも名残惜しい気持ちで体を起こす。潤滑剤もコンドームも、三回目に川辺さんが使ったのと同じのを俺は準備した。  川辺さんが仰向けで脚を広げている。俺は濡れた指で川辺さんを開く。川辺さんはあの声で呻く。いっそう低くなるところをちゃんと思い出す。 「浅いのですよね」 「ん、はい」  指をもう一本入れる。片方で入り口のところを押して、もう片方で奥を撫でる。川辺さんの膝に力が入るのがわかるのでそっちも撫でる。手のひらの下で膝頭が震える。この膝、この皮膚の向こう、どうかざわざわしていろ。思った途端、川辺さんの手が俺の肩にかかる。力が強い。俺は言う。 「嫌ですか」 「え、あ、いえ」  肩を掴む手が緩む。俺は中で指を広げる。緩んだ手がまた強ばる。一度混ぜて指を抜く。川辺さんが俺を見る。その顔が何なのか俺はまだよくわかっていない。わかっていないなと思いながらコンドームをつける。 「入れますね」 「はい、あ」  川辺さんの腰を少し持ち上げて入る。熱くて息が詰まる。川辺さんも息を詰めている。窒息しやしないかと心配で、その胸の真ん中に手を置く。ぎこちなく吸って吐いているのが感触でわかる。  動く。俺がそうすると、川辺さんは息を詰めていることができなくなる。 「いいですか?」 「ん」  頷かれる。川辺さんのきりりとした太腿の内側の、柔らかいところに俺は触れる。中の粘膜が緊張する。そこを開く。川辺さんが大きな声を上げる。眉を寄せて俺を見る。その目を見ながら川辺さんのものにまた触る。 「嫌ですか?」  川辺さんは首を横に振る。それを見ながら、手の中のものを擦って奥を突き上げる。川辺さんはもう息を詰めることを完全に放棄して、腰を振りながらぼろぼろ喘ぐ。 「じゃあいい?」  さっきと同じことを尋ねてみて、言葉が返ってこないので満足する。やっとまともにものを言わせないところまで来た。でも俺は俺でもう大した言葉を吐けそうにない。 「川辺さん」  川辺さんの熱がまとわりついてくる。それを押し広げてまたまとわりつかれる。喉のところがひくつく。でも言わないとならない。どうにか川辺さんにわかってもらわないと。 「川辺さんがいいです」  奥をえぐりながら、喘ぐ口の端を舐める。川辺さんが身震いする。出して、腹のところを汚す。俺は引きずり込まれないように堪える。堪えていると川辺さんの体から力が抜ける。緩んだ声で言う。 「かみやまさん」 「はい」 「かみやまさん、は」 「いまさせてもらいます」  ベッドに沈み込んだ川辺さんの体を引き寄せる。まだ熱い。熱い体の奥の奥に押し入って射精した。  抜いて、お互い始末して、ベッドに戻った。川辺さんは裸のまま、平然と俺の隣に寝転ぶ。毎回こうだから余計に、もしかしてこのことじゃなくて俺がいいんだったり、と思わされてきた。 「上山さん」 「はい」 「これは親しくないんですか?」  さっきと同じ、まだ俺にはよくわからない顔でこっちを見る。なんですかそれはと聞くかわりに抱き締める。 「今夜ちょっと親しくなれました」 「ちょっとって」  川辺さんが肩をすくめる。でも本当なので仕方がない。 「ちょっとです。まだ本当にちょっと」 「そうですか」  抱き締め返される。川辺さんが言う。 「そうなら仕方ないです。ちゃんと親しくなる努力をします」 「そりゃ僕だってします。何からしたらいいのかまだわかってないですけど」 「いえ、あなたがすることは明確ですよね」 「え、なんでしょう」 「ちゃんと集中することです」  額に額をぶつけられる。ちょっと痛かった。 「後半できてませんでした?」 「できてました。次は最初からあれでお願いします。痛」  川辺さんが自分の額を撫でる。そうだよな。ちょっとって言ったけど本当は全然ちょっとじゃない。撫でる手を掴んで額にキスする。

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