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第六話 真一から見た翔(Side:真一)

 品川真一(しながわ しんいち)は、人を放っておけない男だった。  真一が文化祭実行委員をするのは、二回目だった。  文化祭実行委員を決めるには、まず立候補を募り、それがなければ指名やくじ引きで決める。  文化祭にそこまで力を入れていないこの学校で、どう考えても面倒で大変な実行委員をやりたがる生徒は、あまりいない。  立候補で決まることはほぼ無く、押し付けられて嫌々やる生徒が大半だった。  しかし真面目な真一は違う。  やる人がいないなら、と毎回立候補で実行委員になっていた。  自分がやらなければ誰かがやることになるし、大人数でひとつのイベントを作り上げるのも好きだった。  今回ペアになったのは、上野 翔という生徒だった。  真一は、クラスメイトの顔と名前を全員覚えている。  そのなかでも、翔はまず高身長で目立っていたし、なにより周囲で名前を聞く機会も多く、以前から印象に残っていた。  上野 翔は、不良生徒で、悪い友達と夜な夜な遊び歩いては女を取っ替え引っ替えしているらしい。  そんな噂を聞いたことはある。  けれど真一は、自分で見たことしか信じない。  なので、真一にとってはあまり意味のない噂話だった。  一緒に実行委員をしてみると、確かに最初サボろうとするところはあったが、最近はサボらないし、真一の苦手なことを先回りでやってくれる。  翔はむしろ、かなりいい奴。  というのが真一の翔に対する印象だった。 *  文化祭まで、あと半月。  いよいよ準備は最終仕上げというところまできていた。  放課後の作業時間。  教室の隅で真一は予算の確認をしていた。  ふと、金髪の生徒が真一に声をかけてくる。 「なあ、品川くん。俺ら今日バイトあってさ。代わりにこれ、内装の装飾やってくれないかな」  後ろにはもう一人、制服を着崩した生徒がいる。  たまに翔と一緒にいる顔ぶれだった。  二人とも同じバイトというのは珍しいな、と思いつつ、特に疑うことなく真一は引き受ける。 「わかった。今日のノルマを教えてくれるか?」 「これこれ。あともう一人分あって、三人分なんだけどさ」  装飾は色画用紙を指定されたダイヤ型に切る作業だった。  それを壁に貼り、内装を彩るのだ。  一人一日十枚。  三人分なら三十枚。  正直、ちょっと多いと思ったが、それでも何とか終わらせられそうな量ではあった。 「じゃあ、その装飾は俺が引き受ける。バイト頑張ってな」  色画用紙の束を受け取る。  二人は妙にニヤニヤしながら「じゃあよろしく」と去っていった。  ひとまず予算確認を終えてから取りかかろう。  そう思って机に向かっていると、しばらくして廊下がざわつき始めた。 「おい、こいつら帰ろうとしてたぞ」  教室の前の扉が開き、そのまま翔が先ほどの二人を順番に教室に蹴り入れた。 「ごめんって翔!」 「別によくね?嘘ついたのは悪かったけどさあ」  口々に翔に言い訳をしているが、真一はいまいち状況を把握できない。  翔は真一の前まで来ると、不機嫌そうに言った。 「こいつら、サボってゲーセン行こうとしてた。俺の分も真一に頼んだから行こうって誘われてさ。カスすぎ。返却しに来た」  翔は後ろを振り返り、二人に声をかける。 「ほら、謝れ」 「さっきのバイト嘘。なんかダルくてさあ…ごめんって」 「品川くん、手空いてそうだったから〜」  翔は二人目の言葉に舌打ちすると、もう一度尻を蹴った。 「ごめん!今からやるから!」  二人は真一から画用紙を奪い取り、教室の反対側へ移動して作業を始めた。 「ていうか、お前もお前だからな。なんでもハイハイ引き受けすぎ。あいつらの言うこと信じるなよ」  翔は今度は真一に怒る。  背後の、さきほどの二人のうち一人から 「はー? 信じるなとかひどくね?」  という声が飛んだ。  翔は振り返る。 「なんか言ったかカス」  二人は静かになった。  翔は真一に向き直ると、また厳しい表情をする。 「そうやって騙されて、いいように扱われてるってわからないか?お前は便利屋かなにかかよ、違うだろ」 「そうだな……」 「お前がちゃんと断らないから、あいつらも調子に乗るんだ。お前、この前も似たようなことあっただろ。なんでも受け入れればいいってもんじゃねーんだ。ちゃんと考えろよな」  口調は荒く厳しいが、翔が真一のために言っているということが、真一には伝わってきた。 「すっかり信じてしまってた……」 「だから信じるなっての、よく考えたら、三人で同じバイトとか普通ないだろ」 「確かに、そうだよな。気づかなかった。ごめんな、ありがとう」  反省の気持ちから、自然と声のトーンが落ちてしまうと、翔は一瞬固まった。  それから気まずそうに顔を逸らし 「いや、まあ、お前のそういう素直なとこは、いいとこなんだけど……」  ともごもご呟く。 「とにかく、なんでもすぐ引き受けるな。わかったか」 「ああ……気をつける」 「ほんとにわかってんのかよ」  翔は呆れたように言いながら、真一の隣の席に腰を下ろし、画用紙を切り始めた。 「わかったつもりだ。なんでもすぐ引き受けるのは、相手のためにもならないし、本当の優しさじゃないよな」 「……まあ、そう」  翔は真一の言葉を聞いて、一応理解はしたらしいと判断したようだった。 「つっても、どーせお前はまた断れないんだろ。」 「う……そうかもしれない」 「今度から、ああいうの俺に言え。俺は断るのは得意だ」  真一は思わず翔の方を向いた。  翔は、なんだよ、と言いながら画用紙を切り続ける。 「……ありがとう」 「ん……まあ、うん」  翔は気まずそうだ。感謝されることに慣れていないのだ。  けれどそれでも、真一は感謝を伝えたかった。  真一は胸の奥が温かくなるのを感じていた。  自分は頼まれると断れない。  相手に寄り添いすぎる性格のせいで、面倒事を押し付けられたり、便利に扱われたりすることも少なくなかった。  それでも気にしないようにしてきたし、どこかで正しいことをしている気すらしていた。  だが、翔のように、  ――何でもすぐ引き受けるな。  ――相手のためにもならない  と、叱ってくれる人はいなかった。  今回は、サボろうとしていた二人を連れ戻すことまでしてくれた。 (やっぱり翔は、とんでもなく、いい奴だな)  真一は心の中でもう一度、翔に礼を言った。 「おい、これ難しいんだけど」  翔の切ったダイヤは、どう見ても少し歪んだ丸だった。  思わず真一は吹き出す。 「笑ってんなよ」  翔が真一の机の脚を軽く蹴る。  真一と翔の間には、不思議と穏やかな空気が流れていた。  真一は、翔と話していると不思議と肩の力が抜ける気がしていた。  その気持ちにはまだ、名前がついていない。

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